それは裏切りの名 ③
「ご主人、我ずっと約束を守っていたぞ」
「ごめんなさいタメィゴゥ……帰ったら美味しいもの食べましょうね、なんでも奢りますから……」
「ややこしい二重事件に絡まれてずっとドタバタしてたからねえ、3日間もほぼ飲まず食わずだったみたいだけど大丈夫なのかい?」
「休眠モードなら3年は何も食べなくて平気だぞ」
「ダチョウの代謝ではないわね、少なくとも」
宮古野と甘音とともに揺られる車内、おかきはタメィゴゥを抱きしめながら平謝りを繰り返していた。
ついてくると言い出したのはタメィゴゥ本人とはいえ、事件にかまけて3日間も彼の存在を忘れていたのはおかきの責任だ。 言い訳もなくただただ猛省しかできなかった。
「気にするなご主人、3年までならノーカンだ。 ちゃんと事件も解決したのだから我もペットとして鼻が高いぞ」
「うぅ……二度とこのようなことが無いよう努めます……」
「まあ本人が気にするなって言うなら落ち込むのも失礼だぜぃ。 それより今後の流れについて報告いいかな?」
「それ私も聞いて問題ないの?」
「構わんよ。 まず2人ともこのままSICKに向かってミームチェック、そして局長からのお説教だ」
「ああ、それもありましたね……」
「なに、結果として異常現象をいち早く制圧したからお咎めもそこまで重くないさ。 事後処理はこっちの仕事だしね」
「そういえば今回は事態の収拾も大変じゃない? リンネちゃんのライブなんて何万人が見てたのかわからないし、おかきのミラー放送だって何人かリアルタイムで見てた人がいるわけでしょう?」
「ああ、あれは全部こっちで用意したダミーだよ」
「えっ、そうなの?」
甘音に対して宮古野が見せたのは、オルクス上で展開されているコメントの打ち込み画面。
すると宮古野は一切画面を操作していないのに、画面に映る配信者へ向けて当たり障りのない応援メッセージが投稿された。
「SICKにも優秀なAIがいるからね、生まれたばかりのぺーぺー量子AIたちを騙して視聴者に成りすますなんてお茶の子さいさいだぜ。 おかきちゃんの動画にコメントしてたのは全部この子たち」
「とんでもないもの作ってたのね……って、そんなAIあるならわざわざこんな遠回りな作戦取らなくてよかったんじゃない?」
「いや、できるだけ穏便な形で収めた方が事後処理も楽なんだ。 それに根本的な解決をしないと第二第三のリンネちゃんが現れるかもしれないだろう?」
「ノイマンさんという協力者がいた以上、イレギュラーもあり得ました。 SICKの技術を動員すれば我々の存在が暴露される危険性もあったわけです」
「なるほど、いろいろ考えてたのねー……で、その裏でなにかコソコソやってたみたいだけど成果は?」
「はい、ここに」
おかきはポケットにしまっていた2本のUSBメモリを取り出す。
片方はひしゃげて片方は金属製のメモリは、どちらも十文字からおかきへ託されたものだ。
「おかきちゃん、なんだいそのUSB?」
「私が個人的に追っている事件と関係があるものです。 キューさん、私事になりますが解析を頼めませんか?」
「なーに今回の功績に対する報酬と考えればどんとこいだよ、ただこっちのメモリは修理から……うん?」
「ん? どうしたのキュー?」
おかきからメモリを受け取った宮古野は、素早く取り出した白手袋を装着し、ひしゃげたUSBを機具も使わず解体していく。
外装を外してあっという間に基盤を引きはがすと、その間からウエハースのように挟まれた玉虫色の金属板を取り出した。
「……なんですか、これ?」
「ただの部品には見えぬな、我の第六感にいやな気配がビンビンするぞ」
「んー、詳しいことは調べてみないとわからないけど前に同じようなものを仕事で回収したな。 たしか危険度としては低いけど陰湿な特性で……おかきちゃん、このメモリはどうして壊れたんだい?」
「それは……その、受け取ったらついカっと怒りがこみあげてきて」
「おかきにしては珍しいわね、山田じゃあるまいし」
「それだよ、この金属板は触れたものの負の感情を煽るんだ。 おそらくおかきちゃんが不信感を持ってUSBに触れたせいで破壊してしまったんだろう」
「むぅ、ご主人の心を弄ぶとは……しかしなぜそのような真似を?」
「“答え合わせ”のためでしょうね、おそらくUSBを破壊された時点で本人に信号が伝えられるような仕掛けも施されているはずです」
「うん、そのようだね。 基盤の裏にマイクロチップがくっついてる、一応後で信号の発信先を調べてみるよ」
「やめておきましょう、罠かもしれません」
宮古野は分解した基板からさらに砂粒大のチップを取り外してみせる。
こちらは玉虫色の金属板と異なり、あくまで現実的な技術の延長線にある代物だ。
それでもおかきには通信を追わせるようなヘマはしない、という部長への嫌な信頼があった。
「USBの中にはキューさんに調べてもらったウイルスと同じものが仕込まれている可能性が高いです、解析するにしてもSICKから切り離した端末が必要になるかと」
「ああ、危険性の低いミーム文章を高速で表示させるあのイタズラウイルスか。 だがおかきちゃん、そんなものを仕込めるってことは……」
「……間違いなく部長は“裏”の世界に足を踏み入れている」
バベル文書の一件からおかきが懐いていた疑念は、今回の事件で確信に至った。
玉虫色の金属板にミーム汚染を引き起こすPCウイルス、どちらも常人が入手できるようなものではない。
そのうえ、命杖や十文字を利用して彼はおかきへ何かを伝えるような素振りを見せているのだ。
「おかきちゃん、さすがにこの件は局長にも伝えるよ。 君一人で追うには危ない事件だ」
「はい……お願いします。 けどもし何か進展があった場合は」
「もちろん君にも伝える。 この2本のUSBも慎重に解析を進めよう、だから大船に乗ったつもりで待っててほしいぜぃ」
「うむ、ご主人には我もついているからな。 タマゴ船に乗って待つといい」
「乗り心地悪そうねー、その船。 心配ならちょっと気持ちがハイになる薬もあるけど一丁処方しとく?」
「脱法じゃないですかそれ? けど……ありがとうございます、2人とも」
おかきも不安な気持ちが無いわけではない、あの部活には思い入れも恩もある。
その部長が危険な世界に踏み込み、ましてやその原因が当時失踪した自分にあるかもしれないともなれば落ち着かないのも無理はない話だ。
それでも今できるのは「待つ」ことだけだ。 仲間に手掛かりを託し、結果が出ることを。
蜘蛛のように張り巡らされた糸の果てに、必ず真相が待っていると信じながら。




