学園へいこう ⑤
「……どう思います?」
「いやー罠でしょこれ、開けたらドカンかもよ? 試しに開けてみてよセンパイ」
「ド突き回すぞ」
「なになに、そんな物騒なもんなのこれ?」
談話室からおかきたちの部屋に移動した4人は、床に置いた赤い手紙を遠巻きに眺める。
「爆弾魔」を名乗る人物からいつの間にか届けられたその手紙は、おかきたちにとては文字通り触れてはならない爆弾にしか思えなかった。
『その薄っぺらい手紙に人を吹っ飛ばせる火薬は仕込めないと思うけどねー、そもそも危害を加える気ならこんな回りくどい真似はしないよ』
「ほら、電話越しにキューちゃんからのお墨付きだよセンパイ。 骨は拾うからレッツゴー」
「いやいやそんな大役うちばっか貰っても悪いわ、おどれに譲ったるからはよ開けや山田ァ」
「じゃあ間を取って私がやりますね」
「「待った待った待った!!」」
2人の制止を待たずして、おかきは床に置かれた手紙の封を切る。
しかし手紙は特に爆発するようなこともなく、中に収められていたのもただの便箋だ。
「……しませんよ、爆発」
「新人ちゃん~~……!! そういう度胸試しみたいなのはパイセンにやらせていいんだよ、この人丈夫なんだから!」
「じゃかあしいわ阿呆! おかきも迂闊すぎやで、何かあったらどうすんねん!!」
「警戒しすぎたって損ですよ! それにほら、わざわざ手紙を出してきたということは私を呼びつける用事があったという事です」
おかきが手にした便箋をほかの面々に見せるように広げる。
そこには新聞の切り抜きを用いて作られた文章で、「探偵さんへ。 今夜11時、時計塔の真下で待つ」と記されていた。
『ウカっち、カメラ使ってこっちにも画像送って。 ……ふーむ、約束まであと1時間ってところか』
「いやいや、これこそ罠やろ! 付き合ってられるかこんなもん!」
「でも行かなきゃ行かないでさあ……大変なことになるんじゃない、これ?」
「相手はファミレスを吹き飛ばそうとした人間ですよ」
探偵さんという呼称と爆弾魔という自称からして、差出人の正体はファミレスの犯人で間違いないだろう。
問題なのはおかきたちの素性がすでに知られ、この学園の場所まで特定されていることだ。
あまりにも情報が漏れるのが早い。 この段階ですでにおかきたちの行動は後手に回っている。
『こちらから応援送ってる時間はないね、現場の人間で対処してもらうほかない。 おかきちゃん、君はどう考える?』
「…………相手の意図が分かりません。 キューさん、過去にこの学園に襲撃があったことは?」
『腐るほどあるね!』
「あるんですか……」
『そりゃね、なにせこの学園は宝の山だ。 強引なスカウトや親への脅迫に使うために生徒を狙う輩はごまんといる』
「せやけどカフカを直に狙ってくるなんてそうそうないで。 うちらの素性は秘匿されているはずや」
「しかし、爆弾魔はその前例を打ち破って接触してきた」
「めちゃくちゃヤバいってことじゃん、どこから漏れたのさボクらの情報!」
「……心当たりはひとつしかないわなぁ、お嬢」
「そうね、時間もないし直接聞いてみましょうか」
「聞いてみるって……誰に?」
ウカと甘音が2人そろって部屋から出ていく。
おかきと忍愛もそのあとをついていくが、2人の行き先はすぐ隣の寮室だった。
「ちょっと悪花ー、いるでしょ? あんたのところの団員がSICKに迷惑かけてるみたいなんだけど」
「……悪花?」
「暁 悪花、魔女集会のボス兼カフカ3号やで」
「へー、カフカ3号……カフカサンゴウ!?」
「――――うっせぇなあ!! 人の部屋の前でギャアギャア喚くんじゃねえよガハラァ!!」
「あっ、出てきた」
エンドレスで秒間16ノックされる騒音に耐え切れず、扉を開けて甘音を怒鳴ったのはラフな格好の少女だ。
ギザ歯をむき出しに威嚇し、眼鏡の奥から覗く三白眼はギョロリとおかきたちをにらみつける。
苛立ちながらメッシュ交じりの髪を掻きあげると、その下に隠れた耳にはいくつものピアス痕も見えた。
「あぁ……? テメェ、藍上おかきか。 なるほどな、入れ」
「話が早いわね、見てたの?」
「うっせ、どうせなんか話があんだろ? オレも暇じゃねえんだから早くしろ」
「ちょ、あの……状況が呑み込めないんですけど、えっと……」
「とりあえず中入ろうや、おかき。 廊下じゃおちおち話もできんわ」
――――――――…………
――――……
――…
「あらためて、一応魔女集会の頭張ってる暁 悪花だ。 全員知ってるからお前らの自己紹介はいらねえ」
