金の生る木 ③
「うーーーーーむ…………」
ある日の寮室、おかきは一人部屋の隅で唸りながら預金通帳とにらめっこしていた。
紙面に掲載されているのはSICKから振り込まれる毎月の給与、その額はひと月分だけでもカフカとなる前ではありえない数字が記載されている。
「さっきからなにやってんのよおかき、お金無いの? いい治験なら紹介できるけど」
「いえ、その逆で……お金がありすぎて困っているというか」
「へー、ちょっと失礼……うわ、マンション買えるわよこれ」
「一般人が持つには過ぎた金額なんですよそれは」
命がけの働きに対するSICKの金払いは非常に良く、おかきの目覚ましい活躍には相応のボーナスも振り込まれている。
その結果、就職してからまだ半年ほどだというのにおかきの給与明細にはめまいがする額まで膨らんでいた。
「うぅ、胃が痛い……姉貴へ仕送りしようにも本人から怒られて……」
「間違いなく税務省が駆け付けるわね、そんなに気になるなら使っちゃえばいいじゃない」
「学園生活と仕事の板挟みで消費する機会が無いんですよ、そもそもこんな大きな金額恐ろしくて動かせません……」
「そっか、赤室じゃAPしかつかえないものね。 株でもやってみる? パラソル製薬とか安牌よ」
「これ以上増えたら私の胃がハチの巣になります」
「貧乏くさいわね、せっかく苦労して稼いだ給料ならもっと欲張ってもいいじゃない」
甘音はタメィゴゥをバランスボール代わりにしながら、胃を押さえるおかきの悩みを笑い飛ばす。
幼いころから予算内で効率よく成果を上げることに親しんでいた彼女からすれば、金の消費を恐れるおかきの考えは理解しがたいものだ。
「うぅん……姉貴の誕生日もまだだからプレゼントも使えないか」
「お姉さん卒倒するからほどほどにしなさいよ、というか秘密組織も給料は銀行振り込みなのね」
「まあこの口座もSICKに用意されたものなのでなんらかの細工はされていると思いますけど」
「そりゃそっか、にしてもその額で日本経済回さないのはもったいないわね」
生徒個人がどれほどの資産を持っていようとも、この赤室学園では通貨の代わりにAPによって売買が行われる。
日本円が使えるのは自販機かコンビニ、もしくは緊急時の医療機関程度。 おかきの有り余る給与を浪費するには実力不足な面々だ。
「山田にでも聞いてみる? あいつなら国家予算も1か月で食いつぶせるわよ」
「呼んだ? あと山田言うな!」
「おっ、噂をすれば。 ……って、んん? なんか不思議な組み合わせね」
「ですわぁ~……」
部屋の扉を荒々しく開いてエントリーしてきたのは給与をすぐにブランド品やソシャゲに溶かす達人、山田忍愛……ともう1人。
忍愛の背中からひょっこり顔を出したのは、おかきたちの後輩であり赤室学園第二探偵部の部長を務める菓名草 よもぎだ。
「よもぎさん、こんにちは。 今日はどうされました?」
「山田にいじめられたのなら気にせず私たちにチクりなさい、目にもの見せてやるから」
「女の子にそんなひどいことしないよボクは! 廊下で出くわして新人ちゃんに用事があるって言うから連れてきたんだよ!」
「そうですわ、大変ですわおかきさん! 事件ですわ~~~!!」
「まずは話を聞きましょう、コーヒーでいいですか?」
――――――――…………
――――……
――…
「……地下オークション、ですか」
「ですわ! お二人はご存じありません?」
「知らなかったわね、そんなものが赤室の地下にあるだなんて」
「私もです、これでもアンテナは張っているはずなんですけどね」
コーヒーの香りが漂う部屋の中、事件の概要を聞いたおかきは首をひねる。
野良猫情報網のおかげでこの学園のことについては詳しいつもりだったが、よもぎが話した「地下オークション」については完全に初耳だった。
「繰り返すとこの学園の地下に極秘のオークションが開かれているのね、しかも現金対応の」
「そうですわ、それもただの競売なら問題もなかったのですけど……盗品が売られているとなるとそうも言えないんですの!」
「金繰りに失敗した学生たちの仕業でしょうか、APなら端末にログが残りますが現金なら足はつかない」
「この学園だと不良もやることが派手だねー。 あっ、このクッキー美味しい」
「私が焼いたのよ、まだたくさんあるからがっつかずに食べなさい」
「学園の秩序を揺るがす由々しき事態ですわ! こんな悪事がまかり通ればみんななAPなんて使わなくなっちゃいますわ~!」
「盗品も問題ですね、横行すれば赤室に出店してくれる企業もいなくなってしまいます。 ちなみにオークションではどんなものが売られているんですか?」
「おかきさんのパンツですわ!!」
「ゲッフゲホゴホゲホゴホッ!!!!」
予想外のカミングアウトでコーヒーが気管に入り、思い切り咽るおかき。
「大変よおかき、あんたの下着が1枚足りないわ!」
「なんで枚数把握してるんですか!?」
「この部屋に入って下着ドロとか命知らずじゃん……あっ、この前の下着ドロ事件!」
忍愛が思い出したのは以前に発生した女生徒の下着が大量に盗まれる珍事件。
ただしその結果半端に実行された儀式のせいでススリガミが呼び出され、あわや学園消滅の危機に瀕した大事件だ。
「そうですわ、その時に行方知らずになっていたものが巡り巡って出品されたようでして……」
「ということは私のほかにも被害者がいるんですね」
「ボクは? ねえボクは? 結構高いブランド品無くなってたんだけどさ」
「今回の依頼も被害女生徒たちからの嘆願を受けてのものですわ、学園の平和のためになんとしても我々探偵部で解決せねばなりませんわ!」
「よもぎちゃん、あんた探偵部への相談窓口にされてるけどそれでいいの?」
「よ゛く゛あ゛り゛ま゛せ゛ん゛わ゛~~~!!! 第二探偵部は第二探偵部で活動したいんですのぉ!!」
「ゲホゴホ……ともかく依頼内容は分かりました、自分の下着を売買される方々も気が気じゃないでしょう」
「ということはおかき、この依頼受けるのね?」
「ええ、探偵部出動です。 さて――――まずは情報収集から始めましょうか」




