逆鱗 ①
「あ゛ーほんま疲れた……お嬢、湿布欲しいんやけど今ええか……」
「おかき、配線ってこれで合ってる? なんか線が一本余ってるんだけど」
「ちょっと待って下さい、こっちも今ルーターの設定が分からなくて」
「ご主人、ネジが一本落ちてたぞ」
『あなや奇怪かつ難解な鉄の箱よ……姫の力になれぬとは何たる不覚ッ!! くっ殺せッ!!』
「んー……? 何しとるん、これ?」
「あっ、ウカ。 見てのとおりよ、パソコンの初期設定中」
ほぼ一日がかりで対ウマ用特攻殺戮トラップの解除に疲れた体を引きずり、甘音の寮部屋を訪ねたウカを出迎えたのは、大量の梱包材や段ボールに埋もれながらパソコンを立ち上げるおかきたちだった。
作業進捗はあまり芳しくなく、勉強机に設置されたパソコンはまだ電源すらつけられていない。
「ほーん、ずいぶん高そうなパソコン買うたんやな。 いくらしたん?」
「たしか80万くらいのやつよ」
「はちじゅう!?!??」
「復唱しないでくださいウカさん、私も値段からは目を背けたいんです!!」
「いやでも80万て……なしてそんなえげつないモン買ってんねん」
「闇オークションの足取りを追うためよ、このままじゃおかきのパンツが大変な変態の手に渡ることになるわ」
「すまん、話が見えへん」
「えーっと、話は長くなりますが……」
――――――――…………
――――……
――…
「なるほどな、そういうことか。 けどそれがなんでクソ高いパソコンと関係あんねん」
「オークションに出される商品はすべて盗品、だからターゲットになりそうなお宝を用意したってわけ」
「SICK経由で用意してもらいました、ついでに取り付けるためのキューさん製小型GPSも」
「ああ、肝心な時に役に立たんやつ」
「ウカさん」
SICKが扱う異常現象や異常物品には立ち入ったものを別の座標へ送り込んだり、ひとりでに行動するアイテムも少なくない。
対象物にGPSを取り付ける追跡実験も頻繁に行われるのだが……原因不明の信号途絶や故障、はては異空間に取り込まれ探知が不可能になるケースがおよそ7~8割ほど。
そのため、SICKで働くものにとってGPSは「肝心な時に役に立たないもの」というイメージが何となく浸透していた。
「にしたってそんな上手くいくか? 閉店後の店ならともかく寮の中ってわざわざ盗みに来ると思えへんけど」
「よもぎさんがまとめてくれたリストの中には寮生の被害者も多かったです、見込みは十分あるかと」
「それに何も罠はこれ1つだけじゃないわ、他にも狙われそうな高値の品物に手あたり次第仕掛けてきたわ」
「ちなみにこれはエージェント雲貝が直前まで装着していたGPSらしいです、多分御利益ありますよ」
「ああアクタ事件で雇われた幸運の……下手な鉄砲数打ちゃ当たるってことか、なんちゅーかおかきにしては消極的やな」
「とはいえちゃんと勝算はあります」
「と、いうと?」
ウカの質問に応えておかきは再びよもぎ作成被害者リストを広げる。
彼女の足と聞き込みの結晶であるこのリストは丁寧に作られており、全体の被害と分布が一目でわかるようにできている。
そのおかげでおかきもこの作戦を思い付いたため、今回一番の功労者はよもぎと言えるだろう。
「地図に張られた付箋は盗難被害を受けたと推定される日によって色分けされています。 赤色に近づくほど近い日時のものです」
「わかりやすいな……それにこれ、最近になるにつれてどんどん派手に盗まれとるな?」
「そうです、被害数が日にちを重ねるごとに増えています。 おそらく捕まらないことに犯人がだんだん天狗になっているかと」
「被害数が増える分下手な鉄砲も当たりやすいってわけね、納得したわ」
「あとは狙われやすい物品にあたりがつけられたのも大きいですね、よもぎさんのおかげで本当にやりやすいです」
「家電製品、ゲーム機、バイク、個人的な高額コレクションにあとは……ああ、なるほど」
「狙われないのが一番やけど犯人の冥福を祈るしかないわな……」
――――――――…………
――――……
――…
「――――時間だ、作業に取り掛かれ」
おかきたちがパソコンの設置作業を終えた深夜、闇夜に紛れてぞろぞろと人影が赤室の外れに集まる。
かつてボウリング店が開かれていたその建物は店主がぎっくり腰をこじらせ撤退し、それ以来立地の悪さも手伝って誰も寄り付かなくなった廃墟だ。
だが悪だくみを考える連中……素行不良が祟りAPが枯渇した不良が集まるには最高の場所と言える。
「回収班は急いで“実”を採取しろ、見張り班はレシーバーの電源を忘れるな。 目標は10分だ、すべて回収できなくとも時間が来たら撤退するぞ」
「了解。 新入りは口を閉じていろよ、これから見聞きするものに驚く時間すら惜しい」
「は、はい……」
統率の取れた動きで廃墟へ侵入し、人影たちは各々の役割に沿って行動を始める。
店内にそびえる“それ”を目撃した何名かは困惑の声を漏らすが、リーダー格の男が人睨みするとすぐに口を閉ざし、黙々と回収作業へ着手し始めた。
「すげぇ……これ今話題のプラモだよ、売れば定価の倍の値が付くぜ」
「し、下着ってこれ……もしかして女子の?」
「これ絶版の……しかもほぼ完美品じゃねえか……!」
「うっほ、タバコだタバコ! ありがてぇ……!」
「無駄口を叩くな、言っておくが懐に居れようなんて思うなよ。 キングはお前らの企みなど見通しているからな」
浮足立つ面々に釘を刺しながら、リーダー格の男は手早く回収した“実”を次々袋へ納めていく。
マウンテンバイクや家電などの重量物は手下に運ばせ、自分はとにかく運べるだけの数を優先。 しかしその迷いない手さばきは突然ぴたりと止まり、男の視線は自分たちが侵入した出入り口へ向けられる。
「……? あの、どうかしました?」
「おい、見張りはどうした」
「へっ? いや、入口の所に2人立っているはずですが……」
「なら異常事態だ、すぐに撤退しろ! 誰か来るぞ!!」
人影たちがかき集めていたのは赤室中から集めた電化製品や高額のコレクション、それに学生には違法な嗜好品。
不良ならば水のように嗜むそれに執着する大人の恐ろしさを、彼らはまだ知らなかった。
「――――お酒お酒お酒お酒ェ!! 私のお酒ェ!!!」
そしてすぐに思い知ることになる。
この学園で教鞭を振るう教師のイカれ……もとい、その恐ろしさを。




