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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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深淵なる隣人 ③

子子子子ねこじし……子子子ねじこ!」


「うふふ、お久しぶり――――あらあら?」


 真っ先に動いたのは意外にもこの中で唯一の一般人である甘音だった。

 迷うことなく距離を詰め、子子子の腕を取ってねじり上げようと背後に回り込む。 

 だが完璧に関節が極まる寸前、子子子の頭上からズルリと落ちた黒いスライムが甘音の腕に絡みつき、その腕を引きはがした。


「ウギャー!!!! ヌメヌメする、なにこれ!!?」


「甘音さん!」


「なに勝手に突っ込んでんだこのバカ!!」


「だって敵なんでしょこの変態!」


「まあ心外。 テケちゃん、その人はどうせ無害ですから離してあげてくださいな」


「テケテケ……」


 子子子に呼ばれると、甘音の腕に絡みついていたスライムが剥がれ、再び定位置である主の頭上へ戻る。

 プルプル脈動する粘性を持つその身体はただ黒いだけではなく、日の光を浴びて玉虫色の光沢を帯びている。

 何より「テケテケ」という鳴き声から嫌なものを連想したおかきは、一人で嫌な汗をかいていた。


「うふふ、可愛いでしょう? 泥田坊のテケちゃんだそうです、仲良くなっちゃいました」


「可愛くねえよ、ンだよ急にドマイナーな妖怪持ってきやがって!」


「そうだそうだ! はじめ名前聞いた時テケテケだと思ったんだぞボク!」


「テメェはいい加減俺の足から離れろ! そしてなんであいつがこんなところに居るか説明しろ!」


「そんなことボクに聞かれてもわかんないよー! 出会いがしらで逃げてきただけだもん!」


「根性なしの役立たずが!!」


「ひどぉい!」


「……子子子子 子子子、この家には菜津さんという方が住んでいるはずですが」


「ご安心を、彼女なら茶の間でお茶を飲んでおります。 神に誓って危害は加えておりませんわ」


 祈りの手を組み、得意のアルカイックスマイルを浮かべる子子子。

 おかきが確認のために忍愛へ目くばせすると、悪花の足に張り付いたまま彼女の首を縦に振る。

 

「ボクも家の中におばあちゃんがいたのはこの目で見たよ、というかお茶飲みながら2人で談笑してた」


「布教活動中……ってわけじゃねえよなァ、わざわざこんな山奥までよ。 何が目的だ?」


「うふふ、目的があるのはお互いさまでは? SICKと魔女集会、わざわざ手を組んでまで何用でしょうか?」


「…………」


「山田 忍愛さん、先ほどテケちゃんのことを“名前を聞いた時にテケテケだと思った”と言いましたね? 一体どこで、誰にテケちゃんのことを聞いたのでしょうか?」


「山田テメェ」


「ごめんってば! 口が滑ったんだよー!!」


「……子子子子 子子子、あなたの目的も“かわばた様”ですか?」


「水臭い、子子子ちゃんでかまいませんのに。 ええ、その通りですわ」


「あなたが狙うということは“かわばた様”は神の一柱かなにかで? ろくなことに使われる気がしないのですが」


「まあ、使うだなんてそんな……仮にも神を物のように扱うなんて……うふふふふ、興奮してしまいますわ」


 変態の妄言は無視しつつおかきは頭を抱えながらこの状況の打開を考える。

 子子子子 子子子は狂人だ。 見た目と振る舞いこそ敬虔なシスターだが、神仏へ向けられるその感情は性愛に近い。

 神を愛し、神の寵愛を受けた存在もまた区別なく愛す。 不本意ながら神の加護を受けているという設定を持つおかきにとって最も苦手な相手と言ってもいい。


(ウカさんがこの場にいないのは幸いでしたね……いや、あるいはそれも彼女がもつ奇跡か)


 奇跡論の簒奪、それが子子子子 子子子が保有する能力。

 人が一分一秒を生存するための些細な奇跡すら奪い、自分に降りかかるあらゆる災難を払いのける。

 対子子子の戦力で期待できるウカがこの場にいないのも、子子子によって都合がいいため場を整えられた可能性すらある。


「どうするおかき、武器ならあるが殺るか?」


「村の中です、銃なんて使えません。 それに彼女を我々だけで制圧できるとも思えませんし」


「高く評価していただき光栄ですわ、ですがわたくしはこのようにか弱いシスターで……」


「か弱いシスターはSICKが手を焼く新興宗教団体なんて作らねえんだよ。 さっさと吐け、“かわばた様”もその頭のスライム野郎も何のために捕獲するつもりだ」


「テケちゃんは勝手に懐いただけですわ。 それに捕獲など……私はただ保護したいだけなのです」


「保護……?」


「ええ、皆さまお察しの通り“かわばた様”は信仰を失って衰弱しております。 もはや辛うじて実態を保ち、助けを求めて人を手招くことしかできません……」


 ハンカチを取り出し、目じりの涙を拭いながらつらつらと子子子は語る。


「かつては力のある神だったのでしょう、それが今では人に縋りつくほど弱く……ああ、なんて……なんて……なんて、()()()()()()()()()()()()()()()!」


 だが心の底から憐憫を向けていた声はだんだんと上ずり、頬は高揚し口の端からは抑えきれない涎が垂れる。

 子子子子 子子子はおかきたちの目の前で、まだ見ぬ神に対し情欲を抱いていた。


「……失敬、わたくしとしたことが取り乱しましたわ。 それで話が変わるのですが」


「変えられねえよなにもかも、無理だろ今の話から舵を切るのは」


「それでも話が変わるのですが、わたくしと手を組みませんか?」


「……なんですと?」


「SICKは異常な存在を保護したい、わたくしも“かわばた様”を保護したい。 目的は一致しておりますわ、“かわばた様”がこのまま消失して困るのは同じことかと」


「作戦タイムを要求するわ!!」

 

「認めましょう」


 突拍子もない子子子の提案にすかさず反応した甘音が皆を集め、声の届かない間合いまで距離を取って顔を寄せ合う。


「……一応聞くけど、どうするの?」


「ンなもん断るに決まってんだろ、さっさとSICKの増援呼んで捕縛しろあんな奴!」


「そうしたいのは山々ですが彼女の性質を考えるとどれほど周囲に被害が出るか……キューさんたちにも連絡済みですけどこの場で取り押さえるのは難しいかと」


「よし、ボクにいい考えがある! 逃げよう! きっとパイセンやキューちゃんも許してくれるよ!」


「その場合は十中八九“かわばた様”が彼女の手に落ちますね」


「じゃあ話を受けるの? 正直神様が奪われてどうなるかって私じゃよくわからないけど……」


「俺も何が起きるかわからねえ、つまり全知の能力ですぐに把握できねえことが起きるってわけだ。 あの変態がやらかすならどうせ碌なモンじゃねえぞ」


「おかきはどう思う?」


「そうですね……子子子子 子子子は嘘を述べていない、しかし真実も隠しています」


 彼女の性癖からして衰弱した神の保護が目的という言葉は事実だが、十中八九目的はそれだけではない。

 自分の手札を開示したように見せ、相手にとって不利益な情報を隠す。 それはかつて雄太がボドゲ部で何度も辛酸を舐めた詐欺師のテクニックだ。


「彼女の目論見が読めないまま放置するのは危険です、この村に危害が及ぶかもしれない。 理想は着かず離れずの位置から監視することかと」


「新人ちゃん、つまりそれって……」


「ええ、虎穴に入らずんばなんとやらです。 乗っていきましょう、彼女の誘いに」

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