ずにのるな ④
「パイセーン、落とし穴はこれぐらいでいい? 竹槍敷く分少し大げさに掘ったけど」
「十分や十分、竹は後でうちがとってくるさかい。 ほなこっちのトラバサミ頼むわ」
「オッケー四足歩行じゃ躱せない配置を見せてやるよ、それと赤外線トラップだけど……」
「ウカー!! 山田ァー!! 大変よー!!」
「あれ、ガハラ様? 新人ちゃん探しに行ったんじゃないの?」
「なんやメッチャ慌てて……って、お嬢ちょい待ち! そのあたりは落とし穴が……」
「ふぎゃー!!?」
「お嬢ー!?」
ウカたちの視界から一瞬にして甘音の姿が消える。
甘音にとっての幸運はまだ竹槍を敷く前であったこと、不幸はムキになったウカへ不用意に近づいたことだろう。
「あ、あんたらね……人が通ることも考えなさいよ……!」
「スマン、人通りめったにないから油断しとったわ……それよりなして慌てとったん?」
「あ゛ー! そうよ、大変なのおかきが攫われたの!!」
「ついに小山内先生が強硬手段に出ちゃったか」
「大人しく自首してくれたらええんやけど」
「違うわよ、ウマに攫われたのウマに!!」
「……なんやて?」
――――――――…………
――――……
――…
「ご主人、大丈夫か! 今助けるぞ!」
「いえ、下手に動かない方がいいですタメィゴゥ。 この速度のまま振り落とされる方が危険です……」
甘音がウカたちに事情を説明しているそのころ、おかきは白馬に咥えられたまま森の奥へと攫われていた。
行く手を遮る枝葉を器用に避けながら疾走するその体感速度は自動車レベル、もし気まぐれに放り投げられれば擦り傷では済まない。
頼みのタメィゴゥもリュックサックの口を押えられているため、わずかなジッパーの隙間から触手を伸ばすのが精いっぱいだ
「甘音さんがウカさんたちを呼んでいるならすぐ救助が来るはずです、情けないですがこのまま馬の気が変わらないことを祈りましょう……」
「大丈夫だご主人、もし落っこちたら我がクッションとなる」
「タメィゴゥを足蹴にしたくないんですよ」
「ブルヒヒィン!」
そんなおかきの祈りを知ってか知らずか、道なき道を駆ける白馬の脚はより速度を増す。
木々が邪魔でただでさえ走りにくいというのにその足取りに迷いはなく、おかきにはまるでどこかを目指しているように思えた。
「あの……確認ですがもしかして甘音さんが話していた害獣ってあなたのことですか?」
「ヒヒィン」
「私をどこかに連れて行こうとしてます?」
「ヒィン」
「〇すれば鈍する、〇に入る言葉は?」
「貧」
「意思の疎通はできている気がするんですけどね……」
おかきもネコの言葉は分かるが、さすがにウマの言葉までは分からない。
それでも白馬の反応はおかきの言葉に反応を示し、その意味を理解しているように見えた。
「できれば咥えるより背中に乗せてわぶっ!」
慣れない揺れに乗り物酔いし始めたそのとき、顔を覆うほどの大きな葉がおかきの視界に張り付く。
ただでさえ自由を奪われて高速で森林を駆け抜ける中、突然目を奪われたおかきは反射的に自分の顔に張り付いた葉を引きはがす――――が、不可解な異常はその一瞬で起こってしまった。
「…………あ、あれ?」
馬の鼻先に吊るされていたはずのおかきは、鬱蒼とした木々など見当たらない広い広い草原のど真ん中で座り込んでいた。
咥えられていたリュックサックは目の前に放り捨てられ、その横にはタメィゴゥも同じように転がされている。
ただ一頭、360度どこを見渡してもあの白馬の姿だけが見当たらない。
「タメィゴゥ、大丈夫ですか? 怪我は?」
「うむ、我も気づけば投げ出されていたが無事だ。 ご主人こそ怪我はないな?」
「ええ、お互い無事で何よりです。 しかし……何が起きたんですかね?」
おかきが飛来物に視界を奪われた時間は1秒にも満たない。
タメィゴゥもリュックの中で視界は制限されていたが、それでも視界が全く効かないわけではない。
だが2人とも馬に投げされた瞬間どころか、直前に見た茂みからこのだだっ広い草原に繋がる道のりすらわからなかった。
「困りましたね、こんなことなら酒瓶の1本でも残せばよかったんですけど」
森の中をくり貫いたような草原は目測で半径20m前後。 遠くに見える植生からどこか別の空間に転移したわけではなく、赤室学園の山から地続きの場所であることは推測できる。
ただ来た道を戻ろうにも、おかきは自分たちが運ばれた方角を見失っていた。 ただでさえここは神が管理する山、素人が歩き回れば遭難するのが関の山だ。
「ご主人、携帯は繋がらないのか?」
「繋がります、甘音さんから鬼電入ってますね。 ただ結局現在位置が分からないのでどうにも」
「むぅ、とはいえ時間の問題だとは思うが……なにか簡単に伝わるいい目印でもあればよいのだが」
「目印ならまあ……ありますね、あまりにも目立ちすぎるのが」
タメィゴゥを抱きかかえたおかきはゆっくりと視線を上に向ける。
青空が見えるはずの視界に広がったのは、色鮮やかな桜の枝。
おかきが放り出されたすぐそばには大ぶりな桜の樹が直立し、空を埋め尽くすほどその枝葉を広げていた。
「……奇しくも見つかりましたね、万年桜」
「うむ、あとは依頼人に報告するだけだなご主人!」
「問題はどうやって帰るかですね、まあ……甘音さんたちを待ちますか」
おかきはあわてず騒がず、余計な体力を使わないように腰を下ろして万年桜の幹に寄り掛かる。
赤室学園から地続きならば時間が掛かろうと必ず助けはやってくると信じ、できる限りの情報をスマホに打ち込み、甘音へ送りつけながら。
救援まで時間はかかるかもしれない、それでもきっと退屈することはないだろう。
白馬はなぜ消えたのか、なぜ万年桜の元におかきを連れてきたのか、なぜ畑を荒らしていたのか。
その謎は見事な桜となっておかきの頭上に咲き誇り、垂涎の暇つぶしを残してくれたのだから。




