箱入り娘 ①
『……あっ! お二人とも~! よく来てくれたっすよぉ!』
「うひゃあ!? ちょっと急に現れないでよユーコ、びっくりするでしょ!?」
「甘音さん人の後ろに隠れて首絞めないでくださグエエエ」
『そうっすよ、おかきさんの背中に隠れ切れるわけないじゃないすか』
「塩撒いてやりましょうこんちきしょう。 ……その様子だと無事ですね」
玄関扉をすり抜けて現れたユーコがおかきたちの周りを旋回する。
恐怖からか半べそをかいているが外相は一切ない。 彼女は霊体なので当たり前だが、ひとまずユーコに危害が加えられていないことにおかきは安堵の息を零した。
「それでユーコさん、何があったか説明をお願いできますか?」
『わかんねえっすよ、お昼ぐらいにマスクとグラサン掛けた連中が来たと思ったらペンキぶちまけてすぐトンズラっす』
「昼……私たちがのんきに昼食取ってる間そんなことがあったのね、むかっ腹立つわ」
『皆さん呼びに行こうか迷ったっすけど、またあんな連中が校舎内まで踏み込んだら大変なんでずっと閉じこもって防衛してたっす!』
「つまり校舎内には誰も侵入していないわけですね。 ありがとうございますユーコさん、おかげで部室は守られました」
『えへへへ、当然のことをしたまでっすよ~!』
「ウカたちにも連絡しておいたわ、一応中も確認しておきましょ」
「そうですね、ペンキは……あとから考えましょうか、乾いちゃってますし」
――――――――…………
――――……
――…
『えーと……たしかこの部屋っすね、それじゃホイホイっとオープンセサミ~』
「こうしてみると便利ね、ポルターガイスト」
「ユーコさんの存在が実質旧校舎のマスターキーですよ」
一通り校舎内に被害が無いことを確認したおかきたちは、当初の予定通り紛失した収容物の確認作業の取り掛かる。
複雑な金属錠をユーコの念動力でピッキングし、壁の木目に擬態して隠された電子ロックをおかきのIDカードで解除。 この二重のセキュリティを超えればようやくアイテムを保管している倉庫の扉が開く。
冷え切った空気が溢れる室内には所狭しとロッカーが並べられ、収容された無数のアイテムがおかきたちを出迎えてくれた。
「……な、なんかオバケでも出そうね。 おかき、先歩いて」
『やだなぁオバケなら自分がいるっすよ』
「念のため陀断丸さんも連れているので安心してください、それじゃ現場検証を始めましょうか」
おかきは飯酒盃から電子メールで送られてきたリストを頼りに手ごろなロッカーの戸を開く。
本来「あらゆる計測手段において重量が1tと算出される紙粘土(およそ300g)」が収納されている庫内は空なうえ、奥の壁面をライトで照らすと、ペン先ほどの小さな穴が開いているのが確認できた。
「確認できました、どうやら金の生る木の根は金属ロッカー程度は貫通できるようです」
「こっちもリスト通りアイテムが無くなってるわ、ユーコは違和感とか感じなかったの?」
『いやー自分も四六時中見張ってるわけじゃないっすから……面目ねえっす』
「監視カメラの映像でも一瞬の出来事でした、戸が閉じた状態で内部の異変に気付くのは難しいと思いますよ」
「そうね、別に責めるつもりはないわ。 で、この壁の中に木の根っこが埋まってるのかしら」
「甘音さん、あまり触らない方がいいですよ。 何かの拍子に飲み込まれるかもしれませんし」
「あの空気清浄機みたいにクシャってなるのはちょっとイヤね……いや、むしろ適当な物与えれば本体の居場所が分かるんじゃない?」
ひらめきを得た甘音は手持ちのシャーペンに予備のGPSを貼り付け、ロッカー奥に開けられた穴を突っつく。
しかしいくらほじくろうとも、甘音のペンが穴に飲み込まれることはなかった。
「むぅ……駄目ね、文具1つ程度見向きもしないってか」
「そもそもターゲットの選別基準がいまいち不明瞭ですね、値段が髙い物ならともかくこの保管庫から盗まれたアイテムは共通点がわかりません」
『なんか手あたり次第適当に盗っていったって感じっすねー、その木の気分次第なんじゃないすか?』
「だとしたら次の被害も予測できないわね……本気で壁掘って根っこを辿っていくしかないんじゃない?」
「重機を使った大掛かりな作業になりますよ、あまり派手な真似をすると相手にも気づかれ……」
「そうよねー、根っこ掘り起こさなくてもこの痕跡を辿れるやつがいればいいんだけ……ど……」
『……? どうしたんすか2人とも、自分の顔に何かついてるっすか?』
「……おかき、いたわ。 適任が1人」
「ええ、壁も地面もお構いなしに追跡ができる人材が」
同じ結論に至った2人が互いの顔を見合わせる。
連続窃盗実験のからくりは物質転送や神隠しなどではなく、あくまで有線だ。 つまり愚直に繋がれた線を辿れば本丸にたどり着ける。
だが手間と時間をかけるほど相手に逃げる隙を与えてしまうこの作戦、言葉にするのは簡単だが実行は難しい机上の空論だった。
『…………ほえ?』
あらゆる障害物を透過し、機動力と隠密性を併せ持つ人材でもいなければ。




