黒点 ③
「ほーん、つまりその依頼人が怪しいっちゅう事やな?」
「でもその顔じゃ結果はよろしくなかったようね」
「その通りです。 少年は“盗まれた宝を取り返してほしい”と依頼を受けたそうですが、証拠となるメッセージは自動削除されてるうえログも辿れなくて」
「完全に手掛かりはなしってことか、ボクたち焼かれ損だな?」
「滅亡を止めたなら無駄じゃないでしょ、あのままじゃ地球が丸焦げになるところだったそうじゃない」
「せやせや、満点は逃したけど及第点ってところやろ。 誰も死なずに……いや1人死んでもうたか」
「ええ、その館長ですが展示品の入手ルートを調べてみたら面白いことが分かりましてね」
おかきは剥き終わったリンゴを皿に切り分け、ウカたちに差し出す。
「パイセン、ボクも死線を潜って一回り成長したのかな。 なんかリンゴがちっちゃく見えるや」
「やっぱうちの気のせいちゃうか、ずいぶん豪快に切ったなぁおかき」
「皮の方にだいぶ実が持っていかれてるわね」
「人生ではじめて剥きました、リンゴ」
「嘘やろその経験値であんな堂々と切ってたんか?」
「新人ちゃんってたまに天然見せるよね」
「それで館長の話ですが」
「嘘やろこのまま話進めるつもりか?」
とは言え止める道理もなく、ツッコミを入れながらもウカはリンゴを齧り話に耳を傾ける。
なおおかきの剥き方が拙いせいで可食部が少ないため、隣の忍愛には皮部分を押し付けながら。
「あの博物館に不審な金の流れがあることはすでに調べがついていました。 そのうえでさらに深く調べてみると、魔化狼組など複数の後ろ暗い組織と繋がっていたんです」
「うへぇ、それってアクタ事件で芋づる式にしょっ引かれたヤク……あれ、ってことはもしかして」
「はい、少量ですが館長の執務室から見つかりましたよ。 “天使の妙薬”が」
天使の妙薬。 それは中毒性の高い麻薬であり、同時にごく低い確率で使用者に異能力を与える異常物品。
おかきが初めて関わった大きな事件であり、今もなおSICKを悩ませる目の上のタンコブだ。
「まーたそれか、どうも偶然ってわけとちゃうな」
「その館長もヤクの流通に1枚嚙んでたんだろうね、だけど邪魔になったから」
「口封じに殺された……ってこと?」
「館長を地下室におびき寄せた犯人と少年を利用した犯人、この2つも天使の妙薬に関わっているどころか同一人物かもしれませんね」
「なんちゅーか根が深い問題になってきたなぁ」
「全然関係ないと思った事件にひょっこり絡んでくるよね、あの薬物」
「あるいは関係ないと私たちが思い込んでいるだけですべての事件は1つに繋がるのかもしれません」
2つ目のリンゴにチャレンジしながらおかきはつぶやく。
なお剝いている皮は一繋ぎどころか最長5cmも繋がっていない。
「おかき、もったいないから皮はこっちの袋に入れなさい。 あとでジャムにでもするわ」
「ンフフフ、エコですねぇ。 良い心がけです」
「うわでた」
甘音がビニール袋を手にしSDGsに貢献する最中、見舞いの花束を持参して現れた怪しいシルクハットに皆顔をしかめる。
仮にも理事長直々の見舞いなのだが、全校生徒の9割が同じ反応を見せるのがこの学園だ。
「探偵部の皆さん、今回は大変なご活躍だったそうで。 私もいたく感動してますよンフフフ、こちらお見舞いの花です」
「シクラメン、キク、ツバキ、チューリップ、ご丁寧にアジサイの鉢植えまでありますね」
「見舞いのタブーオンパレードね」
「ボク何かしたかな……たしかに理事長室のお菓子盗んだりツボ割ったりしたけど」
「おっと信用が無い、私はただ探偵部の活躍を労っているだけですけどねぇ」
「嫌味なやっちゃなぁ、正直に言えばええやろ? 世間の評判ってやつを」
ウカはベッド脇に備え付けられたテレビを点け、チャンネルを切り替えてニュース番組を映す。
