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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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魔法戦士ここにあり ①

「おいコラキュー、テメェ何ガハラのやつを見捨てるつもりでいやがる」


「グエエ首締まる首! お、おいらだって不本意なんだよぉ本当だよぉ……!」


 おかきたちが雲貝に勝利し、独断で突入を決した同時刻。

 カフカたちをサポートする緊急対策本部では、悪花の怒りを買った宮古野がチョークスリーパーを決められていた。

 はたから見れば魔女集会のテロ行為とも言える光景に、周囲のスタッフ間では妙な緊張が走る。


「ボス、とうとう戦争っすか!?」


「出来立てホヤホヤの電脳ウイルスぶち込んでいいっすか!」


「血で血を洗おうぜー!!」


「黙ってろガキども! オレがただ勝手にキレてるだけだ、散れ散れ!」


「き、君がガハラ様に恩義を感じてるのは知ってるけどさ。 おいらにもおいらの責任があるんだよね……」


 隙をついて宮古野がチョークスリーパーから脱出する。

 悪花もそれ以上追撃するつもりはなく、苛立たしげに腕を組んで宮古野をにらみつける。


「君も超常存在に関わっているならわかるだろ? 触れたものを塩に変える光の柱、悪魔を呼ぶ人皮本、認識するだけで言語能力を失うミーム。 この世界には表に出してはいけないものが多すぎる」


「知ってるよ、だからさっさと見えねえように隠して処分する必要がある。 異能に目覚めるヤクなんざその筆頭だろ、ウカたちを引き上げてる暇はあんのかよ」


「もちろん迅速に取り押さえる必要がある、だがそこにあえてカフカを使う必要はない。 超能力者アクタに対抗するために選んだ人材だったけど、もし彼女たちが天使の妙薬に触れてあらたな異能を獲得したらどうなる?」


