アイドルと電気執事は夢を見るのか ⑤
「……もう一度聞きますけど、心当たりはありませんか先輩?」
「え、えーと……あれねあれ? いやほんとあの件は悪かったなって思ってさーほんとうんうん」
「目バッチャバッチャ泳いでるわよ」
「では原因が分かっているなら両者話し合いで解決してください、私たちはこれで」
「わー待って待って!! 分かった、降参! あーしが悪かったから具体的に教えて!!」
かつての先輩を見捨ててミラー放送を切ろうとするおかきの背に十文字が縋りつく。
部活でブイブイ言わせていた栄光もどこへやら、おかきの目に映るその姿は同一人物かと思えるほどだった。
「……はぁ。 甘音さん、この家からかなり大量のエナジードリンクを押収しましたよね」
「ええ、看過しがたいほどの量だから申し訳ないけど差し押さえさせてもらったわ」
「先輩の平均摂取量は1日に10本前後だったらしいです、このペースで継続的にカフェインを摂取し続けたらどうなりますか?」
「死ぬわよ」
この中で最も医学に長けた甘音が断言するなら、そういう事だろう。
いや、彼女でなくとも1日に10本という摂取量は常軌を逸していると判断できるものだ。
「最初に私たちが先輩と会ったとき、ノイマンさん本人が言っていましたね。 “ストレスでカフェインの摂取量が増えた先輩はこのままじゃ3か月で命の危機に関わる”と」
《…………》
「えっ? えっ? でもあれってノイ的ジョークでは……? いや、さすがのあーしもヤバかったら自制は効くと思うし……」
「私もさすがにそうだと信じたいです。 ですが問題は普段の摂取量からして異常という事ですよ」
「まあ、元から過剰摂取してたんじゃストレス関係なくとも早死にするわね」
「先輩、リンネちゃんの活動を続けるために無茶をしていたでしょう? 100時間の総編集動画から配信時刻を割り出した限り、規則的な休息をとっていたとは思えないスケジュールでした」
『“年末年始大コラボ48時間MC”はリンネちゃんを語るうえで欠かせない伝説だ、そのほかにもファンの間じゃリンネちゃんの睡眠時間は大きな謎として語られてるぜぃ』
「えっと……つまり、ノイはあーしに無茶させないためにリンネちゃんを辞めさせようと?」
「それが私の出した結論ですが、相違ありますか?」
全員の視線がスマホの中に映る執事へと集まる。
そしてすでに隠し事はできないと値を上げた彼は、ゆっくりとその口を開く。
《……私に与えられた命題は1つ、“リンネちゃんを通して1人でも多くの人を幸せにすること”でした》
「だ、だったらなんであーしの……」
《その中にはもちろんあなたも含まれているのですよ、ユーザー》
「……あー……そういう?」
《最大多数の幸福を目指すうえで、リンネちゃんのパフォーマンスは最長期間発揮されなければならない。 そんな時に生まれたのが“彼女”でした》
『仮に画霊と呼称しようか、多くのファンから向けられた思念によって生まれた電脳生命体だね?』
《はい。 初めは弱弱しくファイアウォールに引っかかれば消し炭にあるほど脆弱な存在でした、しかしリンネちゃんという存在を学習させるほど彼女は成長していった》
「そこであなたはリンネちゃんという存在を代行させようと考えた、先輩の体を労わって」
《どうやらユーザーはとても優秀な後輩に恵まれたようですね。 ええ、すべてあなたの推測通りですよ》
どこから取り出したのか、あるいは今即興でモデルを作ったのか。 ノイマンは片手に持った白旗を振って見せる。
それは万国共通の降参表明、量子の世界に生きる犯人は目の前の探偵に敗北を宣言した。
「と、言うわけです先輩。 反省してください」
「量子AIなんて存在に早死にを心配されてるって相当よ? ちゃんと治療受けなさい」
「ぴ、ぴえん……ごめんノイ、まさかあんたにそこまで心配をかけてたなんて……」
