箱入り娘 ②
「おうおうおうなんじゃいワレェ! 女2人でこんなところになんの用じゃァ!?」
「子どもは帰ってママのミルクでも吸ってるんだなギャハハ!」
「まあ俺たちも未成年なんだけどなギャハハ!!」
「女の来るところじゃねえんだよ、怪我したくなかったら帰りな!」
「黙って聞いてればお前ら……先輩の悪口はどれだけ言ってもいい、だけどボクへの悪口は絶対に許さないぞ!!」
「まず最初にお前からシバいたろか」
赤室学園の都心部から離れた倉庫区域。
開発当初は多量の資材置き場として活用されていたが、今は寂れたコンテナが積まれた倉庫の中、忍愛とウカの2人をガラの悪い生徒たちが取り囲む。
生徒も教員も立ち入らないこの場所は、彼らにとって居心地の良いベストプレイス。 当然ながら突然現れた来訪者を快く迎え入れる空気ではない。
「まあまあ落ち着いたってや、ウチらかて喧嘩売りに来たわけとちゃうねん。 ちょぉ聞きたいことがあって……」
「あぁん? 俺らは話すことなんてなんもねえよ!」
「仲良くおしゃべりしたけりゃ女子にかまってもらいなお嬢ちゃーん!」
「それともお友達もいないんでちゅかギャハハハ!」
「あァ゛?」
ドスの効いたウカの睨みと呼応するように倉庫の窓がひび割れる。
神性をわずかに開放した威圧はウカたちを見下す不良たちを黙らせ、場の空気を一瞬にして掌握する。
「な、なんだこのガキ……」
「いや、待て……茶髪にガラの悪い関西弁に10人ぐらい殺ってそうなあの目つき……まさかあいつ!?」
「“雷神”のウカ! 噂じゃなかったのか!?」
「パイセン、なんか有名みたいだけど」
「そういや赤室来たばっかのころ下級生に絡んどったアホ何人かシバき回したことあったな」
「ヒ、ヒィ! おしまいだ……家族親戚山田まとめて惨殺されるんだ……」
「ボクを巻き込むな」
「まあ勝手にビビってくれるなら話早いわ、ちょっと聞きたいことあるんやけど」
戦意を喪失した不良たちからオークションの話を聞き出そうとするウカのポケットで携帯が震える。
隣の山田も同時に同じく通知を受け取ったのか、通知画面に表示されたメッセージを確認した彼女の目がわずかに驚きで見開かれた。
「パイセン、ちょっとこれ見て。 今新人ちゃんから送られてきた写真」
「なんや、おかきなら旧校舎におるはずやろ……って、ほぉん?」
送られてきたのは、旧校舎の玄関にぶちまけられたペンキの前でピースしている甘音とおかきの自撮り写真。
その手に掲げていた「警告」のビラを見たウカが額に青筋を浮かべた瞬間、ひび割れていた倉庫の窓がすべて跡形もなく砕け散った。
「……事情が変わった、“これ”の心当たりある連中知ってたら素直に教えてくれへん?」
――――――――…………
――――……
――…
「おかきー! お嬢ー! 無事かー!?」
「おっ、来たわねウカ。 幸い私もおかきも無事よ、あとユーコもね」
「後で掃除が大変ですけどね。 ……ところで忍愛さんが引きずっている方々は?」
「それなら掃除の心配はしなくていいよ新人ちゃーん、犯人はこの通り連れてきたからさ」
旧校舎の玄関前で待っていたおかきたちの前に、ロープで縛られたモヒカンたちが投げ出される。
顔が通常の3倍以上に膨れた彼らは、激怒したウカが不良たちを問い詰めて捕まえたペンキ事件の犯人だ。
「シテ……コロシテ……」
「うわぁボッコボコね、やりすぎなんじゃないの山田?」
「山田言うな、それにボクは縛っただけだよ。 ボコしたのは9割パイセン」
「ウチこういう陰湿な手口気に食わへんねん」
「できれば話が聞ける程度で加減してほしかったのですが……それでもありがとうございます」
怒髪天を突くウカの“インタビュー”はどれほど苛烈だったのか、縛られた不良たちは顔面がはれ上がっているうえ、一時的狂気に陥りまともに会話ができる状態ではない。
オークションの関係者から話を聞ける貴重な機会だったが、ひとまず脅威が去ったことにおかきは胸を撫で下ろす。
なによりオークションへの手掛かりなら、まさしく今調べている最中なのだから焦る必要はない。
「そういやユーコはどこや? 一緒にいたんやろ」
「ああ、彼女なら今……」
『プッハー! おかきさーん、見つけたっすよー!!』
「ウワーッ!? ボクの足元からなんか生えてきた!」
「ユーコさん、お疲れ様です。 ちょうどウカさんたちも合流しましたよ」
『おっ、2人ともご無事っすねー。 そこに転がされてるモヒカンはなんすか?』
「気にせんでええで、それより見つけたってなんのことや」
『旧校舎の不思議アイテムたちを盗んだ泥棒の所在っす! 案内するっすよ、こっちこっち!』
――――――――…………
――――……
――…
「ほーん、地中の根っこを追いかけて……たしかにそれなら確実に根本にたどり着けるわけやな」
「それで今ボクらはユーコちゃんの後追いかけてるわけだけどさ、こっちで本当に合ってる?」
「てっきり街外れの方に流れるものかと思ったけどどんどん街中に入っていくわね」
浮遊するユーコに従って彼女の後を追いかけることおよそ10分。
旧校舎からスタートしたおかきたちの足取りは、どんどん人通りの多い学生区域へと近づいていた。
「後ろめたいことをするなら人の目が無い場所と思い込んでいましたが、思考の裏を突かれましたね」
「でも学生寮もすぐそこの距離よ? こんなところに“箱庭”なんてあるならおかきの猫ネットワークに引っかかるでしょ」
『もうじき到着っすよー、たぶん皆さん驚くと思うんで心の準備よろしくっす』
「もうじきって……まさかここってわけとちゃうやろ?」
ユーコが足を止めたのはこの赤室学園の中央。
かつてアクタが起こした忌まわしい事件の記憶も新しい時計台の直下だった。
「ユーコさん、ここに“箱庭”が?」
『根っこが続いてたのはここで間違いないっすよ。 ほら、その中っす』
「中? ……まさか、これですか?」
手招きするユーコに釣られ、おかきが時計台の中へ踏み込む。 彼女が示しているのは頂上へ続く階段の裏手。
おかきがスマホのライトで照らすと……塗装が剥げたブリキ缶が1つ、人の目から隠れるように置かれていた。