「…………」


「彼女たちが設定と異なる特性を獲得し、精神に異常を来たしたら? 安易なクロス・テストは許可できない、たとえ人質の命を見捨ててでもだ」


「……そうかよ、だからSICK(お前ら)は嫌いなんだ」


「かまわないよ。 人が光の中で生きるため、冷たい闇の中で死ぬ。 それがおいらたちの仕事だ」


「素晴らしいな副局長、たとえ石を投げられようが私たちはその志を忘れてはならない」


 不機嫌に舌打ちを鳴らす悪花の肩を叩き、彼女の背後から麻里元がやってくる。

 彼女の手には硝煙がくすぶるサイレンサーつきの小銃が握られ、白いシャツには点々とした赤い染みが付着していた。


「遅いよ局長、なにやってたの?」


「表に物騒な連中がいたので片付けてきた、ただの武装兵だったがこっちの動きが読まれているな」


「こっちも今重大情報が出てきたところだよ、状況は結構悪いかもしれない」


「例の薬物の話か、概要はほかのスタッフから聞いた。 おかきたちは?」


「撤退命令を無視して進軍中、人質を救出するまで戻らない気だね。 通信する?」


「頼む。 もしもし、こちらの声が聞こえているか?」


『うげっ、局長……』


 麻里元がマイクに話しかけると、ノイズ交じりのスピーカーから忍愛の声が帰ってくる。

 空間が歪んでいるせいか、その音声はところどころ途切れ、いまいち聞き取りにくい。


「山田、命令違反とはいい度胸だな。 今すぐ引き返してくる気はないか?」


『い、いやぁ~僕は止めたんですけどねえ~……それと山田って呼ばないで』


「すまない、ノイズのせいでよく聞こえない。 今はどこにいる?」


『あの、そのぉ……戻るのは多分無理かなぁ……なんて』


「なぜだ? せめてその場に待機してくれるならすぐに救援を向かわせるが」


『やめておいた方が良いよ、ここに誰も寄越さないで。 ……新人ちゃんたちとはぐれた、相手に転移能力がいる』


――――――――…………

――――……

――…


「おかき、撃たれたところは大丈夫か?」


「正直泣きそうなくらい痛いですが、命があるだけましですね」


「SICK特製の防弾仕様で助かったね、でもあばらにヒビ入っちゃったかな」


「必要経費と受け入れます……」


 雲貝との勝負に勝ったあと、おかきたちは扉を抜けて先の見えない闇の中を進んでいた。

 ウカが狐火を灯しているが、それでも互いの顔がようやくわかるほどに心もとない光量しかない。

 はぐれぬように互いの手を繋ぎながら、4人は足元もままならぬままただ先へと進む。


「しかし暗いし長いなぁ、どないなっとんねんこれ」


「空間拡張ってやつ? たぶんボクらが今歩いてるのは次元の狭間だね」


「これもクスリで目覚めたっちゅう能力者の仕業か? ほんまめんどい真似してくれるな」


「もしかして私たち今かなり危ないところ歩いてません?」


 おかきの脳裏によぎったのは、このまま空間の繋がりを断たれ、闇の中に取り残される自分たちの姿だった。


「大丈夫だよ、このまま永遠にさまようってことはない。 経験上、3次元の存在はちゃんと3次元空間に引っ張られるようにできてるから」


「前にもこないなことあったなぁ、あの時はおもくそ弾き出されて壁に顔ぶつけてもうたわ」


「さすが経験豊富ですね」


「おかきもそのうち慣れてくるで? せやなぁ、ほかにおもろい話―――……」


「……ウカさん?」


 突然ウカの声が途絶え、さっきまで繋いでいたはずのおかきの腕が空を掴む。

 かろうじて周囲を照らしていた狐火もまた、みるみると萎んで潰える。

 おかきは独り、暗闇の中に取り残されてしまった。


「ウカさん! 忍愛さん! ミュウさん! 聞こえたら返事をしてくださーい!!」


 呼びかけに応じる声はなく、叫んでいるおかき自身の声すら反響することなく闇の中に消えていく。

 自分たちが分断されたと気づいた瞬間、おかきの心臓が大きく跳ねた。

 しかしどうするべきかと考える暇もなく、孤独な探偵の体は明後日の方向へ引っ張られ始める。


「うわったった! うぐぐ……!」


 なんとか抵抗しようと踏ん張るが、抵抗空しく体はどんどん引っ張られていく。

 いくら力で抗おうとしても空間ごと引っ張られるような感覚だ、おそらくこれが忍愛が話していた3次元に戻ろうとする力だろう。

 つまりこの引力の先には、おかきたちが歩いていた空間を解除する張本人が待ち構えている。


「……まずいですね」


 自分の体重と力では抵抗できるものではないと悟ったおかきは、すぐに思考を切り替える。

 腰には弾丸を一発消費した拳銃、ほかには防具として防弾・防刃仕様のシャツを着ているぐらいだ。

 もし単独でアクタや雲貝のような超能力者と出会った場合、勝機があるとは考えにくい。


 しかし危機的状況でも打開の術は浮かばず、おかきの体は突然あらわれた光の中へと飲み込まれた。


「――――こーんばーんはー、死ね」


「……っ!?」


 突然の光に眩んだ目へ飛び込んできたのは、鋭く研がれた槍の先端。

 とっさに体を捻って真横に逃れると、飛来する槍はおかきの髪を掠め、背後の扉へ勢いよく突き刺さった。


「あ、あっぶなぁ……」


「えー、今の避けんの? なっまいきー」


 賞賛の拍手とともに軽口を叩いているのは、おかきに槍を投げつけてきた張本人だろう。

 口元を軍用のガスマスクで覆い、派手なネイルと紫色の髪で彩った毒々しい女子高生。

 さらに彼女の隣には、同じようなマスクとゴーグルで表情を隠した、おかきより背の低いマッシュカットの少年も立っている。


「……最悪、ですね」


 単独で敵と遭遇したうえ、状況は2vs1。 十中八九2人ともなんらかの異能を持っているだろう。

 おかきは片手に拳銃を握りながら、絶体絶命のピンチを噛みしめていた。

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