レッドリスト ⑤
「……かき……お…………おかき……おかき? 大丈夫? 怪我してない?」
「う、うーん……甘音さん……? ここは……」
「ここは狛犬の神社、そしてそこで吊るされてるのが暴行の現行犯で刑に処す河童よ」
「カパーーーーー!!!!」
「保護対象ーーーーー!??!」
痛む頭をさすりながら起きたおかきが見たものは、壊れかけの鳥居に吊るされた河童とその下で火を起こすなんとも罰当たりな甘音の姿だった。
――――――――…………
――――……
――…
「だってぇ……突然襲ってきたしおかきも全然起きないんだもの」
「死んでへんから大丈夫やって言うたんやけどな」
「あうん」
「心配してくれるのは嬉しいですがね、やりすぎですよ甘音さん」
「か、カパパ……ニンゲン……ニンゲンは野蛮……!」
「あなたもあなたですよ、突然人のこと不意打ちして何事ですか」
「カパパッ!?」
逆さ吊りから解放された河童はおかきに睨まれると、静電気でも喰らったように跳ね退き、狛犬像の後ろに身を隠す。
象の後ろから覗く震えた視線は自分吊るした甘音よりも、むしろおかきへ重点的に注がれていた。
「おかき、なんだかあんたの方が怖がられてない?」
「むぅ、そこまで本気で怒ったつもりはないのですが」
「か、カパ……バケモノ……バケモノニンゲン……! ニンゲンなのに、気配がおかしい……!」
「もしかしておかきに残った陀断丸の残滓か? 鼻が利くやっちゃな」
「それとたぶん私が受けてる加護の気配ですかね、狛犬さんが無反応だったので失念してました」
「わうん!」
そんなおかきの足にすり寄る狛犬姿を見て、河童が短い悲鳴を上げる。
設定上、探索者としてのおかきが有している数々の(外宇宙含む)神から与えられた加護や呪いの類。
それらは低級の悪霊なら触れることすらできないものであり、守り神である狛犬からすればほぼ無害だが、妖の類である河童から見れば地雷に顔をこすりつけているようなものだ。
「こ、コマキチぃ……! 離れろぉ、死ぬぞぉ……!」
「ふむ」
「わふん?」
恐怖を感じながらも一向に逃げない河童の様子を見て、おかきはコマキチと呼ばれた足元の狛犬を抱きかかえる。
そのまま右に左と揺らしてみると、心配そうな河童の表情は間違いなく狛犬の身を案じていた。
「なるほど……甘音さん」
「わかってるわ、トドメね?」
「違います、ウカさん」
「おうおうとりあえずコマキチの身柄はうちらが預かっとんねん、往生して話聞かせてもらおか?」
「なんでそんなガラの悪い言い方しかできないんですか……河童さん、私たちにあなたを害する意思はありません」
「そ、そ、そ、そんなこと信じられるか! カッパ知ってる、ニンゲンは悪だ……!」
「こじらせてるわね、まあ隣であんなダム開発されてちゃそうなるか」
狛犬像の土台に爪を立てて、鋭い(つもりの)視線でおかきたちをけん制する河童。
おかきとしては彼とも対話を試みたいが、どうも人間への憎悪が根深い。 このままではわだかまりを溶かすだけで日が暮れてしまいそうだ。
「コマキチ、お前の友達やろ? 自分からも説得したってや」
「わふん」
「……仕方ない、コマキチがそこまで言うならカッパも信じる」
「今の3文字にどんだけの意味こめとんねん」
「まずはこちらをお返しします、この暑さではすぐに痛んでしまいますよ」
ひとまず歩み寄る姿勢を見せた河童に対し、おかきは自分の顔に投げつけられた魚籠を差し出す。
水気を含んだ竹細工の中にはみっちりとアユが詰め込まれている、新鮮なまま締められているのか夏の猛暑でもまだ瑞々しいままだ。
「カパ……問題ない、その魚籠の中ならずっと新鮮なままだ」
「へー、持ち運びできる冷蔵庫ってこと? 便利ね、薬剤運搬用にダースでほしいわ」
「狛犬……失礼、コマキチさんとは仲がいいようで。 これも彼と一緒に食べるために捕らえた魚ですよね?」
おかきは魚籠の中からアユを一つ取り出し、ウカの隣に鎮座するコマキチへ渡す。
すると待ってましたとばかりにかぶりつかれた魚は3秒と持たず、骨だけを残し肉片ひとつ残らず食べ尽くされてしまった。
「犬に魚は……まあ狛犬なら関係ないのかしらね」
「カパ、コマキチは何でも食うぞ。 身体がちっちゃいわりに」
「うちの干し肉食っといてよう食うわ、他にも自分らみたいな化生の類はおるん?」
「もう2人……いや、あと1人いる。 ただ日中はあまり姿を見せないぞ」
「日中は姿を見せない……それはもしや“かわばた様”ですか?」
「カパ? 誰だそれ、あと一人はテケちゃんって呼んでるぞ。 黒くてずっと這いずってる」
「なんだか“かわばた様”とは違う雰囲気ね、そういえばあんたの名前はなんていうの?」
「カッパはカッパだ、もう名前を呼んでくれるやつもいない」
「…………そうですか」
どこか悲しそうな河童の目は凛々しく座する狛犬像へ向けられる。
かつてはコマキチたちと同じく生きて動いていたであろう、もはや物言わぬ命。
かつてはこの山にはもっと多くの人ならざる者たちが生息し、賑わっていたのだろう。
「お前たちはあのダムとかいうニンゲンの仲間じゃないのか? あいつらは嫌いだ、うるさくて金物臭くて山を削る」
「違いますよ、むしろ立場的にダム建設は止めたい。 私たちの目的は“かわばた様”の調査とあなたたちの保護です」
「カパ……保護?」
「はい、河童さんたちが望むなら我々が新たな生活と住居を用意します。 詳しくは……また後程の説明になってしまいますが」
「SICKならこの山買い取ることもできるで、この神社も補修したらコマキチも力取り戻せるやろ」
「あうん!」
「こ、コマキチ……でも……うーん、ニンゲン……ニンゲンわからない……」
「まあ今すぐ決めなくてもいいですよ、こちらも一度キューさんたちに連絡を……と、ちょうど電話が」
悩む河童を前におかきが携帯を取り出すと、図ったようなタイミングで着信音が鳴り始める。
画面に表示されているのは悪花の名前。 向こうの調査にも進展があったのかとおかきは着信を取ってスピーカーに耳を当てた。
「もしもし、悪花さんですか?」
『おう、おかきか。 そっちは今手ぇ空いてるか? 可能ならこっちに合流してくれ――――すこし気になる話ができた、できれば急ぎで頼む』




