厳かな侵入 ⑤
「おかき、ペンダントは外さんようにな。 それなかったら一発で正体ばれるで」
「了解です、ウカさんもお気をつけて」
ミュウの手を引きながら、おかきは情報を集めるためにウカと手分けしてカジノの探索を始める。
多種多様な遊戯が揃ったカジノ場は、表の雀荘と比べて何倍の面積があるのか見当もつかない。
この中から甘音につながる情報を探すとなると、相当骨が折れる作業だ。
『おかき、ミュウ、お前らあまりキョロキョロすんなよ。 怪しまれるから適当に遊んでる素振りをみせておけ』
「そ、そうですね。 えーっと……」
手ごろな遊戯を探すと、おかきはいくつも並んだスロットが目に留まった。
コインを投入して絵柄を揃えるだけのゲームだ、これなら小難しいルールもなくおかきでも遊べる。
ミュウも興味があるのか、おかきにはどことなく目を輝かせているように見えた。
「ミュウさん、一緒にやりますか?」
「……ん」
「では資金を……ひえっ」
連れの了承を得て、おかきはスロット用のコインを得るために支給された財布の口を開ける。
カジノの空気に負けないほど豪奢な財布の中身には、今までの人生で見たことがないほどたくさんの諭吉が詰め込まれていた。
『余った資金は後で回収するけど、もし大勝ちしたらその分お小遣いにしていいよー。 どうせ今から潰れる店だし遠慮はなしだぜ』
「……ぜ、善処します……」
おかきが震える手つきでスロット近くの両替機に万札を投入すると、20枚の金貨が排出される。
コイン1枚500円、賭け事に疎いおかきでも安いレートでないことぐらいは分かる。
あらためてこのカジノが違法なものであることを噛みしめ、財布の口を堅くしながらおかきとミュウはスロットの席へと座った。
――――――――…………
――――……
――…
「ふぃー……ここまで盛況やと日本の未来が心配になるなぁ」
おかきと別れた後、ウカはカジノに併設されたバーエリアから人の流れを眺めていた。
悪いことを覚えて日の浅そうな学生から、小指のないイカつい顔つきのご老体まで、賭博に興じる客層は幅広い。
中にはウカも顔を知るような裏の人間も紛れている。 どうやらこのカジノは潜伏先として相当優秀なようだ。
「“魔化狼組”の連中に“千尾蜥蜴”までおるやん。 惜しいなぁ、私用がなければ大捕り物やったのに」
『残念だけど諦めるしかないね、おいらたちの目的はあくまでガハラ様の奪還だ』
『だからいつまでもサボってんじゃねえぞウカァ、お前も気合入れて探しやがれ』
「焦んな焦んな、今は人の動き見てんねん。 ちょい待ち」
せっつく悪花の声にも動じず、ウカは手元のカクテルグラスを揺らしながら一喜一憂の人間模様を眺め続ける。
ウカの経験上、違法カジノというだけならば、ここまでの人気を博することはない。
そして賭博のほかに“人気の秘訣”があるならば、かならず人の流れに答えが見つかるはずだ。
「…………居ったわ。 キューちゃん、他3人に連絡を」
「うわああああああああん!!! パイセンお金貸してええええええええええええ!!!!」
「って邪魔すんなやおどれぇー!!?」
予想通り、人ごみの動きに違和感を見つけたウカが席を立った瞬間、横から飛び出した忍愛が彼女の腰へと抱き着いた。
「お金がさぁ! ボクのお金がさぁ、全部同元の懐だよ! 許せないよねぇ!?」
「うちはおどれの方が許せんわ! ……って待ちや、この短時間で有り金全部溶かしたん?」
「そうだよ、ほら!」
ウカは差し出された財布をあらためるが、中身は糸くずひとつ入っていない素寒貧だ。
しかし忍愛は性根は腐ってもSICKの精鋭であり、忍者として卓越した技能を持つカフカである。
手癖の悪さからくるイカサマはお手の物、よほど運が悪くないかぎりここまで負けが込むとは考えにくい。
「なにして金溶かしたん? ルーレット一点賭けでもしたか」
