夏の始まり、あるいは藍上 おかきの死 ③
「や、やっと終わった……」
乱入者たちが去って行った後の部室にて、おかきはぐったりと机に張り付いていた。
「終わりじゃないけどね、これから始まりよ」
「しっかしまぁよう死ぬな、骨も残らんとちゃうかこれ?」
「骨は拾うよ新人ちゃん」
「まだ死んでませんよ……はぁ」
強く反論する気力も沸かず、その口からこぼれるのはため息ばかり。
これまで何度も修羅場を潜り抜けてきたおかきだが、それでも何人もの学生たちに“これからお前は死ぬ”と宣告されれば気分が落ち込むのも無理はない。
「せっかくの夏休みだってのに幸先不安すぎますね……いっそ学園に引きこもった方が安全なのでは?」
「長期休暇中は学園の滞在にAP支払う必要があるわよ、学生いない間に設備点検したいから追い出すためのルールね」
「新人ちゃんもあんまり気にしない方がいいよ、予知系の能力って言っても大した精度じゃないんでしょ? 全部外れてる可能性だって……」
「――――おいおかき! テメェまだ無事か!?」
「たった今大本命のお墨付きがやってきたわね」
「こんばんわ、悪花さん……たった今メンタルが無事じゃなくなりました」
「あァ……? どういうことだ?」
――――――――…………
――――……
――…
「なるほどな、事情は分かった。 結論から言うと死ぬかそれに近い危機はまってるだろうな」
「ぐふぅ」
暁 悪花は単刀直入におかきに現実を突きつける。
都心部から離れた旧校舎まで急いで駆け付けたのか、その額は汗で髪が張り付き、ユーコが用意した麦茶も一息で飲み干していた。
それほど血相を変えて駆け付けた知り合い、そのうえこれまで何度も世話になった“全知無能”の言には今まで以上の重みがあった。
「悪花……あんたもっと気を使いなさいよ」
「そんな水臭ぇ仲じゃねえだろ。 いいかおかき、俺もまだザックリとした未来しか識らねえがこれだけ数が揃ったのは偶然とは考えにくい」
「はい……その点は私も同意です、しかし」
「だな。 どうも内容がバラけてるのは気になるが……最終的に“藍上 おかきが死ぬ”という点に収束してるなら同じだ」
「ねえ悪花、あんたもおかきの危機を予知したのよね? どんな死に方だったの?」
「言ったろ、ザックリと内容だってな。 俺の全知で“未来に起こることを知る”ことはできるが、その情報精度が上がるほど予知内容を避けるのが難しくなる」
「対策しようと解像度を上げるほど難易度が上がるってわけね、ジレンマだわ」
「まあ悪花様の能力がここぞって時に頼りないのはいつものことだよ、それで新人ちゃんはこれからどうしたらいいの? SICKの地下シェルターにでも引きこもる?」
「埋めるぞテメェ。 経験則だが真っ向から予知内容に逆らう真似は止めた方がいい、未来への流れってのは観測した時点である程度決まってんだ。 無理に避けようとすると因果が帳尻合わせようとして余計な被害が増える」
「なるほど……」
おかきの頭に浮かぶのは某SFなネコ型ロボットの話。
不幸な未来を観測して避けようとするが状況が悪化したり、結局観測した通りの未来を歩むというオチには覚えがあった。
「で、具体的な対策はどないしたらええんや?」
「まず簡単なのは自分から予知内容を再現してしまうことだな。 例えばお前は首を吊るぞ、と言われたなら頸部を確実に保護して首吊りの真似をすればいい」
「へー、そんなことでいいのね」
「ただしこの方法は未来の映像が浮かぶビジョン系の予知に限る。 神託や第六感、俺みたいな情報として未来を見るタイプにゃ通用しねえ」
「あかんやんけ」
「俺からのアドバイスは基本的に流れには逆らうな、そして状況に応じて臨機応変に対応しろ。 聞いた限りじゃそこまで精度の高い予知はねえ、避けられる未来だ」
「そうですね……」
張り付いてた机から身体を引きはがし、おかきは天井を見上げながら現状を前向きにとらえる。
何も状況は悪いことばかりではない、死ぬような目に合うなら相応の事件が起きるということだ。
停滞した現状に対する大きな変化、それはおかきが今抱えている謎や悩みを解決するきっかけになるかもしれない。
「……おっ? なんだいなんだい、悪花まで一緒とは珍しいじゃあないか。 どういう集まりかな?」
「あっ、キューちゃん。 ちょっと今大変なんだよ聞いて聞いて」
「大変なのはいつものことさ、先にこっちの用事を話してもいいかな?」
そんな折に教室へ入ってきたのは珍しくシワのない白衣を羽織り、同じく珍しく疲労が残っていない顔をした宮古野だった。
ここ最近睡眠をしっかりとれているのか肌の血色もよく、心なしかいつもより姿勢も伸びている。
「お疲れ様ですキューさん、なんだか元気が漲ってますね……」
「あっはっはここ最近仕事が片付いてちょっと暇なくらいなんだよ、そういうおかきちゃんは元気ないね?」
「まあ色々ありまして……それでわざわざ旧校舎まで足を運んでどうしたんです?」
「なに、ちょっと君たちに頼みたいことがあってね。 ユーコっち、そっちの机借りていいかな?」
『いいっすよー、ちょっと待ってほしいっす』
教室の橋に積まれていた机がひとりでに震え、ポルターガイストによって宮古野の前まで運ばれる。
その上に広げられたのは紙の資料。 悪花の前で堂々と広げているあたり、機密性の低い情報ばかりが乗っているものだ。
「君たちこれから夏休みだろう? これだけの長期休暇になるとカフカの飢餓症状が懸念される、そのために用意した“おやつ”さ」
「おやつ……つまり刺激的な事件ってことね」
「はっはっは、そんな身構えなくていいよ。 どれも優先度の低い案件さ、ちょっとした肝試しとでも思ってくれていい」
「肝試しなぁ……」
「危険性のない超常現象の確認と保全業務、そのうえ費用は全額SICK負担の旅行みたいなものさ。 命の危機なんてそうそう起こりっこないよ、賭けたっていいぜワッハッハ!」
「………………」
つかの間の平穏と人並の休息を得てテンションがおかしい宮古野と反比例し、教室の中には気まずい沈黙が流れる。
目の前で頭を抱えている渦中の地雷を知る面々には、宮古野の発言がフラグにしか聞こえなかった。
「ワッハッハッハ……って、どうしたんだいお通夜みたいな空気だけど」
「いやぁ、新人ちゃんといると退屈しないなって思って」
「キューさんには話しておくべきですよね……実は――――……」




