危険物取扱注意 ④
「――――現場はさっきの大ホール、第一発見者はあの社長さんや」
「阿賀沙さんですね、ちなみに怪我人などは?」
『幸いなことに0だ、まあ詳しいことは現場を見てもらえばわかるよ』
おかきがウカたちに連れられた大ホールには、先ほどまでの活気はなかった。
何かが焦げたような臭いが充満する現場には警察に扮した数名のSICKエージェントが規制線を張り、一般人の侵入を阻止している。
文字通り事件の火種となった原因は、工事中のランウェイ上に鎮座する黒い箱であることは明らかだ。
「あら、もう爆破済み。 しかもずいぶんとしょっぱい火薬ね」
「当事者としては肝が冷えたけどな、急にポンと現れてそのままボンや」
『使われた火薬は市販の花火に使われているものだ、犯人の意図としては警告のつもりだろうね』
「……近くで見ても?」
念のため規制線を張るSICKエージェントに許可をもらい、おかきはテープをくぐってランウェイに登る。
遠目からは黒い箱にしか見えなかったそれは、爆破の熱で焦げ付いたブリキ缶だった。
内部には爆破装置と思われる銅線と電子回路がかろうじて原形をとどめている。 しかしおかきの目を一番引いたのは、箱から離れたところに落ちていたブリキ缶の蓋だった。
「……“お前たちは間違っている”?」
『うん、やっぱり気になるよねそれ』
「You are wrong」 おそらく爆破の衝撃で吹き飛んだと思われる蓋の内側には、たしかにそう書かれていた。
新聞の切り抜きではなく、機械的にプリントアウトされたその文字は、熱で読めなくならないように樹脂のようなもので覆われている。 つまりそれだけ犯人にとって伝えたいメッセージだったはずだ。
「ショーを取りやめない関係者たちへの警告文……にしては少し妙ですね」
「うんうんそうだよねあからさまにおかしいんだよだけどパイセンはよくわかってないようだから説明してあげてよ新人ちゃん」
「シバくぞ」
「まずお前たちと複数形なのが気になりますね。 もし犯行動機が恨みならそれは個人に向けられたものです」
「ほえー、なるほど。 たしかに新人ちゃんも社長さんたちに恨み買ってないか確認してたね」
「それに間違っているという文面もおかしいです。 これでは爆破予告というよりも……」
「まるで聞き分けのない子供を諭しているみたいね、探偵さん」
おかきの後ろからアクタの手が伸び、焦げたブリキ缶を拾い上げる。
そのまま缶を振ったりひっくり返したり銅線を千切ったり、一通り粗雑に使うと、興味を失ったようにおかきへ投げ返した。
「ちょっと、貴重な証拠品をそんな乱暴に……」
「この箱に常識的な証拠は残されていないわ、関わっているのは全部不可思議で異常な力。 そうでしょう?」
『まあ、一理あるね。 元よりこんな状態じゃ指紋の採取すら難しい、これだけ慎重な犯人が頭髪や皮脂片を残すような愚を犯しているとは思えないしね』
「そんなことより探偵さん、つまらないわ」
「調査中なんですから飽きないでくださいよ、暇ならSICKに送り返しましょうか?」
「ちーがーうーのー! この爆弾、作り方がつまらないわ! 火薬の量も爆破の影響範囲も時限装置もぜーんぶ丁寧に計算されてる、被害が出ないように!」
「そりゃ警告用ならド派手なの作るの面倒くさかっただけやないか?」
「パイセン、これぐらいのサイズなら火薬の量を増やすだけでそこまで手間もかからないよ。 なんなら箱の素材を変えて中に錆びた釘でも仕込めば殺傷力だって上げられる」
「……わざわざ犯人が誰も傷つけない爆弾を作って送り付けたとでも?」
被害が出なかったことは喜ばしいが、おかきには犯人の意図が読めなかった。
ショーの中止を目論むなら、ステージへの被害を心配する必要などはない。
爆発物のプロフェッショナルであるアクタの見解が間違っているとは考えにくいが、そのうえで犯人のちぐはぐな行動がおかきを悩ませる。
「探偵さん、私なら同じ素材でももっと小型で高性能な爆弾を作れるわ!」
「競わなくていいんですよ、ちなみに制作の手際として10点評価を付けるとすれば?」
「うーん、8.5点?」
「高評価ですね。 キューさん、こちらの残骸を至急SICKで調べてください」
『あいわかった、技術屋として重箱の隅まで調べ上げてやるぜい。 アクタの手も借りたいからこっちに戻ってくるように』
「えぇー!?」
『ちなみにおかきちゃんの好みのタイプは仕事に熱心な人らしい』
「探偵さん、私24時間働けるわ!!」
「覚えておいてくださいねキューさん」
『許せおかきちゃん、これも世界を救うためだ』
おかきが通信機越しに恨み言を吐く一方で、宮古野の口車に乗せられたアクタがSICK職員に護送されていく。
このあと一仕事終えたアクタがおかきへご褒美を強請ることになるのだが、それはまた別の話だ。
「結局残ったのはいつもの面子やな、これからどないする?」
「とりあえず現場百篇です。 ウカさんたちも直接目撃したわけではないみたいですし、誰かに話を聞きたいところではあります」
「それなら新人ちゃん、ちょうどよさげな人材があそこにいるけど」
「…………うん、まあ……現場に居合わせてはいるでしょうね」
おかきは頭痛を抑えながら、今までできるだけ見ないようにしていたホールの隅へ視線を向ける。
現場からはほとんどの関係者が避難済みだが、全員ではない。
いくらSICKとはいえ、この短時間でテコでも動かない人間を運び出すのは難しかった。
「……先輩、少しお時間よろしいですか?」
「………………」
APPカンスト済みの後輩に声をかけられようと、中世古 剣太郎は千切りとったスケッチブックの頁に囲まれながらいまだ黙々と絵を描き続けていた。




