ずにのるな ②
「お願いします! 万年桜を探してくださいッ!!」
「……え、えーと」
ウカが畑で獣害に憤慨している一方そのころ、おかきは寮のロビーでドン引きしていた。
予定時刻通りにやってきた依頼人は2名の高等部男子、手にできたマメや肩に担いだスポーツバッグから運動部に所属していると推測できる。
問題はそのスポーツ男児ペアの1人が、おかきと会うなり真っ先に土下座したことだ。
「ごめんな藍上、こいつ今頭おかしいんだわ」
「と、とりあえず人の目があるので座っていただけるとありがたいのですが」
「いいえッ! 自分のようなムシケラは地べたがお似合いなのでッ!!」
「俺は中野、このバカは磯島。 とりあえず話が進まないアホに替わって俺が事の次第を説明するな」
「助かります、それでなぜ万年桜を?」
理由もわからぬ土下座に困惑こそすれど、おかきも変人に慣れたもの。
話が通じる中野へ意識を向け、依頼内容の聴取へ意識を切り替えた。
「万年桜の話は知ってるか、さすが探偵」
「偶然にもついさきほど友人から同じ話を聞きまして、ただ彼の土下座にどうつながるのかは謎ですが……」
「話は長くなるだけどまず磯島がマネージャーに告白してフラれたことから始まって……」
「そして万年桜の下で花見をすると願い事が叶うという噂を聞きまして!! 俺は彼女が欲しいッ!!!」
「驚くほど簡潔にまとめてくれましたね、煩悩を」
「ありがとうございますッ!!」
呆れた顔で土下座を見下ろすおかきの視線も今の彼にとってはご褒美でしかなった。
つまり彼は全国の多感な少年が持つ“モテたい”という願いを噂の桜に願うため、わざわざ探偵の力を借りようとしているのだ。
「なんなら藍上さん、付き合ってください!! 自分赤室野球部1軍ピッチャー防御率1.02 打率.334っす!!」
「野球は詳しくないですけどきっとあなたならもっといい相手が見つかりますよ」
「うわああああああミステリアスダウナー低身長美少女にやんわりとフラれたああああああ!!!! 可愛いと美人が半々ぐらいの年下美少女と隠れ家的洋食店を開いて孫たちに囲まれ大往生したい人生だったあああああああああああ!!!!」
「こいつマジで野球だけは天才なのにメンタルがカスだから困ってるんすよ、甲子園も控えてるってのに」
「だから藁にも……いえ桜にもすがる思いで依頼したと」
「モ゛テ゛た゛い゛!!!」
おかきは沈痛な面持ちでどうしたものかと頭を抱える。
依頼の経緯についてはバカバカしい……が、正直(元)男として彼の気持ちは分からなくもない。
そのうえ本人は真剣であり、メンタルの不調が部活動にも響くとなれば由々しき問題であることは事実。 理由がバカバカしいからといって断るわけにもいかない。
「……わかりました、依頼内容は万年桜の発見で間違いないですね? 成功は確約はできませんが引き受けます」
「ありがとうございます!! あと付き合ってください!!!」
「丁重にお断りいたします」
――――ヒッヒヒヒイイィィイイィン……
「……?」
その時、おかきは土下座する野球少年の泣き声に重なって山のどこかから木霊する馬の嘶きを聞いたような気がした。
――――――――…………
――――……
――…
「今のって……ウマの鳴き声よね」
「この山にはおるで、野生の馬。 たぶん馬術部かどこかが飼ってたやつが逃げ出して野生化したんやろ……はぁ」
ため息をこぼしたウカはクワを担いだまま適当な切り株に腰かける。
退院したばかりというのに、丹精込めて育てた野菜が台無しになっているさまを見せつけられたショックが、いまさらになってウカの胸に染みてきた。
「厄介なことに人並に賢い、そのうえ人のこと下に見てんねん。 襲われたのもこの畑で4度目や」
「めちゃくちゃ迷惑な奴じゃん、野生の獣なら駆除できないの?」
「できるならうちかて馬刺しにしてやりたいわ! けど見ての通り罠も何も効果なくてなぁ……いっそ雷落としたろか」
「やめなさい、誰が見てるかもわからないんだから。 山火事になるだけよ」
――――プププヒイイイイインwwwwwwwww
「お前ほんま覚えとれよウマァ!!」
「なるほどたしかに知能は高いわね」
ウカが青筋を立てて怒りを滾らせている今もなお、問題の馬は姿も見せず嘶きだけで煽り倒す。
本能的にウカの力を理解しているからこそ安全な間合いから姿を見せない、命知らずな人間(主に忍愛)より賢い立ち回りだろう。
「ねえねえそんなことよりパイセン、ガハラ様がボクの退院パーティ開いてくれるんだけど一緒にボクを祝う気ない?」
「今そんなことって言うたか?」
「命が惜しいなら諦めなさい山田、というかウカも祝われる側よ」
「えーでもパイセンいないとご飯のグレードが落ちるよ、パイセンの炊いた白米が食べたい!」
「その米もいつ荒らされるかわかれへんねん、自分は参加できんから諦めとき。 馬狩り手伝ぉてくれるんなら馬刺し提供したるけど」
「畑荒らしなんてボクゆるせねえよ……! ボクからご飯奪うやつは皆敵だ!!」
「いっそ清々しいくらい欲に忠実ね」
「まあ人手は常に足りんから正直助かるわ、追い払えたらパーティでもなんでも……ん? あれもしかしておかきか?」
切り株から腰を上げたウカの視線の先、そこには山へとつながる登山道を歩くおかきの姿があった。
背中には大きなリュックサックを背負い、遠目からでもその歩き方から中身に重量物が詰まっていることが分かる。
「今からピクニック……ってわけじゃないわね、依頼はどうしたのかしら?」
「タケノコでも掘りに行くのかな?」
「アホか。 恰好からして本格的に山登るってわけとちゃうな、それやったらたぶん……」
「大丈夫かしら、あの方角だと馬に出くわすんじゃない?」
「陀断丸かタメィゴゥ連れてるなら大丈夫でしょ、クマでも寄ってこないよ。 それよりボクらはにっくき害獣を一刻も早く馬刺しにする使命があるんだよ!」
「ほんま現金なやっちゃな、ただ山田が使えるならやれることも多いわ。 ええか? まずは……」