「ブラックジャック、めちゃくちゃ手札の回りが悪かった。 絶対イカサマだよあんなのー!!」
「証拠がなければただの難癖やで、けど山田がそこまで負けるのは妙やな」
「でしょぉ? だから可愛くてかわいそうなボクにお金めぐんで! 倍にして返すよ?」
「じゃかあしいわ、アホ言ってないでおかきたちと合流するで」
「待ってよぉー! 絶対おかしいんだよあんなのー!! センパイもちょっと一戦やってみてよ!」
「離せ離せ、お前の目で見抜けんイカサマなら勝ち目なんてないわ! ……って、なんやあれ?」
未練がましくしがみ付く忍愛を引きずりながら、ウカはおかきの姿を探す。
すると、スロットコーナーの周囲にできた異様な人ごみが目に入った。
このカジノの中でもひときわ高い盛り上がりを見せているようで、ノイズキャンセリングを超えて熱狂と悲鳴が聞こえてくる。
「ば、バカなああああああああああ!!!! 1コイン4000円の最高レートスロット“スワンプマン”がこんなガキに!!?」
「え、えーっと……なんかごめんなさい」
「……おかきやんな、今の声」
「新人ちゃんだねぇ、今の」
ウカと忍愛が人ごみをかき分けて最前列から顔を出すと、騒動の中心には彼女たちの後輩がいた。
うず高く積み上げられたコインケースのさらに上に積まれた椅子に鎮座し、「7」の数字がいくつも並んだ横長のスロットを前に困惑するおかき。
絶え間なく金色のコインを吐き出すスロットのそばには、目を輝かせておかきを見上げるミュウの姿もあった。
「おかきー! お前なにやってんねん、この店破産させる気か!?」
「あっ、ウカさーん! 助けてください、スロットでフィーバーしたらよく分からないうちにこの台に……」
「新人ちゃんさぁ、じつはボクと君は遠い親戚関係にあってね」
「たかるなアホ忍」
『いやーすごい豪運だねおかきちゃん、億単位で稼いじゃったよ』
「お、おく……」
おかきは自分が稼いだ額に腰が抜け、椅子から立ち上がれないでいる。
だがそれもある意味幸運だろう、今降りれば忍愛のような知らない親戚たちに囲まれて金をせびられるところだ。
「失礼ですが、彼女のご友人様でしょうか?」
「あっ? なんやねん、保険の勧誘ならお断りやで」
悪目立ちしたおかきたちのそばに現れたのは、入り口のガードマンたちと同じ黒服に身を包んだスタッフだ。
大勝ちしたおかきを脅して結果をなかったことにする気か、とウカは身構えるがどうも様子が違う。
「このたびはスワンプマンの攻略、おめでとうございます。 よろしければ皆様をVIPルームにご招待いたしますが、いかがでしょうか?」
「VIPぅ? せやなぁ……」
線の細い男性スタッフがうやうやしく礼をする横で、ガタイのいいスタッフがさりげなく周囲の人ごみとおかきの間を遮る。
ウカは顎に手を当てて思案する。 結果としておかきの行動は悪くない、ウカの狙いもまたVIPルームだった。
ただ、あまりにもうまく事が運ぶ現状にこのまま着いていっていいものか怪しいところだ。
「……パイセンパイセン、ちょっといい?」
「なんや山田、トイレならあとにせえ」
「山田言うな。 じゃなくてこの人、ボクのお金持って行ったディーラーだよ」
「…………ほぉん?」
忍愛に耳打ちされ、ウカは目の前のスタッフに細めた視線を向ける。
清潔感のある短さに整えられた黒髪、年上受けが良さそうな幼さが残る顔立ち、思わず「飯を食え」と言いたくなる華奢な体。
忍愛を出し抜けるとは思えない青年は、垂れた目をさらに細めてウカたちへ微笑みかける。
「申し遅れました、私は雲貝と申します。 皆様のご友人もお待ちしておりますので、是非」
「へぇ……ええ度胸しとるやんけ、小僧」
ウカもまた犬歯を見せてほほ笑むが、それは青年とは真逆の攻撃的な笑みだ。
おかきが引いたのは大当たり中の大当たり、目当てまで直通の特急便だったのだから。




