夏の始まり、あるいは藍上 おかきの死 ②
「あ゛ー涼しいぃ……なんかひんやりしてるのよねこの部屋って」
『たぶん自分らが住んでるからじゃないっすかね? 体感気温2~3度下がるらしいっすよ』
「なんか背筋が寒くなって来たわ……」
「オバケ苦手なら無理して来ぃひんでもええのにな」
「それでもユーコさんには慣れてきたそうですよ、 そういえばユーコさん、この前は救援ありがとうございます」
『いやあお安い御用っすよー! ……で、今日は皆さんどうしたんすか?』
「もうじき夏休みですし部室の掃除と……ちょっとした追い込みを」
おかきたちが部室兼たまり場として利用している旧校舎の教室、その天井を手持ち無沙汰なユーコが旋回している。
見た目はオンボロ校舎だが最新の空調設備が整った環境の中、寄せ合わせた机の上に勉強道具を展開し、死んだような目で教材と向き合う忍愛たちが肩を並べていた。
「ボクぁ憎いよ新人ちゃん……赤点なんてシステムを作った連中が……」
「この世すべての成績が理数系だけで決まればいいのに……」
「お嬢、それはうちが死ぬで……」
「しっかりしてください皆さん、赤点だと夏休み中ずっと補習を受けることになりますよ?」
「うぎぎ……そういうおかきは大丈夫なの?」
「まあ得手不得手でブレはありますが中の上はキープしています」
「優秀なことで結構やな……ってどないしたユーコ?」
『んー、門前に誰か来てるっすよ? 探偵部へのお客さんじゃないんすかね!』
旧校舎の正面玄関に立つ女生徒、真っ先にその存在に気づいたのは試験も何にもないユーコだった。
キングたちが引き起こした保管アイテムの窃盗事件から、旧校舎全体に浮遊霊たちの警備を配置していた成果がさっそく現れたことに、少しだけテンションが上がっている。
「あれ、今日は来客の予定はないはずですが……」
「急な依頼かもしれないわね、ちょっと様子見てくるわ」
「いえ甘音さん、来客対応なら私が……」
「連れてきたわ」
「判断が早い」
勉強という現実から秒で逃げ出した甘音が引っ張りこんできたのは、いかにも引っ込み思案と言わんばかりに腰が引けた茶髪の少女だった。
制服のリボンの色から中等部ということは分かるが、探偵部の面々に面識のある者はいない。
なにせ瞳の中に星型のハイライトが煌めいている生徒など、一度見ればまず忘れない相手だ。
「あ、あの……えっと……あ、藍上先輩でお間違えないでしょうかっ!?」
「はい、私が藍上です。 失礼ですがあなたは……」
「ちゅ、ちゅちゅちゅ中等部の星見 来未と申します! お噂はかねがね……!」
「どういう噂なんですかね……」
いまさらながら突然赤室学園に中途入学し、その特異な容姿と数々の事件を解決したカリスマ性を持つおかきは生徒の中でも人気が高い。
学園内にアイドル級の学生に対するファンコミュニティはいくつか存在するが、その中でもおかきは今最も注目度が高く、星見 来未もまたファンの1人だった。
「はわわほんとに実在した……キレイ……ちっちゃ……可愛い……!」
「なんですかこのやろう」
「はいはい後輩相手に突っかからないの。 それで星見さん、探偵部になにか依頼でも?」
「あっ、そうでした! 死なないでください藍上先輩!!」
「話が見えませんが……」
自分より体格の良い少女に両手を掴まれブンブン振り回されるおかきはされるがままに首をかしげる。
当然ながら希死念慮の念もこれから死ぬような予定もおかきにはなく、言葉が足りない彼女の真意がわからなかった。
「へーいそこまでそこまで、新人ちゃん死んじゃうから一回放して。 パイセーン、お茶お茶」
「ほいほい、暑いしみんな麦茶でええな?」
興奮している星見を落ち着かせようと忍愛が2人の間に割って入り、目を回しているおかきを引きはがす。
その間にウカは部屋隅に備え付けられた冷蔵庫から人数分の飲み物を取り出し、勉強道具を片付けた机の上に並べる。
依頼人を落ち着かせるための見事なコンビネーション……だが、その実態は2人とも勉強から逃げたいだけということをおかきは知っていた。
「サンキューウカ、夏場は水分補給大事よねー。 それで星見さん、おかきが死ぬってのはどういう事かしら?」
「えっと……あの、うまく説明できないんですけどあたし……人が死ぬのが分かるんです」
「ふむ……?」
常識的に考えれば一笑に付されてもおかしくはない妄言だが、これまで何度も非常識を味わってきた面々は彼女の言葉に耳を傾ける。
その中でも星見の顔を見て何かに気づいたおかきはスマホのアプリを開き、その検索欄に彼女の名前を打ち込んだ。
アプリの正体はSICKから配られている“異常性を持つ可能性がある要監視生徒のリスト”。
そして検索結果としてヒットしたプロフィールファイルを開けば、要領を得ない彼女の話を埋めるピースは手に入った。
(なるほど、予知夢の異能力……)
星見 来未。 中等部1年 女 AB型 右利き……何の変哲もない情報欄の末尾に長々と書き加えられた「稀に近しい人物の危険を予知する」という異常性。
ただし能力については本人も知覚しているが制御はできておらず、精度の高い虫の知らせ程度の認識。
SICKが定めた超能力のランクでもドベに近い出力しかなく、有用性が見込めないため学園の中で緩く監視しようという程度の扱いだ。
「あのあのあのあの! 信じてもらえないかもしれないですけど、藍上先輩が首を吊る夢……光景を見て! それであの、その、あの……!」
「わかりました、まずは話を聞きましょう。 どうもあなたが嘘をついているとは思えませんし」
「ほ、本当ですか!? うう、嬉しい……! あっ、でももう1つ問題があって……」
「問題?」
「はい――――たぶん、後ろの人たちもあたしと同じ要件だと思うので」
星見が教室後方の扉に視線を向ける。
するとずっと扉に張り付いて中の様子を伺っていた生徒たちが、一気に教室の中になだれ込んできた。
「あ、藍上さん! 私の占いの結果ではあなた死にますよ!?」
「心して聞くがよい、我がウィジャ盤のお告げによればそなたに最悪の災厄が……」
「僕のデータによるとあなたがこの夏休み中に命を落とす確率は99%ですね」
「あんた死ぬわよ」
「え、えー……」
血相を変えて自分を取り囲む生徒たちに死を宣告されたおかきは、ただただ困惑の声を漏らす。
絞殺、溺死、感電、熱射、刺殺、中毒、etc……ともかくおかきはこの夏、より取り見取りな死に方をするということを一方的に知らされたのだった。




