シーク・トゥルー・シーズ号殺人事件 -爆発編- ①
「ここから先は私の推論になります。 おそらくあなたは私たちより一足早くバベル文書の情報を獲得し、この船に乗り込んだ」
「はい」
「何人で乗り込んだかはわかりませんが、それでも船からたった1枚の文書を探し出すには難儀する人数だった。 なのであなたは探すのではなくおびき出すことにした」
「はい」
「わずかな会話で学生一人に殺人を唆したあなただ、命を捧げるほど心酔した信徒を作り出すのも容易いでしょう?」
「はい」
おかきが述べる推論を、子子子子はただただ肯定する。
それはわずかなヒントのみで正解へたどり着いたおかきへの称賛、そして法悦が含まれていた。
目の前に立つか弱くて小さな少女は、それほどまでに自分のことを考えてくれたのかと。
「……ふぅ、危うく達するところでした。 ごちそうさまです」
「何が?」
「いえ、こちらの話ですわ。 おみごと、大正解でございます。 ある程度の範囲は絞れたので、人数分布を偏らせてからこの甲板へ転移させようと思ってました」
子子子子が奏でる非力な拍手がさみしく甲板に響く。おかきの指摘は実際にほぼ的中していた。
この船に潜入した子子子子は手始めに秋茄子団のような危険勢力を無力化したうえでSICK……正確にはおかきの到着を待っていたのだ。
神に愛された彼女ならば、必ず自分の元へたどり着くと信じて。
「しかしお一人ですか? 2人だけの逢瀬もまた甘美なものですが、あなたのようなか弱い少女が独り歩きなど不用心でしてよ。 もしも変質者に襲われたらと思うと……」
「そうですね、今ちょうど目の前にいますね変質者」
「あらあらうふふ、言葉攻めもまたイイ……さて、個人的な趣味はこれくらいにしましょう。 バベル文書、譲っていただけません?」
「お断りします、絶対ろくなことに使わないでしょう?」
「まあ、心外です。 神より賜った神秘の言葉なんて、ただ少しゴニョゴニョとしたことに使いたいだけですのに」
「絶対ろくなことに使わないでしょう?」
「心外ですわぁー……」
否定する言葉とは裏腹に、子子子子の視線は右往左往と泳ぎ出す。
彼女からすればバベル文書は神の怒りを受ける以前の時代、人が神の寵愛を受けていたころに書かれた文章だ。
神仏フェチのシスターが何に使うのか、知りたくもないがおかきの脳裏には嫌な想像ばかりがよぎる。
「しかし困りましたわね、わたくしとしてもこのまま引き下がるわけにはいかないのですが」
「こちらだってむざむざ引き下がれませんよ、何のためにここまで来たと思ったんですか」
「そうでしょうね。 ふふ、いやしかし……仲間を置いて独りでやってくるとは不用心すぎるのでは?」
「…………」
「ブラックボックスの転移条件はすでにご存じの通り、人の多い場所へとその身を転移していきます。 わずか2人ばかりが集まった甲板に好き好んで現れるとでも?」
子子子子が背にした扉からカツカツと階段を上る足音が聞こえてくる。
1人だけではない、時おり重なって聞こえるバラバラの足音は複数人のものだ。
「当然、我が教団の信徒も集めておりますわ。 ブラックボックスが寄ってくるために10人は集めたでしょうか、皆腕に覚えのある精鋭ぞろいです」
「人材が豊富ですね、羨ましい限りです。 私たちなんてその半分以下ですよ」
「うふふ、知っております。 ゆえに人数差ではこちらが有利です、あなた一人では勝てないかと……ああでも寄ってたかってもみくちゃにされるのもまた……オホン、失礼」
「本当に失礼なの初めて聞きました」
「うふふ、それはそれとして多勢に無勢ですよ。 ブラックボックスのついでに藍上さんの身柄も頂けるとは、神に感謝ですね」
「一応私もSICKの戦闘訓練は受けています、楽に事が運ぶとは思わないでくださいね」
「まあ、その細腕でどれほど抵抗してくれるのか楽しみです。 では、そろそろ信徒のご紹介と行きましょうか」
「――――その必要はないで!」
子子子子がそそくさと横に避けた瞬間、弾かれたように開かれた扉から数名の人影が転がり出る。
皆筋肉質で屈強な男性だが、誰も彼もが口に大量の稲穂を突っ込まれたまま甲板に四肢を投げ出して白目を剝いている状態だ。 どう見ても再起不能としか思えない。
「……あらあら、どういうことでしょうか。 あなたはたしか7つ目の殺人現場の調査中では?」
「なんや、監視カメラでもハッキングしとったん? 悪いなぁ、狐が化かしてもうたわ」
床に転がった選りすぐりの信徒たちの数は7人、8人、9人……そして最後の10人目が扉の向こうから投げ出される。
そして返り血を拭いながら満を持して現れたのは、今は何層も下のデッキで殺人事件に翻弄されているはずのウカだった。
「おかきの言う通り、着いてきて正解やったな。 年貢の納め時やでアホシスター」
「まあ、いけません。 神様がそのような品のない言葉を使うなど……興奮してしまいますわぁ!」
「あかん、手に負えん。 どないするんやおかきこいつ」
「できれば拘束してSICKに突きだしたいところですね、大人しく投降してくれるなら我々も手荒な真似はしませんが」
「うふふ、せっかくのお誘いですがそれはできませんね。 それにまだお互いにバベル文書は手に入れていない、状況はイーブンです」
「ああ、文書ならすでに我々が確保してますよ」
「…………まあ?」
突然明かされた必殺の切り札に、子子子子はヤギのような目を丸くして驚く。
虚勢かはったりか、その真相は暴くまでもなく、おかきが取り出した正体不明の箱が物語っていた。
「さて、ブラックボックスはどこに隠されていたのか――――そのヒントはこの船で広まっていた噂話にありました」




