探さないでください ⑤
「事後報告となり誠に申し訳ありません……」
『なに、反省してくれたならそれでいいさ。 ただ帰ってきたら説教は覚悟しておくように』
「はい……」
十文字仮住まいのコンテナハウスにて、おかきはテーブルに立てかけたスマホに向けて美麗な土下座を披露していた。
テレビ通話ではないため画面向こうの麻里元におかきの姿は見えていないが、謝罪しなければという気持ちが自然とおかきをそうさせたのだ。
『今回の件は不幸中の幸いだな、君たちが先んじて対象と接触してくれたおかげで事がスムーズに運んだ。 我々もリンネちゃん失踪事件については調査を始めていたところでね』
「なんだか局長の口からリンネちゃんと言われるとシュールですね」
「というかSICKって動画配信者の休止理由まで調べなきゃならないのね」
『異常だと思えば動かなければ間に合わない仕事だからな、ゆえに君たちの行動は不問と処そう。 だが本来ならばもう少し重いペナルティもあり得た話だ、以後気をつけるように』
「はい……しかし局長はどうして私たちの動きが分かったんですか?」
『勘だ』
その一言で切り捨てられた疑問に、おかきはすべてを諦めた。
この先あらゆる隠し事はただ理不尽な直感で暴かれるのだろう、と。
『……というのは半分冗談だ。 警官にSICKの符帳を伝えただろう? エージェントの動きは常に私の耳に入るものと思え』
「脅かさないでくださいよ……というか半分は本気じゃないですか」
『そういうわけで先行調査は任せるが、深入りだけはしないように。 必要な物資などがあれば適宜連絡をよこせ』
「それならさっそくですがキューさんにアプリケーションの精査を頼みたいです、ただのバグか異常現象なのか白黒つけておこうかと」
『わかった、私から話を通しておこう。 ところでおかき、問題のリンネちゃん本人はそこに居るのか?』
「本人というか、中の人ならまあ一緒にいますけども」
『ならくれぐれも目を離すな。 もし“アプリから逃げ出した”という推測が正しければ、アバターという呪縛から抜け出したキャラクターがどんな報復を考えているかわからない』
「わかりました、肝に銘じます」
作劇の世界から逃げ出したキャラクターが創造主を手に掛ける、その前例をおかきは知っている。
子子子子 子子子、自らの弱点を闇へ葬るために原作者を殺したカフカ。 思えばリンネちゃんと十文字の関係もカフカと似ているものかもしれない。
「早乙女ちーん、怖い上司さんとの話は終わった? よけりゃあーしが上手いこと誤魔化しておこっか?」
「いえ、先輩でも手を焼く相手ですから……そんなことより、少し状況が変わったのであらためて話をさせてください」
「ふーん、部長以外にあーしがてこずるって君が断言するか。 面白そうじゃん、とりまそっちの話聞かせてよ」
――――――――…………
――――……
――…
「ふーん、カフカにSICKかぁ……いやマジで面白いことになってんね?」
「当人としては笑えないんですよこの病」
「そりゃそっか。 それで、リンネちゃん失踪も何かこの世ならざる的なアレって感じなん?」
「可能性があります、なのでそのアプリを詳しく解析させてもらえませんか?」
「ん、おけまる水産」
おかきが自らの事情を開示し、裏で世界の平穏を守る組織について説明すると、十文字はあっさりとスマホを差し出した。
余りに突拍子もない話だというのに、それはかつて同じ卓を囲んだ後輩への信頼か。 おかきは掌にのしかかる端末の重みをしっかりと受け止める。
「甘音さん、キューさんに連絡してこの端末情報を渡してください。 あの人ならクラッキングも容易いでしょう」
「わかったわ、けど堂々とSICKについて話しちゃってよかったの?」
「十文字先輩は裏切り下郎ですがいたずらに世を混乱させるような人じゃないですよ、そこだけは信頼しています」
「うぃー、まあ他人に喋ってもあたおか扱いされるだけだし。 そこまで力ある組織ならあーし一人消すのも簡単っしょ?」
「かつての先輩相手にあまり言いたくない話ですが……可能でしょうね」
「こっわ、近寄らんとこ。 んでスマホの解析ってどれぐらいで終わるん?」
「おかき、キューから返事来たわよ。 終わったって」
「「はっや」」
スマホを渡してまだ3分も立っていない、カップラーメンも出来上がらない時間だ。
しかし甘音が抱えたスマホの画面にはカメラに向けてピースを向ける宮古野の姿が映っている、十分な成果を誇示するかのように。
『いぇーい、リンネちゃんが関わる仕事と聞いて爆速で終わらせたぜー! 褒めて褒めて、あとサインちょうだい!』
「やばかわ、早乙女ちんも可愛いけどこの子も逸材じゃん。 秘密組織こんなんばっかか?」
「さすがですねキューさん、でもサイン交渉は後です。 まずは結果を教えてください」
『ういうい、まず結果から言わせてもらうとアプリ内に改ざんの痕跡はあったよ』
「キューちゃんっていうの? あーしともお話してくれないかな、具体的にはどんな改ざんなん?」
『わあ知らない人からリンネちゃんの声が聞こえる、脳がバグりそう! えっとねー、セキュリティに穴があけられてたんだ!』
テンションが高い宮古野が手元のキーボードを操作すると、カメラ通話からプログラムが羅列された画面へと切り替わる。
おかきと甘音には何がなにやらさっぱりだが、高速で流れるプログラムを一瞥した十文字は悔しそうに顔をゆがめた。
「……マジかー、あーしたちもチェックしたんだけどな」
『おいらも事前にチェックしたって話を聞いてなかったらここまで調べなかったよ。 これは外からハックされてない、2人にもわかるように話すと内側から鍵を開けたって感じかな』
「いやー、そりゃわからんわ。 正常な設定の範疇で抜け出してんだから、チートでもハックでもなくグリッチに近い」
「よくわからないけどすごく巧みに抜け出したってことね、《《リンネちゃん本人が》》」
『うん、そうなるね。 よほど高度なAIを積んでない限りこれは異常なことだよ』
当然だが配信用のアバターにそんなAIを積む必要は一切ない。
つまり本来なら思考も意思もないはずの「リンネちゃん」が、自力で十文字たちの目を欺いて逃げ出したことになる。
『おかきちゃん、おいらたちは今回の事件を以上事件と認定し……ん? どしたの局長? えっ、テレビ? ニュース?』
「キューさん、どうかしましたか?」
『いや、局長が今すぐテレビを点けてくれだってさ。 そっちにある?』
「ういうい、もちろんあるよ。 ほぼゲームにしか使ってないけど」
若干埃が溜まったリモコンを持ち出し、十文字が壁際のテレビを点灯させる。
時間はすでに昼下がり、ちょうど午後のニュース番組が報道されている時間帯だが……
『――――うえええええい! みっなのものー! おはこんばチワワー、リンネちゃんだっぞー!』
「…………は?」
そこには原稿を読むニュースキャスターの姿はない。
画面いっぱいに映っていたのは、現在失踪しているはずのリンネちゃんその人だった。




