神憑り ①
「……村だね、どう見ても」
「村よ、どう見ても」
忍愛たちが目覚めた地点から少し歩くと、2人はすぐに切り立った崖へ直面する。
そして低木に隠れてあわや足を踏み外しかねない天然の罠を前に、忍愛が恐る恐る崖下を覗き込むと、ぽっかりと切り拓かれた森の中に建てられた木造建築の群れが見えた。
近くには川が流れ、隣接された小屋の水車も滞りなく回っている。 とてもじゃないが廃村という雰囲気ではない。
「あんなの手入れしないとすぐ壊れちゃうよねぇ、つまり誰か人が住んでるって証拠だよ!」
「名推理ね、それでどうするの名探偵」
「どうしようねぇ……」
「この迷探偵」
「だって絶対何かあるじゃんあんなの! 突っ込んだら絶対死ぬやつだよ!?」
ガンガン行こうぜな甘音に対し、命を大事にしたい忍愛は顔を青くして首を横に振る。
異空間の森にぽつんと生える村、忍愛から見ればまともな人間が住んでいるとは到底思えなかった。
「けどここにきて見つけた初めての変化よ? 当てもなく森をさまようよりずっとマシじゃないかしら」
「う、うーん……起きた場所に戻ってパイセンたちの救助を待つとか」
「山田、ウカがいるならとっくに合流してるはずよ。 私もあんたも同じ場所で気絶して、同じ場所で目覚めたんだから」
「……考えたくなかったなぁその可能性」
忍愛たちは神隠しに遭う寸前、全員寮でおかきを探していた。
そして2人はほぼ同時刻に転移し、この森でもほぼ同じ場所で目を覚ました。 つまり両世界の座標はほぼ一致している可能性が高い。
そして神隠し前にほぼ一緒に行動してウカがいないということは、彼女は難を逃れたか寮から離れた場所で被害に遭ったと推測できる。
「私はここまで待っても状況は変わらないと思うわ、むしろ悪化する気がする。 今の私たちは後手後手よ、何もわからないまま時間だけ過ぎているわ」
「う、うーん……仕方ない、かぁ」
消極的算段ではSICK案件は解決しないということを、忍愛も経験則から知っている。
ゆえに甘音の意見を否定したが反論を述べる材料がなく、折れた忍愛は懐から取り出した鉤縄を手ごろな木に結び付け、崖下への降下準備を始めた。
――――――――…………
――――……
――…
「よし、離しちゃダメだよガハラ様。 この高さから落ちたらボクは無事でもガハラ様がパーンってなるからね」
「ちゃんとロープ結んでるから平気よ、けどこういう時こそ便利な忍法ないの?」
「いくつか当てはあるけどボクは耐えてもガハラ様が術に耐え切れなくてパーンってなる」
「どのみちパーンする運命なのね私」
「おっと、そんなことよりそろそろ地面だ。 思ったより高かったな」
片手で鍵縄を握り、甘音を抱きかかえた忍愛が音もなく崖下に着地する。
およそ30mは下っただろうか。 下降作業は慎重ゆえに時間こそかかったが、誰かが忍愛たちの存在に気づいた気配はない。
しかし村には人がいないというわけではなく、農具を抱えて往来を歩く村人らしきものたちが確認できた。
「静かに、誰かいる。 少なくてもパイセンではないね」
「赤室の生徒でもなさそうね、服装から違うし見るからにおじさんだもの」
日よけの手ぬぐいを頭に巻き、恰好は土汚れで擦り切れそうな麻の服。
現代からかけ離れたその姿は、江戸時代の農民を思わせる出で立ちだ。
「この空間の原住民かな……見た目は人間っぽいけど中身は全然バケモノってことよくあるし、うーん……」
「待って、何か喋ってるわ。 山田なら聞こえない?」
「ん、どれどれ」
甘音が農民同士が会話しているところを目ざとく、忍愛がそれに聞き耳を立てる。
常人なら声など聞こえないが、忍びならばどうということはない距離だ。
『……“神様”はなんて?』
『贄じゃ、贄を求めとる。 もうワシらの力じゃどうにもならんて』
『ああ、もう若い娘もおらん……だけんどこんままじゃ雨も降らん』
『他所さ行って攫ってでも叶えなきゃなんねえ、このままじゃオラたづ――――』
『――――ススリガミ様に祟られる』
「…………ススリガミ?」
忍愛が彼らの言葉を反芻する。
農民たちの表情は絶望と悲しみに満ちている。 話の流れを汲むならば、「ススリガミ」という存在が生け贄を要求し、農民たちはそれにこたえることができず困っているのだろう。
状況からすれば農民たちは理不尽な要求を突き付けられたただの人間に思えるが……問題は“若い娘の生け贄を要求されている”という点だ。
「ガハラ様、やっぱりここに長居しちゃだめだ。 最強で無敵で可愛いボクが見つかっちゃったら生け贄されちゃうっぽい」
「後半の情報8割無駄ね」
「とにかく上に戻ろう、一回情報を整理したい。 はぁこんな時に新人ちゃんがいたらなぁ」
探偵の不在を嘆きながら忍愛が鍵縄を引っ張る……が、ピンと張りつめるはずの縄は抵抗なくだらりと弛緩する。
そしてガサガサと木々を薙ぎながら落ちてきたのは、崖上に結び付けていたはずの千切れた縄だった。
「…………ガハラ様、もしかして太った?」
「殺されたいのかしら」
「アッハイすみません何でもないです、でもちょっとこの状況はまずいかも~……」
重苦しい沈黙が流れる村の中、突然鳴り響いた異音。
当然ながら農民たちの視線は一斉に忍愛たちの元へと集まる。
「……ガハラ様、しっかり捕まってて。 舌噛まないように」
『――――女だ』
誰かがつぶやいたその言葉が合図となり、生気がなかった農民たちが引き寄せられるように忍愛たち目掛けて駆け出した。




