シーク・トゥルー・シーズ号殺人事件 -爆発編- ②
「あなたもこの船に潜伏していたのなら聞いていませんか? 乗客たちの間で広まっていた噂を」
「噂……? たしか、そこの黒猫さんが皆様方の足元をすり抜けて駆けまわっていたと」
子子子子 子子子は優秀だ。 言葉巧みに人心を掌握し、0から新興教団を建てるだけの力を持っている。
だが“力”があるゆえに自信を持つ、慢心が生まれる。 自分のために計画を立案しようとも、不測の事態などどうにかなるから深く考えない。
「違いますよ、噂の正体はマーキスさんではありません。 彼は私たちと合流するまで隠密行動を徹底していました」
いくら優秀な頭脳を持とうとも、足りないものを補うために常に仲間の後ろを必死で追いかけるおかきとは根本的に使い方が異なる。
ゆえに今回ブラックボックスというこぼれ球を拾ったのは、か弱く小さな探偵だった。
「それにマーキスさんならそのものずばり“黒猫を見かけた”となるはずです、なのでこの噂の対象は文字通り正体不明だった」
「……まさか、ブラックボックスが動いていたとでも?」
「はい、その通りです。 あなたは知らないでしょうね、なので紹介します」
「うむ、ナンカノ・タメィゴゥである。 二度とご主人に近づくなよ変態」
「…………えーと、これは……タマゴ、でございますか?」
おかきに呼ばれてその背後からひょっこり顔を出したのは、顔の周りを煤で汚したタメィゴゥだった。
おかきたちはもう慣れてしまったが、初見の子子子子はその珍妙な見た目に目を白黒させる。
「はい、何かのタマゴです。 見ての通り、彼(?)は堅い殻に体が覆われている……ブラックボックスの感染条件を満たしていました」
「盲点やったなぁ、ブラックボックスの転移や感染条件はあくまで人の目に依存するもんや」
「だからタメィゴゥはブラックボックスの影響を受けたんです。 この船に乗り込んだ時、すぐそばにあった箱の影響を」
「うむ、我もご主人が見つけてくれたおかげで気づけた。 脱皮したら治ったぞ」
「タマゴは普通脱皮しないんですよタメィゴゥ」
おかきは噂の違和感に気づいたとき、まず噂の出所を辿りながらタメィゴゥを見つけた。
はじめはブラックボックスの影響でおかきですら正体を理解できなかったが、殻を脱皮して改めて観測することで影響から脱出。
あとはタメィゴゥ本人から歩き回ったルートを聞き出し、バベル文書を収めた箱を回収したのだ。
「ふふ……ふふふ、それはなんとも……なんとも運がいい話、ですね」
「ええ、タメィゴゥがいなければまた別の手段を考えなければなりませんでした。 しかし幸運はあなたの特権だったはずですが」
「いえ、わたくしのご加護は自分の身に起きる災禍を退けるためのもの。 何もかもわたくしの思い通りならすでにSICKなんて組織は存在しません」
「それは嬉しい情報だ、ずいぶんサービスが良いですね」
「ええ、話したところで何も状況は変わりません。 今回は負けを認めて撤退いたしますが、それだけです」
子子子子はまるでバージンロードを歩くかのように、堂々とした足取りで甲板を進む。
あくまで彼女本人の身体能力は見た目相応、屈強な男たちをなぎ倒したウカなら十二分に取り押さえることが可能だ。
しかしそれはできない、子子子子 子子子の能力をウカは知っている。
「今回の一件はわたくしとしても収穫でした。 わたくしの奇跡よりも、手掛かりを辿って導き出した“答え”が優先されることもある。 おかきさん、やはりあなたは素敵です」
「…………」
奇跡論の簒奪。 あらゆる幸運は子子子子 子子子を愛し、彼女を害する者に牙を剥く。
今にも隙を見て飛び掛かろうとするたびにウカの足元は嫌な音を立てて軋み、空は不穏な雲で覆われ、海にはさざ波が立ち始める。
ここは船上だ、彼女一人を拘束するためにどれほどの被害が生まれるのかわかったものではない。 ゆえに動けない。
「いつかあなたを手に入れます、わたくしはあなたを欲します。 この愛、受け取ってくださいね?」
「いりません、クーリングオフで」
「うふふ、ツンデレというものですね。 いつかデレさせてみせます、それでは」
誰にもさえぎられることなく甲板の端まで到達した子子子子は、迷うことなくその身を海へ投げ出した。
たっぷり10秒ほど遅れておかきたちが聞いたのは、かすかな着水音。
岸まで何㎞あるかもわからぬ海のど真ん中だ、本来なら助かるはずもない。 それでもおかきたちは彼女の生存を信じて疑わなかった。
「……ふぅ、ホンマあれと対峙するのは神経すり減るわ。 おかき、無事か?」
「はい、ありがとうございますウカさん。 しかし派手にやりましたね……」
「どいつもこいつも加減できる相手やなかった、全員なんか危なっかしい手術受け取るわ。 とりあえず全員SICKに拘束してもらえばええやろ」
床に転がった男たちは全員鼻や腕や足があらぬ方向に曲がり、だらしなく開いた口からは歯が数本かけている。
誰も彼もが全治何か月かという重傷だ、さきほどからタメィゴゥが尻尾の先で突いているが痛みで目を覚ます様子すらない。
「タメィゴゥ、あまり刺激しないでください。 それと今回の件についてあとで話があります」
「ご、ご主人……我はご主人の力になりたくて……実際に我役に立てたぞ!」
「結果論です、あのまま一生ブラックボックスの影響を受けていたかもしれないんですよ。 あとできっちり説教させていただきます」
「せや、問題の箱はどないしたん? 中身は見てないやろな」
「大丈夫です、タメィゴゥが隠し持っています。 あとは皆さんと合流――――」
――――そしておかきがタメィゴゥを抱え上げたその時、ドカンと腹の底に響くような衝撃が船を揺るがした。




