アイドルと電気執事は夢を見るのか ①
「ふーむ、PSY数値も風水も魔素も正常値の範囲内……あっ、ちょっと龍脈だけ乱れてるな。 現実強度が歪んだのもこれが原因か」
おかきたちがコンテナハウスで作戦会議を繰り広げている一方、遠く離れたSICKの地下基地では多数の数値が揺れ動くモニターを宮古野がしかめっ面で睨みつけていた。
数値の正体はおかきがコンテナハウス内で測定したあらゆる異常現象の原因となる要素の集積データであり、そのほとんどが「異常なし」と告げている。
ただ一つ、現実空間に関する強度を除いて。
「とはいえだ、とはいえこれは……」
「どうした、何かトラブルか?」
「おっと局長、ちょうどいいところに。 これを見てくれ、こいつをどう思う?」
宮古野がうんうん唸っていると、その後ろからコーヒーカップを持った麻里元が画面をのぞき込む。
特に宮古野が強調して見せたのは現実歪曲指数、今回の測定結果で唯一軽度な異常地として検出された項目だった。
「これは……すごく、小さな変異だな。 おかきたちの案件か?」
「うぃ、例のリンネちゃん事件の被害者宅を検出した結果さ。 見ての通り空間中の現実は多少歪んでいるけど……ごく微小な数値だ」
「ああ、これならリンネちゃんなる存在が独り歩きするか怪しいラインだな。 もちろん無いとも言い切れないが……」
「おいらとしてはもう一押し、原因となる何かがあったとみている。 それに自慢の息子たちも同じ意見のようだ」
はにかむ宮古野がキーボードを叩くと、数多の数値を表示した画面が切り替わり、AIによる演算が開始される。
それはコンテナハウス内の環境から今回発生したリンネちゃん(偽)が現れる可能性をはじき出すためのシミュレートであり、計算しているのはSICKが誇る5台の量子PC。
なにも珍しいことなのではない。 時代の技術力が量子の計算領域に足を踏み入れた昨今、暇と技術を持て余した野生の天才なら自作可能な“電卓”でしかないというのが宮古野の見解だった。
ゆえに宮古野は十文字 黒須という天才がノイマンというAIを作成したことにも驚きはない。
むしろ彼女が疑問に思っているのは……
「……演算結果は再現率4.2%、今回のリンネちゃんも自然発生とは思いにくい。 これに関しては現実歪曲案件に疎いおかきちゃんは気づかないだろうからね、またあとで連絡とらなきゃな」
「そうか、ところでこのドローンはお前の私物だろう? 物資搬入倉庫に降りてきたぞ」
「おっとそれはたしかにおいらのおんそく君3号。 そうか、おかきちゃんに測定器届けたのが送り返されて……うん?」
「なんだ、私はどこも壊してないぞ」
麻里元から渡された小型犬サイズのドローンを受け取ると、宮古野は首を傾げた。
おんそく君3号は最高で亜音速を出せる自慢の逸品だ、定期的なメンテナンスも怠っていない。
だからこそ気づいた重心の違和感。 確認のために胴体のバッテリー蓋を開いてみると、そこには1枚のメモ用紙が挟まっていた。
「……おかきちゃんの字だ。 ラブレターかな?」
「もしそうならお前に局長の座を譲ろうか。 早く内容を見せろ」
「へいへい、そう焦るなってもー……っと、これはこれは。 そういうことか、おかきちゃん」
――――――――…………
――――……
――…
「どう? ガハラちゃんこれどう!? エモくね!?」
「うーん、おかきらしさは消えているけどたしかにリンネちゃんに似てるわね……ありだわ」
「なしですよこんなの」
SICK地下にて局長・副局長の2人が密談しているころ、コンテナハウスでは姦しい着せ替えショーが行われていた。
執行者は甘音と十文字の2人、そして犠牲者は藍上 おかき1人。 邪魔なテーブルなどをのけて作られた空間には、リンネちゃんのコスプレを着せられたおかきが立っていた。
小さい背丈に似合わぬブカブカ&ヒラヒラの服、細かい模様が刺繍されたスカート丈は不自然なほどに短い。
頭に∞の形をした輪っかを取り付けられたおかきの顔からは、表情筋が悉く死滅していた。
「なんですかこれ、どういうことですかこれ。 説明を求めます、私は今冷静さを欠こうとしている」
「まあ落ち着きなさいおかき、まずは鏡見て何か一言どうぞ」
「今すぐ舌を嚙み切りたい気分ですね」
「似合ってるって早乙女ちん、あーしが保証するって。 リンネちゃんもおかきも作者が同じなんだぜ?」
「たしかにそうですが……」
おかきは改めて自分の姿を鏡越しに確認するが、リンネちゃんと似ていると言っても少し面影が重なる程度だ。
あくまで作者の描き癖でしかない類似点、ファンでなくとも違いは一目瞭然といっていい。
「第一私がコスプレしてどうするんですか、相手は2Dのキャラクターですよ?」
「いやあ今の早乙女ちんだって半分二次元みたいなもんじゃん? それに2D3Dの問題はどうとでもなるよ、あーしには“モルフェウス”がある」
続けて十文字が隣の部屋から引っ張り出してきたのは、びっしりとカメラレンズが取り付けられた組み立て式の骨組みと円柱状のデスクトップPC。
そのまま演者であるおかきを加工用にセッティングされた骨組みこそ、十文字が誇るバーチャル配信用モデリングソフト“モルフェウス”だ。
「カメラで捉えた人物から3Dモデルを作成。 そして配信画面の画角に対して2Dに見えるようにモデルを歪めるモデリングソフト、それがモルフェウスよ。 視聴者から見ればまるでアニメがヌルヌル動いているようなモーションにしか見えない、おまけにどんなに細かいヒラヒラつけても破綻しない物理エンジンも積んでるパーペキソフトっしょ」
「つまりこのリンネちゃんコスプレおかきがリンネちゃんそっくりになるってこと?」
「しかしリンネちゃんの3Dモデルは作れないはずじゃ……?」
「いいや、必ず抜け道はある。 リンネちゃんそのものを作るんじゃなく、リンネちゃんにほぼほぼ酷似したそっくりさんならどうよ?」
《ユーザー、すでに試行した結果では類似性が8割近くを超えると……》
「そのとおり。 リンネちゃんモデルは作ったそばから消えちゃう、なら常に新しいモデルを作り続けて動かせばよくねって話」
「せ、先輩……それってまさか」
「さすが早乙女ちん、察しが良いねえ。 というわけでお願い! 3日後のライブ中、あーしの代わりにリンネちゃん演って!」




