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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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シーク・トゥルー・シーズ号殺人事件 ④

『……なるほど、状況はわかった。 被害者と別れてからどれぐらいの時間があった?』


「目を離してから1分もないです、悲鳴を聞いて駆けつけたらこの惨状でした」


「死因は明らかに頭部を貫いたこの警棒、即死であるな。 ニャんともむごい」


 警備員の死体を発見したおかきたちは、まず宮古野たちへ連絡を取りながら現場検証を進めていた。

 痕跡を残さぬように死体には極力触れず、現場と壁の文章を写真に記録する動きに淀みはない。 これをはたから見れば女学生と一匹の黒猫が行っているのだから異様な光景だ。


「我ながら死体を見てもさほど動揺しないのはなんとなくショックを受けますね……」


『おかきちゃんは元々耐性が高そうなキャラクターだもの、吐いて現場を汚すよりずっとマシさ。 山田っちなんて初めのころはひどかったぜ?』


「山田言うな&ボクの悪口で盛り上がるな! それとざっと庫内を見回って来たけど出入口はボクらが入ってきた1つだけみたいだよ」


「ありがとうございます、忍愛さん。 となればこの現場は密室のような状態だったということですね」


 悲鳴を聞いてから倉庫に駆け付けるまで、おかきたちは怪しい人影には出くわしていない。

 そもそも倉庫に至るまでの通路は一本道で見通しもいい、逃げるものがいれば誰かしら気づく。

 現場を調べている間もおかきかマーキスが出入り口を見張っていたため、死体に気を取られているあいだにこっそり抜け出した可能性も低い。


「つまるところ、この警備員を殺害したものは煙のように消えてしまったというわけであるな。 あるいはネコのように」


「犯人は透明人間とか? でも足音立てればボクが気付くと思うしなー」


『推理は結構だが後回しにした方がいいぞ、被害者が悲鳴を上げたならいつ人が集まってきてもおかしくはない。 君たちが見つかったら厄介だ』


「っと、そうだね。 新人ちゃん写真は撮れた?」


「一通りは終わりました、長居は無用ですね。 キューさん、一度合流しましょう」


『OK、じゃあエントランスに集まろう。 おいらたちも今すぐ向かう』


 最後におかきは遺体へ黙祷を捧げ、先導する忍愛の誘導によって素早くその場を脱する。

 幸いにも3人の姿は誰にも目撃されず、あらためて遺体が発見されたのはそれからおよそ30分後のことだった。


――――――――…………

――――……

――…


「神を畏れる者は畏れるからこそ幸福となり……英文で書かれたコヘレトの言葉だ、これも旧約聖書に含まれる文献だね」


「誰だよぉ、わかんないよぉ!」


「色々あるもんやな、旧約聖書」


「キューさん、何ヵ国語読めるんですか?」


「メジャーな言語は一通り、ヒエログリフはちょっと苦手かな。 しかし今回もバベル言語は使われていないか」


 無事に合流を果たしたおかきたちは、早速スマホで撮影した写真を宮古野とウカに共有した。

 人通りが多い中で眺めるにはなかなか刺激が多い写真だが、ウカの幻術に隠されているため周りから見れば旅の思い出を鑑賞しているようにしか見えない。


「しかしキューさん、ウカさんがいるとはいえなぜわざわざこんなところで集合を?」


「アリバイ作りのためさ、この時間においらたちはここに居ましたっていう証拠になるからね。 2件も殺人事件が起きたんだ、これから空気もピリピリしてくる」


「下手に怪しまれればその後が動きにくくなるからニャ、不自由なネコとはじゃがのない肉じゃがのようなもの。 末路は窒息死かな」


「さて、というわけで改めての問題だけど……こいつをどう思う?」


「2件起きればまず偶然ではないでしょうね、私怨による犯行という線も薄くなりました」


「おかきが言ってたようになんか“意味”があるんやろうな……まあそれがなんなのかわからんけど」


「私も今のところ見当がつきません、もっとゆっくり現場検証できればよかったんですけど」


 バベル文書の被害をなぞるかのような殺人事件に対し、おかきの推理は袋小路に陥っていた。

 そして同時におかきはある種のデジャヴを覚える、この感覚はまさしくアクタが起こした首なし殺人と同じものだ。

 やはり2つの事件は似ているが、最終的な着地点が違う。 この事件にはSICKの捜査をかく乱する目的のさらに()()()が隠れている。


「……ん? ちょっとみんな静かに、なんだかロビーがざわついてきた」


「っと、いよいよ死体が見つかったかな? さすがにみんな落ち着いちゃいられないよね」


「それにしては早すぎる気がします、死体があったのは一般客が立ち入らない倉庫区域です。 見つかっても情報規制が敷かれるのでは?」


「なら何の騒ぎやこれ?」


 一足先に気づいた忍愛に習い、おかきたちも揃ってロビーの会話に聞き耳を立てる。

 老若男女が賑わう広間だが、彼ら彼女らの話題はほぼ一点に集約されていた。



「……ねえ、聞いた? あの噂……」


「例の黒い影ってやつ? 足元をすごい勢いで走り回るって、私の友達もカジノバーで見たんだって!」


「いやはや、私も一度見かけましたぞ。 赤子ほどの何かがすごい速さで逃げ去っていく様を」


「死体も出てくるし、この船呪われてるんじゃないか?」



「…………マーキス、これって君の噂かい?」


「ニャんとも、物的証拠がなければ吾輩の仕業ではないな?」


「目立ちすぎでしょ、マキさんらしくないね」


「……いえ、これって本当にマーキスさんの噂ですか?」


「む、どういうことだいおかきちゃん」


 事件とは関係ないと思われるような噂話、しかしおかきの耳にはぬぐえぬ違和感がこびりつく。

 その正体を確かめるため、おかきは重い腰を持ち上げた。


「――――すみません、ちょっと確かめたいことができました。 少しだけ一人で行動させてください」

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