ずにのるな ①
「わははははボクふっかぁーつ!! いやー退屈がしんどすぎてシンドバットになるところだったよ」
「いつもの3割増しでやかましいわね」
「まあまあ、今日ぐらいは良いじゃないですか。 喜ばしいことですし」
赤室学園の休日、学生寮の談話室に忍愛の高笑いが響く。
琥珀の太陽から受けた熱線、熱射、灼熱に等しい高温によって受けたダメージから恐るべき早さで回復した忍愛は、医者に太鼓判を押されて無事に退院した直後だった。
「みんなもボクがいなくて寂しかったよねごめんごめん、ところで退院祝いに何かプレゼントとかないのかな?」
「骨の2~3本折っておけばよかったかしら」
「その程度の負傷なら牛乳飲めば回復しますよ」
「ボクのこと化け物か何かと思ってる? そういえばパイセンは? 一緒に退院したはずだけど」
「退院した足で畑の様子見に行ったわよ、しばらく人任せて手入れしてなかったから」
「あーね、そういやパイセン農産委員会だっけ。 大変だね休日だってのにさ」
赤室学園では生徒たちが好き勝手打ち立てた数百の部活動に加え、その他数多くの委員会が存在する。
風紀委員、生物委員、保健委員、図書委員など一般的な委員会のほか、法務委員、自然管理委員、道路交通管理委員、農産委員など赤室学園独自のものを含めればその数は両手両足の指では収まらない。
「山田も手伝って来たら? 体力なら有り余ってるでしょ、お礼に野菜や米を融通してもらえるかもしれないわよ」
「えー可愛くないからヤダ、それよりパイセンも一緒でいいから祝ってよボクの退院をー!」
「らしいですけど、どうします甘音さん?」
「甘やかすとどんどんつけあがるわよこいつ、でも功績は事実だからそうねー……少し遅いけど花見なんてどうかしら?」
「花見! いいねいいねぇごちそう食べ放題じゃん、でももう桜も散ってるんじゃない?」
暦は春から初夏へバトンが渡されようかという追い込みシーズン。
衣替えも近づく中、すでに寮の窓から見える山景色は青々とした緑が生い茂っている。
「それが自然管理委員に伝手があるんだけど面白い話を聞いたのよ、“万年桜”の話は知ってる?」
「存じませんが名前からして常に花を咲かす桜かなにかで?」
「まあそんなところよ。 学園管理区域の山中に咲いている伝説の桜らしいわ、なんでも見上げた視界いっぱいに桜が広がるほどの見事な枝ぶりだとか」
「へー、なんかすごそう。 で、ごちそうは?」
「ものの見事に花より団子ですね」
「まあただの噂だから信憑性はイマイチだけど、SICK的にはそこんとこどう?」
「事実なら調査の必要はありそうですが……ただ桜が咲いているだけなら緊急性は低いと思います」
「そんなことないよ新人ちゃん、そういう油断が隠れた異常性を見落としちゃうんだ。 僕は今すぐなる早で早急的に調べるべきだと思うね重箱持参で」
おかきを両肩を掴み、いつにもなく熱弁を振るう忍愛の口からは、あからさまな涎がしたたり落ちていた。
「やめなさい意地汚い、半分冗談みたいなものだから。 ウカも呼んで退院パーティでも開きましょ、ついでに悪花も」
「まーた仕事の邪魔するなって怒られますよ」
「誘わなかったら誘わないで機嫌悪くなるわよあいつ」
「とにかくパイセン誘ってくればいいんだね、悪花様はガハラ様に任せたから! ヒャッホーパーティパーティただ飯ごちそうイエーイ!!」
「あいつウカも退院祝われる側ってこと忘れてるわね」
「まあまあ、今日ぐらいは主役ですし大目に見ましょう。 ……と、そろそろ時間なので私は失礼しますね」
「あれ? なんか用事あんの新人ちゃん?」
「探偵部の依頼よ、今から1階のロビーで依頼人と会うらしいわ」
おかきたちが怪盗事件に注力している間、無人の探偵部にはぞくぞくと依頼が届けられていた。
一部はよもぎ率いる第二探偵部にも協力を仰いだが、ウカと忍愛の不在も響き、以来の達成効率は芳しくはない。
そのため「依頼人を長時間待たせたくはない」というおかき本人の意思もあり、休日の間もこうした部活動が行われていた。
「そういうわけで申し訳ありませんが祝賀会の用意はお願いします、あとで美味しい物買って合流します」
「りょーかーい。 なんかあったら呼んでね、ガハラ様を」
「いや私かい、まあいいけど。 手に余ると思ったらすぐに連絡寄越しなさいね」
「わかってます、甘音さんたちはゆっくり休んでいてください。 ではまた後で」
「……絶対わかってないわね、あれ」
「新人ちゃんもワーカーホリックだねー、さっさとパイセンたち呼んで準備済ませてから迎えに行こっか」
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――――……
――…
「だぁークッソ!! またやられとるわ!!」
「ウカー、退院おめでとー……ってずいぶん荒れてるわね」
「カルシウム足りてないよパイセン、牛乳飲んでる?」
「じゃかぁしいわ山田ァ、今自分のボケに付き合うてる余裕ないねん。 見てみぃこれを」
赤室学園の都心から少し離れたところにある田園区域、農産委員会や家庭菜園部など生徒たちが管理する畑の中、ウカは頭を抱えていた。
その原因は目の前に広がっている見るも無残に荒らされた畑と、食い散らかされたニンジンの残骸が物語っていた。
「うわぁもったいない! ボクなら全部食べたのに!」
「ほんまにな、せっかく丹精込めたさかい食べ残さんと……ってちゃうわボケ!」
「ひっどいわねこれ、獣害?」
「せや、春先から何度かやられとるんよ。 電気柵も鳥獣除けも最新のモン揃えとるはずなんやけど……」
「賢いケダモノだね、痕跡見た感じ冬眠明けのクマではなさそうだけど」
「まさか人の仕業ってわけじゃないわよね、夜間カメラとかないの?」
「予算不足でここらへんの畑は死角になっとるわ、ただ犯人は目星ついとるんやけど……」
腕を組み、難しい顔をしたまま首をかしげるウカ。
犯人は分かっているという言葉とは裏腹に、その表情はひどく複雑な心境が見て取れた。
「おっ、さっすがパイセン。 で、誰なの犯人?」
「……2人とも、この足跡どう思う?」
ウカは手に持ったクワで畑の一角に残された犯人の足跡を指す。
畑を食い荒らす獣と言えばシカやイノシシだが、ハスの葉を広げたようなその特徴的な足跡は、その2種のどちらとも言えないものだ。
「うーん、シカ……いやヤギ? ヒツジ? 蹄っぽいけどなんかピンとこないな?」
「えーと、もしかしてこれって……ウマ? まさか野生の?」
――――ブルヒヒヒヒヒヒィーンwwwwwwww
そんな甘音の解答が正解と言わんばかりに、人を小ばかにしたような嘶きが山の中から木霊した。




