ずにのるな ⑤
「ウカ、そっちはどう?」
「ダメや、足跡が途切れとる……山田はどないや?」
「山田言うな! ヘビの抜け殻なら見つけたけど」
「いや持ってくんなそんなもん、財布にでも入れとけ」
「うーん、ウマが逃げて行ったのはこっちで間違いないんだけど……」
赤室学園の山の中、ウカたち3人は逃げた白馬の後を追い、藪の中をさまよう。
草木をかき分けていくら探せどもおかきの姿は見つからず、それどころか地面に残されていた蹄の足跡さえもパタンと途絶え、捜索は難航していた。
「アレかしら? クマとかウサギが自分の痕跡わからないように後ろ向きで戻るやつ」
「止め足ってやつやな、たしかにあのウマの賢さならありえへん話やないけど……って、何やっとんねん山田」
「ん、パイセン見てこれ」
膝をついて地べたに顔を寄せていた山田が何かを見つけ、木の根に挟まっていたものを引き抜く。
それは山の恵みにしてはあまりにも異質な、まだピチピチと蠢くタコのような触手だった。
「これタマゴの触手よ、おかきと一緒にいたんだわ!」
「ボクらが見つけやすいように自切したものをバラまいてたんだよ、だからここまでの道のりは間違ってない」
「いやなヘンゼルとグレーテルやな……」
「ここまで一定間隔で目印は落ちてた、もし道を後戻りしたなら2倍落ちてるはずじゃん?」
「でもそうじゃなかった、ってことはやっぱり道は間違ってないのね」
「そんなら……上から見た方が早いな、山田」
「あいあーい、しっかり構えててねパイセン!」
忍愛はたっぷり助走をつけてると、両手を組んでレシーブに似た構えを取るウカ目掛けて走り出す。
ウカも迷いなく突っ込んでくる忍愛の脚を掌で受け止めると、彼女の身体を真上に撥ね上げる。
そして忍者の脚力×豊穣神の腕力で打ち上がった忍愛は鬱蒼とした木々を突き抜け、鳥と同じ視点から山の全貌を悠々と見下ろすことができた。
「……パイセン、11時方向! ぱっと見でわかるぐらい桜咲いてる場所がある!」
「桜ァ? もう夏も近いってのにか?」
「それって……もしかして万年桜じゃない!?」
「ようわからんけど調べてみる価値はありそうやな、異常現象があるならどうせおかきもいるやろ」
「ひどい言われようだけど否定できないわね……」
――――――――…………
――――……
――…
「スヤァ……すぴぃ……」
「居たわね……そして寝てるわね」
「まあ怪我無いようで何よりや。 おかきー、迎えに来たからそろそろ起きぃ」
生い茂る木々を切り開いて作られたような草原、その中央にそびえる巨大な桜の樹に寄り掛かったまま、おかきは穏やかな寝息を立てている。
腕にはタメィゴゥを抱き、こちらも主と同じくすやすやと眠りこけていた。
「ふわぁ……みなさん……? おはようごじゃます……」
「寝ぼけてるわね、あんた何があったか覚えてる?」
「依頼で万年桜を探していたところ白馬に誘拐されて今に至ります……タメィゴゥ、救援が来ましたよ」
「zzz……はっ。 むぅ……眠ってしまうとは一生の不覚」
「意識ははっきりしているようね。 ところでここって……」
「はい、おそらく噂の万年桜です」
その場の全員が示し合わせたように頭上を見上げる。
寝て醒めても何一つ色褪せず、今もなおおかきたちの真上には鮮やかな桜が咲き乱れていた。
「あの馬がおかきのことをここまで連れてきたんか? なんのために?」
「それについては仮説がありまして、誰かスコップのようなものは持ってませんか?」
「スコップ? 山田ー、ちょっとこっちきてー!」
「はいはい可愛いボクが来たよー! お花見の準備できた? ねえできた?」
「自分クナイかなんか持ってるやろ? おかきが御所望や」
「お手数おかけします、すみませんがこの根元を掘ってもらえますか?」
「うーん? 状況がよくわかんないけど任せろー!」
甘音の一声で周辺で念のため白馬の来襲を警戒していた忍愛が駆け付けると、両手に持ったクナイを器用に使い、おかきが寄りかかっていた木の根元を掘り始める。
しかし人力とは思えない効率で順調に土をかき分ける忍愛だったが、突然その動きがピタリと停止した。
「……新人ちゃん、なにこれ?」
「拝見します。 ……ああ、やっぱりありましたか」
忍愛が掘った穴をおかきが覗き込むと、どこか納得した顔で頷く。
咲き誇る桜の樹の直下、そこに埋まっていたものは……今にも駆けだしそうな躍動感にあふれた馬の白骨死体だった。
「おかき、どういうことやこれ?」
「おそらく畑を荒らした害獣、そして私を連れ去った馬の本体です。 綺麗な桜の樹の下には死体が埋まっているといいますからね」
「埋まってるというかウマってるというか、ってことは新人ちゃんをさらったのは馬の幽霊ってこと?」
「そういうことになりますね、自分の遺体を弔ってほしかったのかと」
「そりゃようある話やけど……なして桜の樹の下なんぞに埋まっとんねん」
「それについては順序が逆です。 これは山の神に聞いた話ですが、どうやらこの万年桜はときおり移動する性質を持っているとのことで」
「もしかしてこの馬の骨が本体で……幽霊が走り回ると骨ごと桜も移動するの?」
「私とタメィゴゥも馬に攫われたと思いきやいつの間にかこの桜の樹の根元に座ってました、それに……」
「それに?」
「馬肉のことを桜肉と呼びますから」
――――場の空気がシンと静まり返る。
ダジャレじみた理屈だが、おかきは真面目だった。 たとえ言葉遊びであろうと可能性としてあり得るのがSICKの仕事なのだから。
「……オホン! 話を戻しましょう、ウカさんの畑を荒らしたのも半分は自分を見つけてほしかったからだと思います」
「っかー! 迷惑な話やな、それに半分ってどういうことや?」
「ウカさん、これまで赤室の山に立ち入ったことはありますか?」
「山菜採取や釣りに物の怪の調伏、ほんで侵入者の撃退に……数え切れんぐらい足踏み入れとるな」
「おそらくこの白馬も万年桜を咲かせる能力は死後幽霊として後天的に得たものです、それで……ええっと」
「新人ちゃん、パイセン結構鈍いからハッキリ言わないとわかんないと思うよ」
「やかましいわ」
「地上を走る幽体とは別に、地中の本体も移動していると思われます。 そして地中を移動中にウカさんと遭遇し……偶然頭を踏まれた」
誘拐する際も、白馬はリュックサックを咥えたまま、決しておかきを背中に乗せることはなかった。
そのうえ短い間ながらも感じた態度の端々から、おかきは白馬に対して並々ならないプライドの高さを感じていた。
もしそんな馬が故意ではないとはいえ、どこぞの馬の骨ともわからぬ人間に頭上を土足で踏み荒らされればどう思うだろうか。
「頭に乗るな、そういう怒りも込めて畑を荒らしたんじゃないですかね。 理不尽ですが」
――――ヒヒィン
おかきの推理に「正解」と答えるように、どこからか馬の嘶きが聞こえてきた。
「……いや理不尽すぎるわ! 気づくわけないねんそんなもん!!」
かくして行き場のないウカの怒りを残したまま、“害獣問題”と“万年桜探し”という2つの難題は解決されたのだった。




