リンネちゃんの本音 ⑤
「……キューさん、計測方法はこれで合ってますか?」
『OKOK、初めてにしてはうまいもんだ。 えーと現実歪曲指数は……あーやっぱりちょっと下回ってんね』
「ちょっとちょっとちょっと、なに始めてるの2人で。 えっ、さっきの話終わり?」
SICK製のドローンが運んできたスマホサイズの計測器を用い、コンテナハウスの内部をくまなく調べ始めたおかきの肩を甘音が掴む。
「偽物のリンネちゃんは本物である」という矛盾めいた結論を述べたおかきは、それ以上の説明は不要とばかりに別の作業を始めてしまったのだ。
「はい、今話すべきことではないと思いますので」
「なんでよー! 勝手に結論だけ話して2人で納得しないでよー! ねえ、おかきの先輩さんもそう思わない!?」
「えっ、あっ、うん。 いやーリアル探偵ムーヴ見て感動しちゃった」
「感激してる場合じゃないでしょ! おかき、真相がわかったなら教えてよ気になるわよー!」
「3日後のタイムリミットまで時間はありますから。 それよりキューさん、この数値はまずいんですか?」
『いや、土地柄の問題だと思う。 この程度の数値なら場所によっては珍しくない、昔から幽霊が出るなんて噂話はなかった?』
「あっ、それハウスのオーナーから言われてた。 だからこのコンテナも安く設置できたって」
「ぐぬぬ……完全に蚊帳の外だわ!」
完全に話題に乗り遅れた甘音は独り、提示された謎に後ろ髪を引かれながら爪を噛む。
もう半分は藍上 おかきはすでに事件の真相に迫っているというのに、助手を気取っていた自分は何もわからないというこの状況はまさに歯噛みする思いだった。
「……ふぅー、まあいいわ。 ちゃんと話す時が来たら私にも教えなさいよ」
「ええ、もちろんです。 その前にまずその現実歪曲指数?というのはどうすればいいんですか?」
『現実歪曲指数は文字通り、その空間の現実がどれほど歪んでいるかを示す数値さ。 平均的な現実値を1として、0に近いほど現実が曖昧になる』
「マ? うちの仮住まいそんなヤベーとこなん?」
『いやいや、この空間の数値は0.99888...ほぼほぼ1に近い。 住み続けても実害はほぼ0だよ、まあたまに強い残留思念が映像となって現れることもあるけど』
「あるじゃん、害!」
『なあに実態を持った名状しがたい何かが襲いかかってこないなら誤差みたいなものさ。 だけど、リンネちゃんが悪さしてる原因はこれかな?』
「大勢の思念がこの一部屋に集まったから、ですね」
ごく小さな力だが人の思いや願いは現実を変える力を持つ。 そしてリンネちゃんの配信を行っていたこの部屋は、現実が歪みやすい空間だった。
配信を通してこのコンテナハウスに集まった何万何億という思念、それが独り歩きしているリンネちゃんを形作った原因である、というのがおかきと宮古野の推測だ。
『念のため現実補強用の呪具を手配しておこう、ウカっちお手製ご利益たっぷりのお札だ。 新聞や宗教の勧誘も退けられる』
「神アイテムじゃん、余裕でお金払うが?」
『いいやタダで結構、その代わり他言無用だよ。 再発防止も兼ねているからね』
「たしかに、今回の事件を解決したとしても環境が変わらなきゃ新しいリンネちゃん -コピー(2)が生まれる可能性があるわね」
『無垢な悪意が見える名前はともかくとしてその通りだ。 まあネオニューリンネちゃんの誕生はこれで防止できるとして、問題は……』
「今絶賛暴走中のリンネちゃんですね」
これに関してはおかきも頭を悩ませる問題だった。 探偵の仕事は謎の解明であり、犯人の捕縛ではない。
ましてや相手は実体なき電脳の犯罪者、手錠を掛けようにも捕らえるべき肉体が存在しない。
「ライブ自体は不遜にもあーしのオルクスで配信するみたい。 ライブ中にサーバー落として閉じ込めよっか?」
「わざわざ犯行声明を出しているからには相手もそれなりの備えがあるはずです、強引な手段は余計にリンネちゃんの評判を落とすだけかと」
「そうだった……ファン的にはあっちも私も同じリンネちゃんだもんね。 ああもう面倒くさーい!」
『そうだね、だからまずはその先入観を切り離す必要がある』
「と、いうと?」
『予定通りのプランAだ。 おいらたちはあのリンネちゃん(偽)と直接対決し、彼女の方が偽物だと糾弾する』
「人の思念が集まって生まれた電脳生命体なら、皆が偽物と信じれば彼女の存在は消えるはずです」
「でもおかき、あんたさっきリンネちゃん(偽)が本物って言ってたじゃない」
「ええ、彼女は先輩が演じる本物のリンネちゃんと遜色がない。 ゆえに私たちは本物を偽物だと証明する必要があるわけです」
「――――なるほど、つまりあーしに観客全員を騙せってことだな?」
おかきの意図を察した十文字が目を細めて笑う。
おかきは知っている、ボドゲ部で最も悪さをしていた在りし日と同じ顔だと。
対面するプレイヤーの予想や警戒を踏み越え、身内メタをも軽々とあざ笑いながらすべてのクローンナンバーや忍者どもを焼き払う悪魔の笑みだと。
「偽物のリンネちゃんが本物で、その本物を偽物だと騙して……なんかややこしくなってきたわね」
『難しく考える必要はないぜぃ、要するに今から黒いカラスが白いと言い張って全員を信用させるのさ』
「無理じゃないそれ?」
「無理無茶無謀は燃えてくるってもんっしょ! さーて、だけどどうやってあのリンネちゃんとタイマン張ろうかってとこよな?」
「リンネちゃんアバターは使用不可、声もモーションも互角。 別のアバターを3日で仕上げても当然観客に心象は向こうに寄り添いますね」
「無理じゃない???」
『なあにまだ時間はあるんだ、諦めるのは早い。 例えば似たような見た目をこしらえれば多少は人目も誤魔化せるかもしれない』
「似たようなアバター、ね」
「うーん、あーしのリンネちゃんに似ているモデル……」
「……? 先輩? 甘音さん? どうしてこっちを見ているんですか?」
まるで示し合わせていたかのように、2人の視線がおかきへと集められる。
不穏な空気を感じたおかきは無意識に後退するが、その先にあるのは壁だけだ。
「……いたわね、ここに逸材」
「それな。 よし、試しにちょっといじくってみよっか」
「待ってください、2人ともにじり寄って何をするつもりですか? そっちがその気なら私だって抵抗しますよまずは弁護士を呼んでください弁護士をうわあぁー!?」