「さいですか……」
招き入れられた悪花の部屋は、間取りこそおかきたちの部屋と変わりないが内装はまるで違うものだった。
壁には隙間なく乱雑に貼り付けられた大量のメモ用紙、床には雑多なジャンルの資料が足の踏み場がないほどに散らかっている。
それでも部屋の主人が気にせず紙の上に座るものだから、おかきたちも習って同じように座るほかなかった。
「相変わらず散らかってるわね、少しくらい片付けたら?」
「うっせ、オレにはこれがちょうどいいんだよ。 ……山田の奴は逃げやがったか」
「あれ、そういえばいつの間に」
「あいつ悪花さんのこと苦手やからな、一度セクハラかまして半殺しにされたことあんねん」
「なにやってんですかあの人」
「まあ昔話はあとだ、オレに聞きたいことがあるんだろ? その手紙の件とか」
悪花はタバコ……ではなくシガレットチョコを齧りながら、おかきが持っている手紙を指さす。
おかきたちはまだ何も説明していないというのに、悪花の態度はまるですべてを見透かしているかのようだ。
「……色々聞きたいことがあるんですが、まず一つ。 たしか魔女集会とSICKは敵対していると聞いたのですが」
「当たってるよ、オレはSICKのやり方に納得できねえから魔女集会を作った。 だが今は停戦状態だ」
「停戦?」
「“全知無能”つってな、カフカとして得た俺の能力だ。 簡単に言えば知ろうと思えばどんな知識でも得られる、たとえそれがこれから起きる未来の知識でもな」
「……とんでもない能力では?」
「だと思うだろ? だがそんな上手い話はねえ、例えば明日の天気を知りたいなら24時間かかる」
「とんでもない能力では?」
「条件があるのよ、悪花の予知は事前情報を集めるほど精度が上がるの。 天気なら気圧配置や雲の流れ、気温や湿度の変化を詳しく知れば知るほど予知にかかる時間は短縮される」
「だがそれは天気予報と何が違うんだって話だ。 だから全知無能、なんでも知っているがそこまで便利なものじゃねえ」
「だけどあなたはその不自由な力を使ってSICKと停戦状態に持ち込んだ」
おかきの言葉に、悪花が犬歯を見せて笑う。
「大事なのは未来予知に等しい観測ができることだ。 この能力は精度を上げるほど未来を変えることが難しくなる、だからオレは逆にこの予知能力を担保にした」
「何年先までSICKが存続する未来の保証とか、ですか?」
「……うわははは! いーね藍上おかき、お前魔女集会来いよ! 探偵なんて予知の補助に大歓迎だ!」
「横取りやめえや、おかきはSICKの子やで。 12号みたいにはやらんわ」
「そりゃ残念、だが大正解だぜ藍上おかき。 オレは魔女集会が無事である限り、SICKの存続を予知し続けている」
未来にSICKが在るということを知っている限り、逆説的にその日時までSICKという組織は存在し続けるということだ。
彼女の予知も絶対のものではないが、それでも近い未来に襲い掛かる危機がないと分かるのはSICKにとって非常に有益な情報になる。
「それで話を戻すけどこの手紙の主について知ってる? あんたの口ぶりからしてすでに調べはついてそうだけど」
「ああ、魔女集会の元メンバーだ。 内輪で問題起こしてから、2週間ほど前に行方をくらました」
「問題? なんやそっちでも爆弾騒ぎかなんか起こしたか?」
「なんだウカ、お前も探偵目指してんのか? 正解だよ、うちの活動資金を一部かっぱらってアジトを爆撃していきやがった」
「マジか」
「マジだよ、おかげでこっちは資金確保に奔走中だ。 次のG1まで3連単を識らなきゃいけねえ」
「お金必要なら貸すわよ、とりあえず1000万でいい? お礼は髪の毛か血でいいアダダダダダ!!?」
「おまえはSICKのスポンサーって自覚を持てヤク女!」
悪花の拳が、甘音の頭部を左右から万力のように締め上げる。
おかきたちにとっては聞き捨てならない金額が聞こえた気がしたが、2人とも聞こえないことにした。
「とにかく、オレもあの女のことは追ってたんだ。 だからお前たちのところに手紙が行きつくところまでは知っていた」
「その先はまだってことやな、少しぐらい何かわかってないんか?」
「断片的で風邪引いた時に見る夢ぐらいの情報ならな。 まあ、少なくとも呼びかけに応じたところでお前たちは無事だろうよ」
「……私たち《《は》》?」
「――――誰かがひでえ目に合う、そしてお前たち以外の死体が出るぜ。 オレが知った未来じゃそうなった」