キャスターが話している内容はちょうど先日の怪盗事件について……ではなく、まったく別のニュースについて述べている。
「深夜に起きた強烈な発光と気温の急上昇、およびその弊害として巻き起こった異常気象について。 連日のニュースはこればっかりよね」
「まあ怪盗騒ぎよりインパクト大きいだろうね、まさしく超常現象って感じだし」
「おかげで事件を解決した探偵部の功績は埋もれ、赤室学園の宣伝効果も大幅減少ですよンフフフフフフ!」
「つまり八つ当たりやないか」
「むしろ感謝してほしいぐらいですよ、怪盗の正体が学園生徒だったなんて自作自演を疑われても仕方ない不祥事でしたから」
「ンッンー、その件についてはまことに感謝を……問題の双葉 正太郎君は?」
「今はSICKで調査拘留中です、本人が協力的なのでもうじき監視付きで釈放されると思いますよ。 相当絞られているのでお説教はほどほどでお願いします」
「功労者の頼みとあれば仕方ない、そちらはこの事件をどう納めるつもりで? 死人も出たと聞きましたが」
「すみません、詳しくは守秘義務となっているので。 今ニュースになっている事件は……キューさんたち次第ですね」
怪盗事件そのものは無事に捕らえ、琥珀の心臓もレプリカにすり替えたものを博物館へ返納されたというカバーストーリーが立てられている。
館長は万が一魔過狼組などの関係者が接触する可能性を考慮し、影武者を立てて死亡を隠蔽しているが、今後適当なタイミングで病死として処理するというのがSICKの方針だ。
おかきも悪人とはいえ館長の扱いに多少同情は覚えるものの、方針自体に異議はない。 ただ問題は、すでにニュースとして取り上げられた謎の発光事件の方だ。
「まさか2つ目の太陽が生まれて地球滅びる寸前でしたなんて誰も信じないわねー、これはしばらく世間を騒がせるわよ」
「ガス爆発や山火事じゃ説明できないもんね、キューちゃんたちしばらくデスマーチかな」
「まあおかげで怪盗騒ぎが注目されてへんのは不幸中の幸いやな、隠蔽作業2つ同時はキューちゃん過労死まっしぐらやで」
「ンフフ、あとで飯酒盃先生経由でエナドリでも渡しておきますか。 ああそれと、あなたたちにはこれを」
理事長はシルクハットから数枚の冊子を取り出し、ウカと忍愛に投げ渡す。
それはなんの変哲も異常性もないただのギフトカタログだった。
「花だけでは腹も心も満たされないでしょう? 好きなものを選びなさい、今回は特別ですよ?」
「うっひょーさすが理事長太っ腹! カニカニカニ、ボクカニ食べたい!!」
「命かけた報酬にしてはやっすいけど、もらえるもんならもらっとこか。 ほなうちは……」
「決まったらあとで飯酒盃先生にでも伝えてください、では私は忙しいのでこれで失礼……ああ、それと藍上さん」
「はい? なんでしょう」
「――――今回起きた殺人事件の黒幕、目星は着いていますか?」
シルクハットの下に隠れた赤い瞳が品定めするようにおかきを見つめる。
ヘビのような嗜虐的な瞳に背筋がうすら寒くなりながらも、おかきは無言で首を横に振った。
「……その口ぶり、まるで理事長なら答えを知っているかのようですね」
「ンフフフ、そんなまさか。 ただ気になったので聞いてみただけですとも、では今度こそ失敬」
さらなる追求が飛んでくる前に、理事長は病室を後にする。
追いかけることもできただろうが、おかきは胡散臭いあの金髪の影を追う気にはなれなかった。
「…………館長殺害の詳細までは話していませんが、盗み聞きかSICK伝手に聞いたか……」
「おかき、あんたはどれにする? 早く選ばないとギフトカタログが逃げちゃうわよ」
「あははぶら下がり健康器なんてあるよ、新人ちゃんこれにしたら待った待って冷静になろうナイフはヤバいナイフはアア゛ァ゛ー!!」
かくして怪盗騒ぎはひとまず解決という形に収まった。
館長を殺した犯人は誰か、という胸に引っかかる謎を残しながら。