《いえ、もしユーザーが亡くなっても代用計画は無事に進行していたので問題はありませんでした》
「心配してなかったんだ!?」
『AIゆえの無感情さというかなんというか、まあ彼なりに自分の主の身を想っていたとは思うよ。 というわけで、降伏宣言ならあのリンネちゃん(偽)をどうにかしてほしいな』
《抵抗はもはや無意味ですね、あなた方の保有技術を予測すれば私たちが逃亡できる可能性は0.014%。 ですが、許されるのであればこのライブが終わるまでお時間をいただきたい》
『それはなぜだい?』
《それはもちろん――――大切に育てた我が子の初舞台ですから》
――――――――…………
――――……
――…
《うわーん! リンネちゃんのことはどうしてもいいからママのことは許してー!!☆》
「うーん、許す!!」
「許すんですね」
無事にライブが終わると、リンネちゃん(偽)は挨拶もそうそうに切り上げて十文字のスマホへと戻ってくる。
そのままの勢いで滝のような涙を流し、画面にへばりつく彼女は生きているとしか思えない不思議な質感を有していた。
「まああーしの分身みたいなもんだし、理由聞いちゃうとどうしてもねえ……」
『とはいえだ、こちらとしても“よかったね”で終わらせることはできない。 彼女の身柄は預かることになる、そこの執事君もね』
《えっ、ママも!? いやいや、悪いのはリンネちゃんだけじゃん!!☆》
「事件に関与していた以上そういうわけにもいきませんからね、ノイマンさんも電脳生命として意思が確立されている可能性があります」
「マ!? あーしもしかして二児の母……ってコト!?」
《うーん、リンネちゃん的にはママはママだけだし☆ 中の人は……お姉ちゃん?》
「それもアリよりのアリだわ」
「はいはい、先輩はこっちに来てください。 あとで甘音さん主導のカフェイン中毒者講習もありますから」
「ぴえ~ん!」
これから異常存在である2名に対し、SICKによる説明が始まるため、おかきは部外者である十文字を引っ張り出す……《《という体で》》彼女をつれて隣の部屋へ移動する。
適当に入ったのはおかきが100時間の動画を視聴するために利用していた倉庫部屋。
甘音も宮古野もほかの作業に従事しているため、部屋の中にいるのはおかきと十文字の2人だけだ。
「少々お待ちください、もう少しで甘音さんも戻ってくるはずですから」
「うぅ、ずいぶん立派になっちゃったね早乙女ちん……背はこんなに小っちゃくなったってのに」
「背丈のことは関係ないでしょうが。 そういう先輩は本当何も変わってませんね」
「えっ? そうかなー……っと、そうだ。 変わってないといえば早乙女ちんに渡すものがあったんだわ」
頭上に電球を閃かせて何かを思い出した十文字は、懐から一本のUSBメモリを取り出す。
何の飾り気もないUSBの表面には、ゴシック体で「早乙女へ」と印字された無機質なテープだけが貼り付けられていた。
「……これは?」
「部長から。 もし早乙女ちんがうちにきたら渡してくれって頼まれてたの、ついこの間ね」
「どうしてそんな大事なことを忘れちゃっていたんですか……」
「しょうがないじゃんあーしも色々あったんだからさー! とにかくたしかに渡したよ、何が入ってたかあとで教えてね」
「もう本当に十文字先輩は……」
ため息をつきながら、おかきは差し出されたUSBを受け取る。
見た目通りの重量、スケルトン仕様の外装は電灯に透かせば中身の回路がうっすらと見える。
観た限りは何の変哲もない、ただのUSBメモリだ。 ――――それをおかきは床に落とし、ためらいもなく踏み潰した。
「………………さ、早乙女ちん? なにやってんの?」
「演技はもう結構ですよ、リンネちゃんの事件は解決しました。 それでは今からもう一つの真相について話をしましょうか」




