深淵なる隣人 ②
「河童、コマキチ、2人は着いてきちゃダメよ? 村の人たち驚いちゃうから」
「カパ、もちろんだ。 カッパたち同じ間違いはしない」
「あうん」
「同じ……? まあいいわ、また後で会いましょ」
手持ちのリモートキーを操作し、甘音はキャンピングカーの扉を施錠する。
そして窓から手を振る河童たちを確認したあと、悪花たちが待つ村へ向かうため、駆け足でおかきとウカの元へ合流した。
「お待たせ2人とも、河童とコマキチは素直に言うこと聞いてくれたわ」
「おう、お疲れさんお嬢。 ほな行こか」
「急ぎましょう、悪花さんが急かしているということは差し迫った事態かもしれません」
「んー、あんまり神経質にならないでもいいと思うけども。 山田がついてるならヤバそうなときはすぐ撤退するわよ」
「まああの感じやと命の危機って気はせぇへんしな、ただなるはやで駆け付けてくれって……」
「おう、そのカワイ子ちゃん。 ちょっといいか?」
「あん?」
不意に話しかけてきた声にウカの声が低くなる。
話しかけてきた声の主に気づかなかったわけではない。 何者かが近づいてくる気配を察知し、警戒はしていた。
それでもその作業着を着た軽薄そうな男から感じるいやな臭いには、顔をしかめずにはいられなかった。
(腰にチャカとヤッパ……かすかにヤクの臭いもしとるな、一般人とちゃうな)
「甘音さん、私たちの後ろに……」
「なによ、私たちに何か用?」
「甘音さーん?」
咄嗟にかばおうとしたおかきを押しのけ、甘音が
忍愛ほどではないがこのお嬢様、カワイイと言われて黙っていられるほど自己肯定感は低くない。
「いやぁ、こんなところじゃ見かけねえ面だと思ってよぉ……へへへ、ジジババどもの孫か? 可愛いじゃねえの……いやマジで可愛いじゃねえの、特に後ろの黒髪の子」
「おかき、私の後ろに隠れてなさい。 こいつロリコンよ!」
「ロリじゃねえですよ」
「ロリの有無はどうでもええねん、ナンパなら帰るで」
「おっと待てよ、こんなところで会ったのも何かの縁ってやつ? 俺さぁ、毎日ジジババの相手して疲れてんだよ、ちったぁ癒してくれたってバチは……」
「神罰」
「アバババババアバアバアババー!!?」
下心丸出しでウカの手を取った瞬間、激しい電撃が男の全身を迸る。
決して殺さない程度に加減された神の雷。 それでも意識を刈り取るには十分すぎる電流を浴びた男は、口から煙を噴き出し白目をむいたまま、仰向けにひっくり返った。
「なんやったんやこいつ……とりあえず身ぐるみ剥いで川に流しとこか」
「麻酔ならあるわよ、打っとく?」
「ウカさん甘音さん、軽々しく法を犯そうとしないでください」
「ちょっとこれ見ぃ、社員証腰にぶら下げとるで。 不用心やな」
まだ倫理と良識が生き残っているおかきの制止も聞かず、ウカは気絶した男の手荷物をまさぐる。
出てきたのは予想通り小刀、拳銃、そして財布の裏地に隠されていた怪しい白い粉と錠剤。 恰好は作業員らしい上下繋ぎ姿だが、明らかにカタギの人間ではない。
「お嬢、おかき連れて先に村行ったって。 うちはこいつから話聞いてから行くわ」
「それって危ないんじゃない? 主に私たちが」
「村までそこまで距離もないやろ、何かあったら大声出せばうちか山田が駆け付けるで。 おかき、護身具は持っとるか?」
「車内に用意されていたものからスタンガンと警棒、あと一応小型の拳銃を一丁お借りしました」
服をめくり、その下に隠した折り畳み警棒を見せるおかき。
さらにベルトの背中側にはおかきでも扱える口径の拳銃がホルダーに吊るされ、靴はつま先とかかとがスタンガンになる特別仕様だ。
「十分や、うちも用事が済んだらすぐ追いかけるさかい。 気ぃつけてな、特に水場」
「私も注意しておくわ、ウカも油断するんじゃないわよ」
「当たり前や。 ほなおどれもさっさと起きぃ、どこの組のもんや? 1000引く7は?」
「う、うーん……えっ? あれ? お、おれたしか……お、おおおおいガキ!! お前俺に何しやアバババババアバー!!?」
「へー、人間ってあれだけ電気浴びても死なないのね」
「どっちが悪人かわからないですね……」
――――――――…………
――――……
――…
「おう、来たか。 悪ィな急かして」
「こっちもちょうど収穫があったところだったからちょうどいいわ、それにしても何というか……大人気ね?」
「山田のせいでなァ、重てえから半分持て」
ダム反対を掲げる村の入り口を抜け、歓迎ムードの村人たちに迎え入れられたおかきと甘音は、無事に予定通りの集合場所で悪花と合流を果たす。
げんなりとした悪花の両手には村人たちからもらったのか、キャベツや大根が詰め込まれたビニール袋がぶら下がっていた。
「あんた老人に好かれるわねー、山田はどこいったの?」
「そこの家の中だよ、家主と話してる。 そっちこそウカはどうした?」
「道中トラブルがあってただいま別行動中です、ごうも……聴取が終わり次第合流するかと」
「今拷問って言いかけたか?」
「守秘義務を行使します。 それよりこちらの家に“かわばた様”の手掛かりがあるんですか?」
甘音に荷物を預けた悪花の背後には、周囲の民家より1~2周りは大きい家が建っていた。
小さな狛犬像が彫られた門には「菜津」の名字が刻まれており、この廃れかけた集落の中では明らかに浮いていた。
「函船村の中で最も古い家らしい、つまりこの村の歴史について一番詳しいってわけだ」
「なるほど、“かわばた様”について何かわかるかもしれないわね。 ……でもこの村って関係あるのかしら? たしか出現地点がこの近辺ってだけよね」
「可能性があるなら調べて損はねえだろ、俺の全知に何か引っかかるかもしれねえしな。 それにこの村はなにかきな臭ぇ」
「きな臭い?」
「確証はねえけどな、だがこの村はなにか隠して……」
「おーい悪花様ー! 助けてー!!」
突然門扉が開かれたかと思うと、家の中から慌てた様子の忍愛が転がり出る。
3人の足元まで転がってようやく止まると、涙と鼻水を垂らした彼女は容赦なく悪花の足に縋りついた。
「悪花様ー!! ボクやだ、もうおうち帰る!! 助けてよぉー!!」
「くっつくんじゃねえ汚ぇなお前!! まずは何があったか説明しろ!!」
「――――あら、ではその説明はわたくしからいたしましょうか?」
場違いなほど透き通った声が混乱した場に割って入る。
聞き覚えのあるその声に忍愛以外の3人も表情が強張り、その視線は開かれた門扉の奥へと注がれる。
「うふふふ、まさかこのようなところで会うなんて……奇遇ですわね、皆々様」
汚れ一つない礼服とヤギのように細長い瞳孔。
薄っぺらい笑顔を貼り付けた聖女が、そこに立っていた。
「……子子子子子子子」
「ええ。 お久しぶりですね、藍上 おかきさん」
「テケ!」
SICKが危険視する団体、名もなき神の教団。 その教祖である女が……なぜか頭部に黒いスライム状の生き物を乗せたまま、おかきたちに微笑みかけてきた。




