黒点 ①
「…………パイセェン……生きてるぅ……?」
「なんとかなぁ……尻尾焦げたけど……」
「ブラッシングぐらいなら手伝うよぉ……さすがにさぁ……」
陽炎が立ち上る夜空の下、ウカと忍愛は精魂尽き果てた体を大の字で投げ出し、満天の星を見上げる。
現在気温はおよそ4~50度。 異常気象も甚だしいが、それでも今の2人からすれば涼しいぐらいだ。
「パイセン、ボクの手どうなってる? 自分で見るのも怖いんだけど……」
「手どころか全身火傷だらけやでうちら、まあSICKなら治せるやろ」
「あー、キューちゃん特製もずく湯ポッドだっけ? 一晩浸かれば内臓の1つや2つぐらい治っちゃうやつ」
「あれ浸かってる間身動きできひんから退屈なんやけどな……それで、どうやって“これ”倒したん?」
倒れたままウカが器用にキツネ耳の先で突いているのは、2人を散々苦しめた琥珀の心臓そのもの。
太陽に迫らんと肥大化していた本体はすでに手のひらサイズまで戻り、あれほど高ぶっていた熱量もどこかへ霧散していた。
「あーね……文字通り“切り上げ”たんだよ、仕込み杖のおかげでね」
「切り上げ……ってことはつまり」
「――――その様子だとおかきちゃんの言葉は届いたみたいだね、お疲れさん2人とも」
「おっ、キューちゃん。 なんや遅かったな」
倒れる2人の顔を覗き込んできたのは、全身銀色の耐熱防護服に身を包んだ宮古野と、救援に駆け付けたエージェントたちだ。
「これでも急いで防護服準備して駆け付けてきたんだぜ? それにしてもこっぴどくやられたなぁ、あとはおいらたちに任せて……っと、そこに転がってるのが問題の琥珀の心臓か」
「もー琥珀なんて見たくないから早く回収してよ、ボクもう一歩も動かないからね!」
「はいはい、念のためアンカーで固定してから運ぶからちょっと待ってな。 おかきちゃんの言葉通り切り上げたなら沈静化してると思うけどさ」
宮古野が話している間にも、エージェントたちは地面に転がる琥珀の心臓を特殊な金属板で覆い、周辺の現実強度などを測定しつつ迅速な収容作業を進める。
「なあキューちゃん、結局なんでこのアホ琥珀の暴走は止まったん?」
「切断に関わる事象の適用……つまり心臓が引き起こしたイベントを切りのいいところでおしまい、切り上げにしたのさ」
「へーそういう事だったんだ、新人ちゃんもよく考えるもんだね」
「いやわかってなかったんかい。 ってかそんな作戦いつの間に伝えたんや?」
「おいらがありもので指向性拡声器作って全力で叫んでもらった、山田っちを信じてね」
おかきが忍愛たちの状況から心臓の鎮圧に必要な手順を思い付いた際、高温により物理的損壊と疑似太陽フレアによる電子障害により、すでに現場との連絡手段は断たれていた。
だから宮古野の腕と忍愛の能力を信じ、おかきは賭けたのだ。 彼女の聴力ならきっとこの声が届くと。
「ボクもここまで上手くいくとは思ってなかったけどね、あとにも引けないしやるしかないかなって」
「まあプランBも用意してたぜ? おそらくだけどこのオブジェクトは人間の心臓を一定数捧げることで活性状態になる、だから活性化に必要な個数も切り上げられないかなって期待したんだよ」
「まずい数学の話だ、パイセンあとはまかせた」
「例えば活性化までのノルマが110個なら端数の10を切り上げて200個必要にするって感じだね。 切り上げという事象1つに2つの意味を込めたんだ、これで失敗するならお手上げだぜ」
「あの土壇場でそんな屁理屈よう思いつくなぁ……」
「実行した山田っちの胆力も素晴らしいぜぃ、ただこっちのオブジェクトはさすがにダメだったか」
そう言いながら宮古野が防護手袋で摘まみ上げたのは、半分土と混ざり合ったまま冷えて固まった鉄の塊だった。
その正体は忍愛が振るった仕込み杖の成れの果て。 琥珀の心臓に対して能力を行使する際、至近距離で高熱を浴びた刀身はほとんど原形をとどめていなかった。
『うむ、刀として天晴な最期よ! どうか手厚く弔ってくだされッ!』
「おいらとしちゃ再利用したいんだけどね、陀断丸も後でメンテするから安静にな?」
「そうだキューちゃん、この剣の持ち主……あの怪盗君はどうなったの?」
「あの子もSICKで保護してあるよ、熱中症と脱水症状がひどいけど発見が早かったから幸い命にも別状はない。 目を覚ましたら色々聞き出さなきゃね」
「そっかぁー……あー安心したらちょっと眠くなってきた」
「少し寝てな、目を覚ました時にはすべて終わってるからさ。 特別ボーナスには期待していいぜ」
「ほなお言葉に甘えて……はぁ~しんど」
――――――――…………
――――……
――…
「あーっはっはっは! 深夜に現れた謎の発光体! 局地的な気温の急上昇と森林火災! それに伴う気象への影響! どうやって隠蔽しよっかなーこれぇ!!」
『部下の手前大見え切ったわね』
『書類作業なら手伝えますよ』
「わはは……功労者とスポンサー様にそんなこと頼めねえや。 まあいつも通り血反吐は木ながら何とかするさ、最悪日本中に記憶処理を……」
「副長、物騒なこと言ってないぜこっち手伝って下せえ。 現実測定値のダブルチェック頼んまーす」
「へいへーい、どれどれっと……うん、どれも許容値内だ。 コンテナに回収していいよ」
「イエッサー! 琥珀の心臓収容しまぁす!」
現場監督である宮古野の許可をもらい、エージェントの1人が用意していた小型の耐熱ケースに琥珀の心臓を収容する。
その上から厳重にロックをかけ、自動ドローンに運搬を託して一連の作業は終了した。
「基地に戻ったら活性化条件も詳しく調べないとな、館長の死因にも関わっているだろうし」
『キューちゃん、その件ですがまだ解けていない謎があります』
「わかってるよおかきちゃん、館長の死に方には疑問が多すぎる」
今まで出土品として大人しく展示されていた琥珀の心臓がなぜ突然活性化したのか。 なぜ館長はあの時、展示室ではなく地下室にいたのか。 そもそも誰が館長をあの部屋に呼び出したのか。
怪盗の確保と心臓の回収には成功したが、この事件にはまだ残された謎が多い。
『もしこれが不幸な偶然ではなく、誰かが仕組んだ罠だとしたら……』
「嫌になるけど腹括らないとなぁ……この事件、もしかしたら思ったより闇が深いかもしれないぜ」




