逆鱗 ⑤
「箱庭……箱庭……甘音さん、箱庭と言われると何を連想しますか?」
「箱庭療法かしら、うつ病などのメンタルカウンセリングに用いられるわ」
「やっぱ箱庭って言われるとそっち方面になるよねー、ボクはシル〇ニアファミリー浮かんだ」
「うちは庭園やな、南のほうにある寺がええ庭作っとるんよ」
「うーん、やっぱり今のままじゃ手掛かりが少ないですね……」
朝のホームルームと自習時間を終え、昼休みを迎えた赤室のカフェテラス。
早速暗礁に乗りかかった事件を前に、おかきは頭を抱えていた。
「例の猫猫包囲網はどうなの? 小動物なら私たちが調べられないところまで入り込めるでしょ」
「残念ながら今のところ新しい発見はないです、日々報酬のキャットフード代にAPが削られるだけですよ」
「数が数だからバカにならないよね」
「赤室の外から輸入しようにも結局費用はAP払いだものね、ここの検閲は厳重だから密輸も難しいし」
「……そうなんですよね、物の出入りは厳しく管理されてます」
残り少ないカフェラテを一息に飲み干したおかきは、自分のスマホを取り出して学園用のアプリを起動する。
画面に表示されるのは現在おかきが所有するAP。 収入と支出が激しいため、常に自転車操業の残高は危うい数値が刻まれている。
「彼らは盗品をオークションで売り、APの代わりに現金でやり取りを行う……ただこの赤室学園で生活する限り、現金を持つ利点は少ないです」
「たしかに? 最低限の飲食はコンビニで揃うようにはできてるけど、この学園じゃ現金が手に入らないから減る一方じゃん」
「いちおう卒業時に保有APを買い取ってもらえる制度はあるわよ、中にはそれで億単位稼いだ生徒もいたらしいわ」
「とはいえ在学中なら関係のない話です。 AP制度は理事長が“その方が面白い”という思い付きで敷いたルール、悪意はあれど穴があるとは思いません」
「つまりおかきは何を疑っとるんや?」
「オークションの目的と取引相手です。 学生間でやり取りした盗品がここまで見つからないとは考えにくい」
「言われてみればそうね、ずっと隠れ家や犯人の影ばかり追ってたけど」
この事件についておかきたちがいくら調べても「何かを盗まれた」という話こそあれど、「盗品が見つかった」という話は一度もない。
オークションに出品されたアイテムと金の流通先が一切不明なのだ。
「そういやGPSの反応って今どうなってるのさ」
「向こうに感づかれたのか信号がロストしてますね、性能も耐久性も一般的なものと大差ないので警戒されれば対策も取られます」
「そういうのこそキューにメチャクチャ性能良い奴作ってもらえばいいんじゃないの?」
「万が一鹵獲されるとまずいんですよ、SICKの技術が流出してしまいます」
「そっか、秘密組織ってのも難しいわね」
「とりあえずさ、放課後はどうするの? 虱潰しにいろんなところ探してみる?」
「現場百篇と言いますからね、まずは旧校舎の被害状況を確認しましょう。 何か手掛かりが残っているかもしれません」
「せやな、ユーコのやつも何か見てるかもしれへんし」
「ああ、証言と言えばもう一つ有力なのが」
おかきは取り出した携帯から電話帳を開き、見知った番号に着信を掛ける。
スピーカーフォンモードにして待つこと1コール……2コール…………ようやく通話がつながったのは10コールが過ぎてからだった。
『こちら暁! 何の用だァ!?』
「悪花さん、こちら藍上です。 すみません、学園で開かれているオークションの噂について聞きたいのですが、今お時間よろしいですか?」
『いいと思うか!? おい弾幕薄いぞ弾持ってこい弾ァ!!』
通話の裏で聞こえてくるの激しい爆発や銃撃、そして金属がぶつかり合うような重低音。
おかきの目の裏で浮かんでくるのは激しい戦地の最前線、とてもじゃないがゆっくりと話ができる環境ではない。
「……で、聞きたいのはオークションの開催地と開催日なのですが」
『お前の心臓山田製かよ!!』
「おっと流れ弾でボクがディスられたな?」
「おかきって割と融通効かないのよね」
「すみません、こちらもだいぶ切羽詰まっていまして」
『だぁークソ! 前にアリスにぼやいた話だろ? 俺の能力に引っかかった以上デマじゃねえのはたしかだ、だがそこから先は調べてねえからさっぱりだ』
「横からいいかしら? そもそも悪花はどういう経緯でオークションの存在を知ったのよ、あんたの能力って調べようとしない限り知識を得ることはないんでしょ?」
『……企業秘密だ、片手間に話せる内容じゃねえ。 そっちこそどうしてオークションについて知りたいんだ?』
「それはまあ……企業秘密ですね」
今はこうして電話番号を教え合う仲だが、悪花はあくまで魔女集会に所属する敵対人物。 そんな相手にSICKで管理しているアノマリーアイテムを盗まれたという不祥事を暴露するわけにはいかない。
それは悪花も同じこと、SICKに自分の手札を無償で公開する義理はない。 つまりお互い隠し事をしているので深い追及はできないのだ。
『リーダーサボってないで手伝って! こっち押されてるんだからどんどん撃ってくだせぇ!!』
『わかってっからあと10秒待ってろ! おかき、俺はしばらく音信不通になるから1つだけ言っておく! 赤室に蔓延る不良連中を叩け、辿っていけばそのうち本体に繋がるだろ!』
「わかりました、そちらの状況はわかりませんがご武運を。 アリスさんが悲しみますから」
『あいつには宿題と歯磨きサボんなって伝えとけ! あとグリーンピース残すなってな!!』
そのおせっかいを最後に悪花との通話は切断される。
通話時間こそ短かったが、代わりに今後の方針を決める値千金の助言をもらうことができた。
「ずいぶん激しいドンパチやな、大丈夫かいな悪花のやつ?」
「帰ったら手当の準備ぐらいはしておきましょっか」
「それじゃ新人ちゃん、改めて放課後の方針だけど」
「そうですね……現場検証と聞き込みの二手に分かれましょうか。 忍愛さんとウカさんは不良探しを、私たちは……」
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――――……
――…
「……予定通り旧校舎の現場検証を、と思ったのですが」
「何よこれ……とんでもないことになってるじゃない」
放課後、当初の目的通り旧校舎に訪れたおかきと甘音が玄関前で立ち尽くす。
白馬が置き土産として残した万年桜が枝葉を揺らす下、建付けの悪い玄関扉にはバケツをひっくり返したかのように、鮮やかな赤がぶちまけられていた。
「……大丈夫、血じゃないわ。 ただの赤ペンキ、だいぶ乾いちゃってるわね」
「まさかオークションの関係者が?」
「かもしれないわ、ほらこれ」
甘音は扉に付着したペンキの上から貼り付けられていた紙を引っぺがす。
そこには紙面一杯を使った豪快な文字使いでただ2文字――――「警告」とだけ書き残されていた。




