真相は白日の下に ①
「ふーむ、なるほど……たしかにその説はアリだな。 今までの謎にも説明がつく」
博物館の裏手に停められたカモフラージュ車両内、おかきの報告を受けた宮古野はキャスターチェアを回転させながら頭を回す。
その背にはいくつものモニターが並び、監視カメラの映像を映すはずの画面には、一部通信が切られていることを示すシグナルが点滅している。
カメラの確認に赴いた職員いわく原因は不明……なのだが、これもおかきの述べたとある“推理”に沿えば説明がつく。
「よし、とくに反論も浮かばないしおかきちゃんの話を信じてみよう。 山田っちはもう平気かい?」
「うん、もう息も整ったしだいじょーぶ。 本当にただスタミナ切れただけみたいだよ」
「永続的な効果が無いのは良い知らせですね、忍愛さんのおかげで有効射程もだいたいわかりました」
「そりゃ嬉しい報告だけど……どうやって怪盗を捕まえて心臓を取り戻すの?」
「そりゃあお嬢もちろん……どないすりゃええんやろな」
怪盗と忍愛の戦闘から敵の能力を推測することはできたが、だからと言って状況が好転したわけではない。 あくまで相手の手の内が1つ判明しただけだ。
目下最大の問題は持ち去られた“琥珀の心臓”の奪取方法であり、怪盗の能力そのものは関係ない。
忍愛の追跡を振り切り、行方をくらませた怪盗を探し出すのはいくらSICKと言えど一朝一夕で片付く仕事ではない。
「そうだ、悪花様に頼めばいいじゃん! 全知無能ならどこに逃げても一発だよ」
「ダメよ、悪花が素直に首を縦に振ってくれるとは思えないわ」
「それに悪花さんの能力は万能ではありません、確実な予測を行うには膨大な情報が必要になります。 ほぼ無名の怪盗を捕まえるために必要な時間がSICKの捜索と大差がないでしょうね」
「クソッ、ここにきて名前も名乗ってへんのが効いてくるわ。 山田、ほかに何か情報ないんか?」
「山田言うな! うーん、ほかに情報って言われても……あっ」
「おっ? なんだい何か思い当たる節があるのかい」
「いやー確信があるわけじゃないけどさ……もしかしたらあの怪盗、知ってる相手かも」
「と、いいますと?」
「ボクの顔見て驚いてた、あれは顔知ってる奴の反応だよ」
『しかし某については知らぬ様子、心当たりはありませぬか姫よ!』
「そうですね……」
忍愛の顔を知り、陀断丸のような存在に驚きを示すもの。 この2つの条件を満たす存在はそう多くはない。
少なくともSICKに関わりがある敵対組織なら陀断丸の存在や忍愛のエントリーに多少の驚きはあろうとも、大きな動揺を見せることはない。
おかきが頭の中に浮かべたリストからもほとんどに赤線が引かれ、残った名前もほぼ無関係と呼べる学園関係者ばかりだ。
「うーん…………忍愛さん、一応逆に聞きますけど心当たりは?」
「不思議とボクのこと恨んでる奴の顔ならたくさん浮かぶけど」
「つまり候補は星の数ほどあるわね」
「事件は迷宮入りやな」
「諦めないでよ! クッソー、みんなボクのことなんだと思ってるんだ!」
「まあ山田っちへの評価は置いて、だ。 顔見知りという話が本当なら容疑者は絞られる、何でもいいからほかにヒントはないかい?」
「でもさぁ、ボクのこと知ってるなんてSICKや学園の人がほとんどで……」
「じゃあ学園の誰かが犯人なんじゃない?」
甘音がしれっと投げつけてきた疑問に、車内の空気が静まり返る。
おかきもその可能性は考えたが、それは無意識にあり得ないと捨てていた容疑者たちだ。
「……でも甘音さんの言う通り、あり得ない話じゃないですよね」
「たしかに赤室は奇人変人の集まりだ、それでも出自や経歴はSICKが目を通してる! 怪盗野郎が隠れていたらおいらたちが見逃すはずがないぜ?」
「でも今回が初犯なのよね? 今日から怪盗始めましたってやつを事前に見つけるのは難しいんじゃないの?」
「愚考でしたね、私も学園生徒が犯人なわけがないと思い込んでいました。 どのみちほかに思いつく容疑者がいないなら洗ってみる価値はあります」
おかきはポケットからスマホを引き抜き、アプリから電話帳を起動する。
容疑者リストに「犯人は忍愛のことをよく知る赤室学園」という条件を付与した場合、おかきには1人思い当たる当てがあった。
怪盗からかすかに感じていた敵愾心、そして犯行予告の中に出てきた“チビ助”という別称、それらすべてに納得できる犯人像が。
「……もしもし、こちらおかきです。 少し確認したいことがあります、協力してくれますか?」
『――――もちろんですわ! 私にできることなら何なりとお申し付けくださいませー!』
――――――――…………
――――……
――…
「ふぅ……ふぅ……な、何とか逃げ切ったか……!?」
月明かりに照らされた林の中、疲労困憊の怪盗がほっと安堵の息を吐く。
追手はいない、すべて振り切ってある。 それでもいまだ動揺が残っているのは、思いがけない相手が自分のことを追いかけてきたからだ。
「ヒィ……まさかあの人が……追いかけてくるなんて……ハァ……」
体力の消費とときめきで鼓動する心臓を落ち着けようと深呼吸を繰り返す怪盗。
彼が纏う怪盗スーツは身体能力を引き上げてくれるが、正体を隠す変装マスクのせいで呼吸がし難いのが欠点だ。 通気性も優秀とは言い難いため、長時間の激しい運動は推奨されていない。
それでも本来ならSICKの追跡を振り切るだけの性能はあるが、忍愛との接触は彼にとっても完全に想定外の出来事だった。
「…………バレて、ないよな?」
怪盗は忍愛のことをよく知っている、それはつまり忍愛もまた怪盗のことを知っているということ。
自分の行動に落ち度はないか、ボロが出ていないか思い返す最中、ふと怪盗の胸ポケットに収めていた携帯が震え始める。
「へっ?」
だが、それはおかしい。
盗みの最中に着信を鳴らすようなマヌケを晒さないため、怪盗は事前に携帯の電源を切っていた。 もちろん再度電源を付け直した覚えはない。
つまり今、彼の胸元では、本来着信が届くはずのない携帯が震えているのだ。
「な、なんで……どうして……」
慌てて携帯を取り出し、着信画面を確認した怪盗の表情が歪む。
そこには一番見たくない、そしてこの携帯に登録した覚えのない相手の名前が表示されていた。
「…………も、もしもし?」
少し迷いながら、怪盗は鳴りやまない携帯に出る。
着信を無視して不審がられるよりも、サっと出てサっと切ってしまう方がリスクが少ないという判断だ。
『もしもし、藍上です。 お時間よろしいですか?』
「良くないが? そもそも電話番号教えてないぞ、それにどうやって掛けてきた!?」
『すみません、よもぎさんに聞きました。 それにどうやって掛けてきた、ということはやっぱり電源は切っていましたか』
「な、なんのことだ? 大した用事がないなら……」
『用事は簡単ですよ、少年。 あなたが怪盗ということは分かっています、大人しく琥珀の心臓を返してください』




