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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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探さないでください ④

「なにこれ、人型のシルエット?」


「……先輩、これは?」


 シンプルな背景と人型に切り抜かれた白と灰色のチェック模様、おかきにはそのシルエットに見覚えがあった。

 特に特徴的な人型の上に浮かぶ天使の輪を模した「∞」状のリング、それはリンネちゃんを象徴するチャームポイントだった。


「リンネちゃんの配信用アプリ、本来ならここにリンネちゃんが立ってんの。 そんでモーションキャプ起動してあーしの動きと連動して動き出す」


「へー、バーチャル配信者ってこんなの使ってるのね。 でもいないわよ、リンネちゃん」


「それな。 だから困ってんのよ、3日ぐらい前からリンネちゃんが画面から消えちゃってさ」


「消えた、ですか……バグなどではなく?」


《ユーザーと私がソースコードの隅々までダブルチェックいたしました、プログラムに不備はありません》


「再起動も何度か試してスマホも変えてみたけどまるでダメ、古いモデルデータも入れ直してみたけど全部この白抜け状態よ。 もうぴえん超えてぱおん超えてずどんよ」


「……ねえ、なんとなくスルーしてたけどスマホ越しの喋ってる人って誰?」


《ああ、申し遅れました。 わたくし超高度量子演算AI“ノイマン”と申します、以後お見知りおきを》


 ポーンという軽い通知音を鳴らしながら画面が切り替わると、執事服に身を包んだ羊が甘音たちにむかってうやうやしい一礼を見せる。

 それは甘音の疑問に対する反応、ぎこちなさなどかけらもない流麗なモーション、そし画面越しでもわかるてもふもふの毛並み1つとっても生きているような質感を思わせるAIだった。


「超高度……()()()()?」


「ん、これからの時代一家に一台量子PCっしょ」


「さすがにその時代が来るのはまだまだ先では?」


「おかき、あんたの先輩ヤバいわね」


「好きなものには妥協しない、期待を裏切るためならなんだってする。 それがリンネちゃん様のモットーでーす☆」


「変わってないですね。 それより故障じゃないならこれはいったい……?」


 再度画面を切り替えてもアプリにはリンネちゃんの姿はなく、やはり白と灰色のシルエットが佇んでいるだけだ。

 念のため本人に許可を取ってからおかきは何度か画面をタップしてみるが、やはりシルエットに反応はない。


「設定やメニュー画面への遷移はできる、他のゲームアプリなどは正常に機能……やはりこのリンネちゃんのシルエットだけがおかしいようですね」


「でしょでしょ? だからさー、逃げちゃったんだよ私のリンネちゃん!」


「逃げるったって……」


 甘音は口から飛び出しかけた言葉を飲みこむ、リンネちゃんはただのデータだなどという常識は捨てなければならない。

 出資者とはいえSICKに関わる身なら嫌でも知っている、ありえないことが起こるのがこの世界だと。


「……おかき、どう思う? もちろんただの勘違いだって可能性もあるけど」


「とりあえず詳しい話が聞きたいですね。 先輩、お家にお邪魔しても?」


「んー、おけまる水産。 女3人そろって仲よくしようぜー!」


「いえ、私は……まあややこしくなるからいいか」


――――――――…………

――――……

――…


「というわけで、ようこそ我が家へー! つっても身バレ対策にいくつか持ってる借家の1つだけど」


「借家ってこれ……コンテナじゃないですか」


 スキップしながら先行する十文字に案内されて到着したのは、さびれたコンテナがいくつも積まれた空き地だった。

 しかしそのうちの一つを開けて中に入ると、内部にはカーペットが敷かれて何台ものパソコンが接続された居住空間が広がっている。

 一般的な住居と遜色がない、それどころか優っている気さえする内装だ。


「コンテナハウスってやつ、来年売り出す予定であーしはそのテスターってわけ。 まあ好きに座ってよ」


「すっご、2階まであるわ。 こりゃまともに探してたんじゃ見つからなかったわね」


「いい隠れ家っしょー。 それで、リンネちゃんの話よな?」


 高そうなゲーミングチェアをきしませながら、背もたれに両手と顎を乗せた十文字がおかきたちへ向き直る。

 2人(とリュック内の1匹)も居住まいを正して適当な椅子に着座すると、彼女はぽつぽつと失踪事件について話を始めた。


「まず異変に気付いたのが3日前の朝、配信のためにアプリ開いたらこの状態だったわけよ。 いやあ焦ったねマジで」


「3日前、SNSで休止宣言を発表した日ですか。 原因に心当たりは?」


「全くナッシング。 早乙女ちんも知ってるっしょ、十文字 黒須は清廉潔白が服を着て歩いているような人間だってさ!」


「3日前、SNSで休止宣言を発表した日ですか。 原因に心当たりは?」


「おっとあーしの名演なかったことにされたぞ?」


「それにしても配信できないのは困ったわね、仕事しなきゃお金も稼げないわけだし」


「いや貯金は億単位であるからもんだいないけどさ、単純にリンネちゃんが動かせないのは困るんだよねー。 見ての通りほかの媒体でも弄れなくてさ」


 十文字がパソコンを起動すると、さきほどおかきたちが見せられたスマホアプリと同じ画面が点灯する。

 やはりこちらでもリンネちゃん型のシルエットだけが表示され、本人の姿はどこにもない。 マウスカーソルであちこちをクリックしても反応がない点も同じだ。


「これ以外にも保険の配信ソフトはいくつか用意したけどさ、肝心のリンネちゃん3Dモデルデータがないから意味ないんだよねー」


「新しいモデリングは作れないんですか?」


《すでに私がパターンを変えて2187回ほど試行しました、しかし71.8%以上リンネちゃんと類似するモデリングデータを挿入するとエラーが発生します》


「だからってこれ以上似てないリンネちゃんを作ってもそりゃただのパチモンだかんね、こんなトラブル困った困ったコマドリブラザーズってわけー」


《この3日間でユーザーのストレス指数、およびエナジードリンクの摂取量は平均を大きく超えています。 このままの生活を続ければユーザーの肉体はあと3か月ほどで破滅的結末を迎えるでしょう》


「というわけであーしの命の危機なのさ」


「いやわかってるなら止めなさいよ」


「ふむ……」


 制作者本人と高度なAIがダブルチェックを行い、プログラム上の問題はないと断言している。 だというのにアプリ上でリンネちゃんを再起動することはできなかった。

 異常と言えばたしかに異常だが、SICKが動くような異常事態かと言われればおかきには判断できない。


「いっそキューに相談してみる? 私たちよりずっとこの手の話は詳しいわよ」


「しかし、今日先輩と会っていることは秘密で……」


 しかしそんな懸念を予期していたかのように、ポケットにしまっていたスマホが着信を伝える。

 嫌な予感を胸に抱きながらおかきがスマホを取り出すと、画面には短いメッセージがポツンと表示されていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

         【麻里元】

         >何か隠し事はしていないか? 悪い子め


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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― 新着の感想 ―
[一言] ひぇっ……このタイミングで連絡が来るとか、完璧にバレてるんじゃ……
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