厳かな侵入 ④
室内の広さはおよそ畳八畳分。 家具やインテリアもなく、室内にものを隠すような隙間はない。
怪しい人間や物品を持ち込ませないための部屋なのだから当然だ、おかきは腰の銃に触れながら唾をのむ。
背後の扉はすでに固く閉ざされ、屈強な男たちが阻む扉の先からは人の気配も感じられる。 正面突破は許されまい。
「……ウカさん、私たちって今どういう姿に見られているんですか?」
「親の金にかじりついてイキり散らかしてそうな大学生ども」
「そこはかとない悪意」
ウカと小声でやりとりを交わすおかきの頬に冷や汗が流れる。
ガードマンたちの反応を見る限り、ウカが作った幻の完成度に問題はない。
だが、彼らの視線はおかきたちの頭上に向けられているのだ。 おそらく、幻影と実際の肉体の間には無視できない体格差が存在する。
『しょうがない、おかきちゃんたちの実寸に合わせると子供にしか見えないもの』
『言ってる場合か、見た目だけ誤魔化しても触られたら一発アウトだぞこんなもん』
通信機越しに聞こえる悪花の指摘はごもっともだ。
ボディチェックを行うなら接触は避けられない、そうなれば実際の肉体の違和感に気付かれてしまう。
「お客さま、いかがなされましたか?」
「ん、なんでもない。 ただやっぱ気になるし女性の人呼んでもらってええか?」
「かしこまりました、少々お待ちください」
スーツの男たちが耳元のインカムで通話し始め、わずかにおかきたちから意識が逸れる。
その瞬間を見逃さず、動き出したのは忍愛だった。
「新人ちゃん、ちょっとごめんね」
「へっ? わっ」
忍愛はミュウを脇から抱き抱え、肩車させるようにおかきの頭上に積み上げた。
軽い体重はおかきの力でも支えられ、2人分の背丈を合わせれば、幻との体格差は何とか埋められるだろう。
「けどこれだと1人減って……」
「「ボクが2人分になる」」
「……え、えー……」
おかきは咄嗟に声を上げなかった自分を褒めたい気分だった。
何せ振り返ると、同じ顔と声をした忍愛が2人立っていたのだから。
「忍法双影〜、1人減った分はこれで誤魔化せるね」
「さ、さすが忍者……」
「お客様、大変お待たせしました。 女性スタッフが到着いたしましたので、ボディチェックの協力をお願いいたします」
そうこうしている間にも、向こうの準備も終わったらしく、屈強な男たちに代わり、黒スーツにサングラスをかけた女性たちが現れる。
忍愛たちが施した小細工に気づく様子もない、幻覚との身長差もうまい具合に調整できたようだ。
おかきは安堵の息をこぼし、快くボディチェックを受けようと構え……己の過ちに気づく。
腰に装着した拳銃については何も解決していない。
「あ、あのちょっと待っ……」
「じゃあまずこの子からお願いするわー、うちはちょっと化粧直ししとくさかい」
「ウカさーん!?」
「では失礼いたします」
イチかバチか銃を隠そうにも、ミュウを肩車した状態では腰のホルスターに触れることも難しい。
どうしようかと焦る間にも、黒服スタッフの手は容赦なくおかきの腰をまさぐった。
「……特に問題はありませんね、次の方」
「…………あ、あれ?」
「おかき、邪魔になるからさっさと捌けた捌けた」
「あ、ああ。 ごめんなさい」
ウカにせかされ、部屋の端に避けるおかき。
1人通ってしまえば、あとはすんなりと忍愛たちもボディチェックを終える。
最初の懸念は何だったのかと思うほどに、おかきたちは最初の関門を乗り越えたのだった。
『おつかれちゃーん、いやーひやひやしたぜぃ。 こっちも手に汗握りながら飲むエナドリが旨かったよ』
『そのまままっすぐ扉を抜けろ、振り返ったり変な行動はするなよ』
通信機越しの声に無言の2回ノックで答え、ウカは次の部屋に続くドアノブをひねる。
そして扉が開かれた瞬間、おかきたちの耳は音の洪水に襲われた。
コインが重なり崩れる音、景気よく賭けをコールする声、大敗を喫して崩れ落ちる客の悲鳴、店内に響くBGM、あらゆる音が混ざり合って鼓膜を震わせる。
『うわっ、こりゃ大盛況だな。 ちょっとこっちでノイズキャンセルしとくよ』
「あ、ありがとうございます……そこらのパチンコ店よりすごいですね」
「なんやおかき、パチンコ打ったことあるん?」
「いえ、一時期バイトで働いていたことがあるので」
通信機の向こうで宮古野がなんらかの機械を操作する音が聞こえると、だんだんと周囲の喧騒が遠のいていく。
隣にいるウカたちの声も非常にクリアだ、いちいち大声を張り上げて話をするわけにもいかないので、非常にありがたい。
「とりあえずミュウちゃん下ろすねー、あとこれ返すよ新人ちゃん」
「はい? 返すってなにを……」
肩車していたミュウを忍愛が下ろし、周囲から見えないようにこっそりおかきへ手渡されたのは、腰に携えていたはずの拳銃だった。
「はっ? えっ? いつの間に!?」
「ついさっきスった、そのままぶら下げてたらさすがにバレるからねー」
「いや、だとしても忍愛さんはどうやって隠したんですか?」
「掌にそのまま持ってたよ、銃ひとつぐらいならいくらでも隠せるし。 ボディチェック中にわざわざ手の中まで確認はされないでしょ」
「忍者よりスリかマジシャンのほうが向いてるんちゃう?」
「なんてこと言うのセンパイ。 それで、潜入したけどここからどうする?」
ボディチェックを潜り抜けた先の部屋は、まるでラスベガスのような光景だった。
どこまでも並んだスロットやコインゲームの機体、華麗な手さばきでカードを配るディーラー、欲望と期待を乗せて回るルーレット。
多種多様な遊戯が揃っているが、なにより気になるのは室内の広さだ。
「……悪花さんの図通りですが、やっぱりおかしいですよね」
「どう見たって外見よりずっと広いな、どう思うキューちゃん?」
『空間が拡張されてるね、やっぱりただの違法カジノじゃなさそうだ。 まずは客のふりして情報集めよう』
「OKOK、じゃあボク向こうの台で稼いでくるねーうひょひょ!」
「………………」
金にくらんだ目をしたまま単独行動をとる忍愛の背中を、ミュウは侮蔑の視線で見送る。
とはいえ、カジノに溶け込もうとする彼女の姿勢は見習うべきだろう。
「よし、うちらもお嬢を探すでおかき。 なにか見つけたらすぐ報連相や」
『情報の共有はおいらたちの仕事だね、こちらも気づいたことあったらどんどん伝えていくよ』
「はい、お互い気を付けましょう。 ミュウさんも一緒ですね」
「ん……」
熱狂する人々の空気に気おされたのか、ミュウはおかきの袖をつかんで離そうとしない。
おかきもこんな場所でミュウを一人で行動させたくはなかったので、その手を取って行動を開始した。
ここは敵地、時間を掛けるほどリスクは上がっていく。 一刻も早く甘音を見つけ、あの学園へ帰るために。




