逆鱗 ③
「ほう、お前が腕っぷしで負けるか。 珍しいこともあったもんだな」
「申し訳ありません、修羅のような迫力で……そのうえどうやら武術の心得があるようです」
「このバケモノ学園の教師だ、どんな隠し玉があろうと不思議じゃないが……木はどうした?」
「燃やしました、おそらく幹は燃え残りますが果実は収穫済みです。 アレの力は隠蔽できます」
「だろうな、普通なら気づくはずもない……が」
「何か気になることでも?」
「噂が出回っているのは知ってたが、あまりに嗅ぎ付けるのが早い。 まるで初めからこういうもんの扱いに慣れてますっていう足の軽さだ」
「まさか……」
「先入観は捨てろ、この学園じゃ常識は通用しねえ。 しばらく会場は閉めろ、この箱庭もいつバレたっておかしくねえ」
「わかりました、キングの仰せのままに」
「……探偵部か、思ったより厄介な連中かもしれねえな」
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――…
「ふわわわわ……おはようございますですわおかきさぁん……」
「おはようごじゃます……」
「朝弱いねこの2人」
「昨日は夜更かししたのも響いてるわね、ほらシャキっとしなさーい」
飯酒盃が大暴れした日の翌朝、探偵部の面々は寝不足の目をこすりながら食堂へと集まる。
いつも自炊や余り物のおこぼれにあやかりたい生徒が群がる朝のテーブルだが、今日はいつも以上の賑わいを見せていた。
「あっ、探偵組のみんなおはよー。 白米なら調理部が炊いたやつあるけどおかずは全滅かもよ」
「しゃーないな、うちが適当に作るか。 しかし今日はやけに混んではるな?」
「それがさー、近くの飯屋が今日休業なんだって。 あそこの朝定食安くてうまいのに」
「コンビニも朝練終わった運動部が根こそぎ掻っ攫ってるー、どこもかしこも飲食店やってないんだって!」
「それは珍しいですね、原因は?」
「業務用の炊飯ジャーとか冷蔵庫とかもろもろなくなっちゃったんだって、コンビニもお土産の菓子折りとか消えたんだって」
「あーあのレジんとこに飾ってあるクッキー缶とかね」
「それはもしかして……ウカさん」
「まあそういうことやろな」
同級生たちがこぼす愚痴におかきとウカは顔を見合わせる。
話を聞けば紛失したものはすべて値が付く品物だ。 つまり飯酒盃の酒と同じく、オークションの品として盗まれた可能性が高い。
「おかきさん、事件ですわ! 大変ですわ! 闇のオークションにかけられてしまいますわ~~~!!」
「授業フケて捜査始めちゃう? 部活動ならさぼりのペナルティも緩和されるはずだよ、ボク詳しいんだ」
「サボりたいだけやろ、けど思ったより被害規模はデカそうやな。 どないする?」
「授業には出ましょう、依頼を受けたわけでもありません。 それに被害が大きくなれば先生方が動き出すと思いますよ、部活動が出る幕はありません」
「それはその通りなんだけど探偵部としてそれでいいのかしら」
「例えるなら我々はあくまで民間企業みたいなものですよ。 ウカさん、朝食作るなら微力ながら手伝いますよ」
「えっ、藍上さん料理できるの? ヤッバ」
「その背丈でキッチンに立つのは無理じゃない?」
「ねー誰か安全包丁用意しといてー! プラスチックで指切れないやつ!」
「なんですかこのやろう」
――――――――…………
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――…
「今日の1時限目は自習でぇーす!! あと藍上さん稲倉さん天笠祓さんの3名は生徒相談室に集合!」
「なんと」
激動の朝食を補給し、教室に到着したおかきを待っていたのは黒板にデカデカと書かれた「自習」の2文字だった。
なんらかのアクシデントで自習自体は珍しいが不思議ではない、ただ問題は飯酒盃直々に呼び出された3名。
朝に起きたトラブルと指名された探偵部の面々、生徒たちに事件性を連想するなと言う方が難しい話だ。
「藍上さーん、今回もスパっと解決しちゃってねー」
「頼むから俺たちの朝飯を取り戻してくれ……」
「僕のニアミントデュアランコレクションも!!!」
「私の絶版クソゲーコレクション!!!」
「俺のC級サメ映画ディレクターズカット版全集も!!!」
「下に行くほどろくなもん集めてへんな」
「盗られるってことはそれなりの価値はあったのね」
「はーい3人はこっちきてくださーい、残りの皆さんは自習に励んで。 ちなみに明日小テストあるのでせいぜい遊んですごさないように」
「「「「「Booooooooooo!!!!」」」」」
飯酒盃へのブーイングを背中で受けながら、教室をあとにするおかきたち。
廊下を歩く最中、自然と他の教室も目に入るが、ほとんどのクラスが自習もしくは本来とは別の科目に替わっているようだった。
「どこも自習ですね、例の窃盗がらみですか?」
「そうなの……職員室のプリンターが盗まれててぇ、ほかにも授業に必要な備品が何点か。 おかげでほとんどの授業が進められない状態でグビッグビップハー」
「話しながら酒飲んでんとちゃうぞ」
「ふぅ……ごめんごめん、それじゃ中に入ってちょっと待っててね」
廊下の突き当りに待ち構えていた生徒指導室の戸を開け、おかきたちを招き入れる飯酒盃。
そのまま誘導されるまま3人が順に着席している間に飯酒盃が部屋の隅から引っ張り出してきたのは古びたノートパソコンだった。
「稲倉さん、鍵かけて。 この部屋も一応防音だからこれで外に話は漏れないはずなの」
「ん、ついでに人払いの呪いもかけとくわ」
「ずいぶん慎重ですね飯酒盃先生、ということはつまり……」
「ええ、結論から先に言うとSICK案件です。 それも重篤な情報漏洩リスクあり、仕事の時間よ2人とも」




