レッドリスト ③
『口惜しや……斯様な危機に姫を守れぬなど……! くっ、殺せ!!』
「ご主人……なぜなのだご主人……」
「陀断丸はメンテ兼“かわばた様”がビビって出てこなくなる、タメィゴゥは学園外じゃ目立ちすぎるからだよ。 悪いけどご主人様が帰ってくるまで大人しくしててくれ」
「副局長ぉー、この子ってご飯何食べるんですか?」
「卵殻のサンプル採取していいっすか?」
「いつもの研ぎ師到着したので陀断丸さん連れてきますねー」
「あいあーい、良きに計らえ。 ずいぶん可愛がられてるなぁタメィゴゥは、飼い主似か?」
“かわばた様”調査任務中のカフカたちと通信を繋ぐSICK地下基地。
その中でも宮古野が待機している指令室では、不貞腐れて床を転がるタメィゴゥが若い職員たちに愛でられていた。
わけのわからない生物や現象に苛まれる毎日、そんな中で見た目は奇怪ながらも害はないタメィゴゥは、癒しの足りない職員たちにとって良きアニマルセラピーを与えていた。
「タメィゴゥはなんでも食べるけどご飯の上げ過ぎは厳禁だぞ、あとでおかきちゃんに怒られても知らないからな」
「はーい……それで飼い主ちゃんは今大丈夫なんですか?」
「今のところはね。 こちらでもバイタルは監視してるし常に2人組以上で行動してるけど……楽観視はできないよねぇ、死ぬなよおかきちゃん」
――――――――…………
――――……
――…
「ライフジャケット、ヨシ! おかきのサイズにも合うやつがあってよかったわ」
「ねえこれって子供用サイズ……」
「山田、言葉には気ぃ付けぇ。 ここでおかきがスネたら余計な時間食うで」
「スネませんよこのやろう」
言動とは裏腹にライフジャケットを装着したおかきが唇を尖らせる。
頂点に到達した日差しが照らす下、行動方針を決めたカフカたちは装備を整え、いざ調査へと乗り出そうとしていた。
「いいから動け、時間がもったいねえ。 いいか? 日が暮れる前に必ずキャンピングカーに戻って来るんだぞ」
「わかってます、悪花さんたちも気を付けてくださいね」
「うーんやだなぁ……新人ちゃん、やっぱりペア交代しない?」
「なんか言ったか山田ァ」
「ナンデモナイデス…」
「悪いわね、これが暴力と適性を割り振った結果よ」
“かわばた様”の出現条件が整うまでの時間、おかきたちは「逃げた河童」と「ダム建設の裏」について調べることにした。
その前提がある中で戦闘力に自信があるのはウカと忍愛の2人しかいない、必然的にその2人は別チームで動くのが妥当だ。
さらにおかきが河童の調査担当となれば、同じくオカルトに明るいウカも同行することになり……結果として忍愛は悪花とのペア行動を余儀なくされた。
「ガハラ様! ガハラ様は平気なの!? 河童と言えば妖怪だよ、ホラーだよ!?」
「実体があるならそこまで怖くないわ」
「この人の判断基準が分かんないよー!!」
「いいから行くぞ、せいぜい水場には気を付けろよテメェら」
「そっちも熱中症には気をつけなさい、こまめに水分補給するのよ」
いまだ不満タラタラの忍愛を引きずりながら調査に向かう悪花、その背中を甘音が見送る。
相性は悪い2人だが密偵と情報収集に関しては間違いないペア、おかきたちも彼女たちに恥じない成果を持ち帰らなければならない。
「……さて、うちらはどないする?」
「とりあえず愚直に追いかけてみましょうか、川下に逃げて行ったのは見ていましたし」
「そうね、おかきは川に近づいちゃダメよ」
手掛かりがなければ足で探すしかない、探偵の定石通りおかきたちは川の流れに沿って歩き出す。
天候は快晴、川とも距離を取りながら2人でおかきの両端を挟み、不測の事態への備えも万全だ。
「ところでウカは河童の気配を探知したりできないの?」
「んー……デカい気配はすぐわかるんやけどあの河童は無理やな、ちっさすぎるわ。 それにこの一帯も妙な空気で鼻も利かへん」
「妙な空気? まさか火山ガスとか……」
「ちゃうちゃう、赤室と似た感じや。 山に神気が宿っとんねん、ほんの薄っすらな」
いつの間にかウカの頭部には狐耳が生え、黄金色の尾も一本ゆらゆらと風になびいている。
霊感とも呼ばれる妖や神霊存在への感知能力、神の力を持つウカのそれは霊能力者やSICKが保有する探知機械よりも鋭い。
しかし鋭すぎるがゆえにわずかに残留した気配に阻まれ、河童の跡鳥を追うことができないでいた。
「山の神が住んでいるという事でしょうか?」
「いや、この気配の薄さならもう消えとるやろな。 あるいは愛想尽きてどこか行ってもうたか……」
「神様は詳しくないけど付近が限界集落だけじゃ信仰もなにもないか、世知辛いわね」
「ともかくウカさんの知覚に頼れないならやはり足で探すしかないですね、下流に逃げたということはそこに隠れ家があるかもしれません」
「そもそも繰り返しになるけどなんであの河童はSICKの車に寄ってきたのかしら、妖怪を引き寄せる機能でもあるの?」
「さすがにキューさんでもそんな機能は積んでいないと思いますが……」
「ただ珍しかったから寄ってきたんとちゃうか? こんな山と川しかないと退屈やろ」
「ふむ……2人とも、何か気が引けそうなものは持ってませんか?」
「採血キットならあるわ」
「キュウリとかあればええんやけどな、水筒とおむすびと干し肉くらいしかもってへんわ」
「うーん、キャンピングカーまで戻ればキュウリもあるかもしれませんが」
「わおん」
「いまさら戻るのも手間だわ、このまま行けるところまで歩いてみない?」
「わうん」
「せやな……って、ん?」
「あうん」
歩きがてらの会話に挟まる合いの手にウカが気づく。
視線で訴えるが2人は首を振って否定、当然ながらウカが変な茶目っ気を出したわけではない。
では一体犯人は誰か? その答えはウカの足元で奪った干し肉を頬張るチワワのような獣が担っていた。
「あうん!」
「あん? なんやこいつ……ってうちの干し肉ー!?」
「あら、野良犬? 見たことない犬種だけどどこかで見たことあるような……なんだったかしらねこのパーマみたいなクルクルの毛」
「……私も見たことある気がしますね、主に神社で」
「あうん!」
「犬種いうてもチワワかチャウチャウちゃうんちゃう……いや、ちゃうな? なんでこないなところに狛犬がおんねん?」




