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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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182/581

探さないでください ③

「……ふぅ、とりあえず応急処置は終わったわ。 急所は避けてたのは幸いね、救急車が来るまでそのまま安静に」


「あ、ありがとうございます……女神様……」


「甘音さん、店員さんの容態はどうですか?」


「こっちが女神様……?」


「おかき、塩持ってきて塩。 傷口に塗りこむから」


「何があったんですかちょっと目を離した隙に」


 おかきがレジ裏を覗き込むと、すでに甘音の処置は終わっていた。

 店員の腹部に刻まれた刺し傷には綺麗に包帯が巻きつけられ、出血もほとんど止まっている。

 顔色は悪いが呼吸も脈拍も安定しているため、このまま救急車の到着を待てば安泰だ。


「へえ、やるじゃん白髪の子。 将来はお医者さん的な?」


「まあ家柄が家柄だから手当の作法ぐらい齧ってるけど……って、そんなことよりヤクザに追われてんじゃないのアンタ!?」


「ああそれ嘘、凶器持って気が大きくなったやつは冷や水ぶっかけられるとビビって逃げ出すから。 通報してるし捕まるのも時間の問題っしょ」


《ユーザー、警察無線を傍受しました。 コンビニ急行途中のパトカーが凶器を持って走る男を逮捕したとのことです、すでに我々より早く通報した方がいたようですね》


「うぃー、さっすがー! んじゃま、あーしはエナドリ買って帰るから聴取はよろー。 うー寒い寒い、上着どこに脱ぎ捨てたっけなー……」


「待ってください十文字先輩、まだこちらの用事が終わってません」


「えっ? えっ? えっ? おかき、先輩ってまさか……ボドゲ部の?」


 さっさと面倒な現場から引き揚げようとする女性と、それを引き留めるおかき。 状況が飲みこめない甘音は両者の顔を交互に見上げる。

 しかしそもそもこの地に来た目的、そしておかきが「先輩」と呼ぶ人物。 2つのヒントから考えれば、女性の正体はおのずと見えてくる。


「ボドゲ部……? ちょっと、なんでその名前が出てくるの? ってかなんでちびっ子ちゃんが私の名前知ってるわけ?」


「それについては後々説明させてもらいます。 甘音さん、こちらが十文字じゅうもんじ 黒須くろす先輩。 ボドゲ部の詐欺師担当です」


「詐欺師」


「んー、久々に聞いたぞその呼び方。 まさか、君……部員の誰かの娘ちゃん!?」


「子どもではないです。 話せば長くなるので腰を据えて話したいのですが、お時間はありますか?」


――――――――…………

――――……

――…


 十文字 黒須。 部員内からの評判は「詐欺師の擬人化」「声帯型変声機」「稲川淳二の生まれ変わり」「人の心が分かってるタイプの外道」「二度と喋るな」、そしておかきが知る限りの彼女を一言で表すなら「裏切りの天才」だった。

 口先三寸さえ挟めるならどんな場面であろうともかき回せる技術を持つ、実際の卓でも彼女の役割は大抵トリックスターだ。

 とくにPvPが認められるシナリオでは最有力警戒対象に指定され、予想だけは裏切らずに大暴れする。 そんな化け物だった。


「――――なるほど、つまりそこのメカクレ美少女が早乙女ちんってこと? どこで手術してきたん」


「手術したわけじゃないんですよ」


「ならあれか、成長期ってやつ。 人の可能性ってすごいな?」


「成長どころか縮んでんですよ、身長」


「…………ねえおかき。 口を挟んで悪いんだけど、今喋ったのって全部同じ人?」


「甘音さん、このくらいは序の口ですよ」


 店員を乗せた救急車を見送り、人気のない寂れた公園に移動したおかきたち。 その背中を追ってきた甘音は戦慄する。

 目の前でつらつらと喋る女性の声は見た目通りの若々しい声からだんだん腰の折れた老女のような声へと変わり、最後には渋い男性の声へと変わっていた。

 

「動画のリンネちゃんも同じ芸当を見せていたでしょう? この人は自分の声を自由に弄れるんです、ニュートラルに()()している声色も地声なのか定かじゃありません」


「……へぇ? あーしのことよく知ってんじゃん、あんたマジで早乙女ちんか」


「ええ、非常に複雑でどこまで説明していいかわからないんですけどね。 信じてもらえないなら部活のあの話を暴露してもかまいませんが」


「いや、面白そうだから信じるし。 ってか警察相手に権力的なもん振りかざしてたじゃん、普通じゃないっしょ」


「その件については私も驚いたわよ、おかき」


 本来ならば3人はコンビニ強盗に巻き込まれた身、無事に店員を見送ったとしてもその後は長い長い事情聴取が待っていたはずだった。

 しかしSICKもこの手のトラブルは多い、ゆえに警察関係者とは非常時に互いの身分を伝える”合言葉”を取り交わしていた。

 おかきも実際に使うのは今回が初めてだが効果はてきめん、こうして長時間拘束されることもなく解放されるに至った。


「しかし先輩もよくあの場に居合わせましたね、偶然ですか?」


「ん、ちょうどエナドリ切れたから買い出しに来ただけ。 んでなんか様子おかしいから上着脱いで一芝居打ったの、薄着の方が非常事態って感じするっしょ?」


「そういうところ、変わってないですね」


「そういう早乙女ちんはだいぶ変わっちゃったね。 正直何があったのか色々話は聞きたいけど、あーしって今ちょっと立て込んでてさー……」


「それはリンネちゃんの活動休止と何か関わりが?」


 芯を突いたおかきの質問に、十文字は疲れた顔で笑みを浮かべる。

 そのまま彼女はポケットからスマホを引き抜くと、あるアプリを開いてからおかきたちに画面が見えるよう差し出した。


「……よかったら聞いてくんない? うちの悩み、()()()()()()()()()()()()()()さ」


 差し出されたスマホのアプリ画面には、人型のシルエットにくり貫かれた空白がぽっかりと映っていた。

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