不在証明 ③
「カパ……遅いな、ニンゲン……雨も降って来たぞ」
「わおん」
日も暮れ始めたキャンピングカーの中、河童とコマキチの2人が並んで雨滴が張り付いた窓を眺める。
車内の空調は完璧に自動調整され、食べ物も娯楽も十分。 現に河童も甘音の私物であるタブレットでドラマのサブスクを楽しんでいた。
大自然には存在しない都会の技術に浸っても心が落ち着かないのは、この車の持ち主たちが帰ってこないからだろう。
「な、中のものは好きに使っていいって言ってたな? コマキチ、何か食べるか?」
「あうん!」
「何かあるかな……おお、これがレイゾーコなるニンゲンの氷室……カパ! キュウリあるぞキュウリ!」
「おぉーん?」
「わ、忘れてないぞコマキチ! えーと何か……塩漬け肉でいいか?」
「――――カッパさん! 無事ですか!?」
「カパー!!!?」
「おかきさぁん……わたくしも入れてくださいおかきさぁん……ああ、中から神の匂いが……守り神? 守り神系ですかこの匂いは?」
「カパー!! 窓に、窓に!!」
――――――――…………
――――……
――…
「ニンゲン……カッパ虐めはよくないぞニンゲン……!」
「すみません、急いでいたもので……2人ともご無事で何よりです」
「おかきさあああぁぁん……おかきさあああぁぁん……」
「ニンゲンの方は悪霊がついてるぞ」
「お気になさらず、機密保護の観点から車内への立ち入りを禁じたただの変態です」
「あうん」
窓に張り付いた子子子の存在はないものとして扱い、ひとまず河童たちの無事を確認したおかきは安堵のため息を漏らす。
そして雨でずぶ濡れのウカたちにタオルを投げ渡すと、皆と協力して黙々と冷蔵庫や調査機器の収納ロッカーを調べ始めた。
「おかき、こっちのリストはまとめて共有に上げておく。 後で確認しろ」
「了解です、皆さんもざっとで構わないのでおおよその種類と数量を共有回線に上げてください」
「オッケー。 けど少し時間がかかるわよ、薬だけでも結構な量があるわ」
「時間がかかるほどの在庫があるというのも重要な情報です、私はこのまま冷蔵庫の仕分けを行います」
「に、ニンゲン……? どうした? カッパ、キュウリ食べちゃダメだったか?」
「いえ、中のものは好きに食べて結構ですよ。 これはちょっと私たちの事情です」
食べかけのキュウリを差し出してしょぼくれる河童の誤解を解くおかき。
河童もコマキチも悪くはない、車内を駆け回っているのは直ちに確認しなければならないことがあるだけなのだから。
「ねー新人ちゃーん! ボクら借りてた装備さー、こっちに集めてー!」
「わかりましたー! ウカさん、一度装備を回収させてください」
「そっちの作業はうちやっとくわ。 けどたぶんおかきの想像通りやで、多すぎる」
「出来れば外れてほしかったんですけどね……」
悪い予感が確信に迫る中、おかきは沈痛な面持ちでSICKへの着信を掛ける。
これから話さなければならないことを考え、痛む胃を押さえながら。
『……はい、こちらSICK。 無事かいおかきちゃん?』
「キューさん、そちらこそ復帰したようで何よりですね」
『いやあ非常識には慣れ切ったと思ってたけど怖いね、世界。 子子子子子子子は?』
「今は土砂降りの車外で待機してます、さすがの彼女でも雨を避けることはできないようです」
『容赦ないなおかきちゃん、まあそれはそれでいいとして……エージェント・飯酒盃から報告は聞いた、こちらも現在精査中だけどそちらの結果は?』
「……多分1人や2人の話じゃないです。 装備の数から考えるなら――――10人以上は消えています」
おかきは床に並べられたエージェント用の装備に視線を落とす。
山岳活動を想定した衣服やロープに懐中電灯、物騒なものだとハンドガンや手りゅう弾に弾薬一式。
その総数はたとえ甘音を含めたとしても過剰なほど充実しており、中にはおかきたちには過ぎた武装すら含まれている。
「すみません、もっと早く気付くべきでした……最初から違和感はあったんです、ワープゲートやキャンピングカー」
『気にするな、おいらだって見落としてたんだ。 座標の設置も車の用意も先行した部隊がいなければ不可能だってことをね』
「めちゃくちゃ手厚く準備してくれると思ったけど異常だったんだ……でも新人ちゃん、それならこの車やゲートを準備した人たちはどこに?」
「それに消えたって言ってもどこに消えたのかしら」
「……“かわばた様”は常に手招く仕草をしていました、もしもあの誘いに乗ればどうなると思います?」
「それはわからないわよ、だってまだ誰……も……」
「誰も“かわばた様”の誘いに乗ったものはいない、それは本当でしょうか? もしも誰も生還していないとしたら?」
「わが社のパラシュートは今まで故障のクレームを受けたことがない」なんてジョークがある。
今回で言えば“かわばた様”がそのパラシュートだ、致命的な状況から生還しなければ当然報告なんてできない。
まして犠牲になったものの存在ごと抹消されてしまえば、誰も悲劇が起きたことにすら気づけない。
『……おかきちゃん、こちらも精査が済んだ。 たしかにSICKで管理しているエージェントリストから不自然にデータが消えた痕跡がある、およそ10人分』
「計算が……合っちゃいますね……ウカさん、犯人が“かわばた様”だとすれば動機は何だと思います?」
「捕食や、人間を喰らって力をつけとる」
「それならかなり不味いな、犠牲者が10人だけとは限らねえ。 “かわばた様”の本体がどれほど力をつけてんのかわからねえぞ」
「河童さん、あの神社で祀られていたものは何かご存じですか?」
「カパ? えーと……白蛇さまだ、祭壇に抜け殻が祀られているぞ。 けどコマキチの相棒と同じで、ずっと前に……」
「消えてませんよ、今まで虎視眈々と力を蓄えていたんです。 おそらく“かわばた様”の正体がその蛇だ」
「カパッ!?」
「急ぎましょう、河童さんたちもついてきてください。 村に戻って菜津おばあさんに――――」
村に戻ろうとキャンピングカーの扉を開けたおかきは絶句する。
土砂降りが振っていることは全員分かっていた、だがこのわずかな時間でその雨脚は異様なほど増している。
車外の景色はまるで瀑布のような雨が降りしきり、おかきたちを拒むようだった。




