Mace World ③
「やあ、中世古君。 その子たちが例の?」
「ん、、連れてきた……」
「……先輩、こちらの方は?」
先行する中世古の後を追うおかきたちがやってきたのは、ファッションショーに向けて絶賛準備中の大ホールだった。
長梯子を用いて照明の調整を行う者や図面とにらめっこしながらランウェイと客席の配備を進める者、皆ひっきりなしに工事を進めている中、作業員と会話中の男性が中世古の登場に気づいてこちらに手を振る。
筋骨隆々の分厚い身体で真っ白なタキシードをビシリと着こなす出で立ちは、一目でただものではないとわかるオーラを放っていた。
「阿賀沙さん……クリスティプロダクションの、社長」
「はっはっは! どうも、阿賀沙 仁文と申します、素敵なお嬢さんたちと出会えて光栄だ。 芸能界にご興味は?」
「あります!!!!」
「しゃしゃんなや山田、あかんあかんウチらには仕事あんねん。 ほか当たってや」
「ふむ、それは残念。 君たちなら事務所のエースを張れると思うんだけどな、とくに後ろの君」
「あはは……」
パツパツの胸ポケットに受け取り拒否された名刺を戻し、忍愛の背後に隠れるおかきへウィンクを送る阿賀沙。
芸能プロダクション社長から見ればカフカの面々は金の卵に見えることだろう。
それでも深追いはせず、咳払いとともに襟を正す切り替えの早さからは経営者の手腕が窺える。
「……さて、改めて確認だが君たちが爆弾処理のエキスパートってことでいいのかい? 正直俺としてはもっとゴツゴツの装備に身を固めたポリスメンが来ると思ったんだけどね」
「爆弾のエキスパートっていうか爆弾魔が一人ムガガモガ」
「ちょい黙っててなぁ山田ぁ〜。 にしてもウチらのことすんなり受け入れてくれるんやな?」
「ん? ああまあね……この業界だとなんというか濃い人材はよく見かけるものだからさ」
「……?」
阿賀沙はおかきたちから視線を逸らし、言葉尻を濁す。
ほんの些細な違和感、それでもおかきは彼の言葉の裏にまだ隠し事があるような気がした。
「…… 阿賀沙さん、こっちが僕の後輩……の甥の親戚の娘のお向かいさんの姪っ子で、探偵してる……」
「ほぼ他人やなそれは」
「ほう、探偵! その年で素晴らしいことだ、連れの方々はワトソン君たちというところか。 殺人事件にはどれほど遭遇を?」
「78件」
「適当言わないでくださいよ、そんなに多くありません」
「なるほど事件自体には何度か遭遇しているわけか、頼もしい限りだ! 今回は人が死ぬ前に解決を頼みたいな、小さな探偵君」
「善処いたします……って先輩、どこに行く気ですか」
「絵を描く」
阿賀沙へおかきの紹介が終わると、中世古は自分の役割はこれまでだとばかりにフロアの隅に座り込んでスケッチブックと向かい合う。
もはやおかきたちの声など届くこともなく、走るペンの動きに淀みはない。 こうなってしまえば彼はテコでも動かないことをおかきは知っていた。
「ハハハ! 初めて出会ったときから変わりないね、中世古君は」
「なんかすみません……あの、ひとつお聞きしたいのですが中世古先輩とはどういったお知り合いで?」
「彼とはプライベートでちょっとね、とっつきにくいように見えてなかなか話すと面白い子さ。 今回のイベントも僕の伝手で誘ったんだよ」
「な、なるほど……?」
早乙女 雄太の記憶にある中世古 剣太郎の性格は、絵を描く合間に人生をやっているようなお絵描き星人だ。
ボドゲ部も主導してGMを務めることは少なく、卓に参加するキャラクターイラストやシナリオの挿絵を描き上げることに楽しみを見出すプレイヤーだった。
そのため社交性は極めて低い、部長と十文字が彼の心の壁を叩き壊して引きずり出さなければ食事や睡眠すら忘れて絵に没頭し続ける。
「ハーイ、Mr.中世古! 今日も恋人とランデブー中か?」
「バーロー剣坊、そこ邪魔になるから避けろってんだよ!」
「中世古さーん! ちょっと舞台の演出について確認したいんですけど……」
「ん……少し待って」
しかし今の彼は阿賀沙のような人物ともパイプを繋ぎ、スケッチブックにかじりつく間にもホール内を行き交う関係者たちから一声かけられるほど良好な関係を築いている。
時間の流れと言えばそれまでだ。 しかし今の中世古の姿は、おかきの知る人物像からは信じられない成長を遂げていた。
「イラストレーターとしての彼の実力は高く評価している、決してひいき目なんかで誘っていない。 だから真偽不明の爆破予告なんかで台無しにされたくないんだよ」
「……危険と言っても説得はできないようですね、わかりました。 念のために聞きますが誰かに恨みを買った覚えは?」
「うーん、こんな仕事してるとしょっちゅう誰かの恨みは買ってるんじゃないかな! ハッハハハ!」
阿賀沙はごつい指輪で武装した掌を豪快に打ち付けながら笑う。
クリスティプロダクションは芸能業界でも一二を争う大手事務所だ、競合他社や経営途上で恨みを買うケースは容易に想像がつく。
なにより阿賀沙本人に問題はなくとも、プロダクションの経営にはあの「妻」が関わっているのだから。
「そうだ、私の娘と妻にはもう会ったかな? 君たちにも紹介しておきたい」
「あー、娘さんはまだやけど奥さんにはたぶん会ったで。 なんというかまあ……強烈な人で」
「オーウ、すでに会ってたか……すまない。 金の卵を見かけると見境が無くなる人妻でね、お見苦しいところを見せてしまった」
四葩の存在は彼にとっても頭痛の種なのか、額に手を当てて天井を仰ぐ阿賀沙。
オブラートに包んではいるが、その反応はすでに妻の本性は知っていると明白に語っているものだ。
「…………」
「おかき、どないした?」
「いえ、なんでも。 阿賀沙さん、今この会場に脅迫状を受け取った方は?」
「えーと、何人か打ち合わせに来ていたね。 探偵君の調査に必要なら私が集め……」
「おかき!!」
冷えた思考を遮る声がホールを劈く。
そして激しい靴音を鳴らし、息を切らして駆けつけてきたのは、陽菜々と合流してくるはずの甘音だった。
「甘音さん? 何があったんですか、姉貴は……」
「――――そのお姉さんが大変なのよ! 悪いけどちょっと来て!」




