シーク・トゥルー・シーズ号殺人事件 ②
「OK、ありがと。 ほーい、それじゃあまた……みんな、被害者の身元が判明したぞ」
「お疲れさん、その様子やとええ報告は期待できそうにないなぁ」
部屋の隅でSICKと通信していた宮古野がおかきたちの元へ戻る。
しかしその表情は決して謎が晴れた清々しいものではない、むしろまるで苦虫を噛み潰したようだ。
「残念というかなんというか、被害者の正体はトルコアイスの店員ではなかったよ。 群青の秋茄子団の構成員と入れ替わっていたんだ」
「なんですかそのダイス振って決めたような名前は」
「群青の秋茄子団、イタリアンマフィアの一種さ。 おいらたちが関わるような異常物品を使ってセコい金稼ぎしてる連中だよ」
「しかもバリバリの国外団体やん」
「嘘だろイタリアってもっとオシャレな国だと信じてたのに」
「命名理由は彼らに関する最大の謎だ、おそらくバベル文書の存在をかぎつけて潜入したんだろうね。 問題は……」
「なぜ彼はあんな場所で死んでいたのか、ですね」
カフカたちの間に流れた沈黙に対する答えはない。
まるでバベル文書による自殺を模したような死にざま、あるいは本当にバベル文書に暴露した影響なのか。
どちらにせよおかきたちが閲覧した事前情報とは無視できない差異がある、見立て殺人としてはあまりにお粗末だ。
「うーん……ボクたちが知らない第三勢力ともみくちゃになって殺されて、騒ぎにならないように死に方を偽装したとか?」
「それならば死体を隠します、いっそ海に突き落としてしまえば何も残りません」
「まあ不自然だよね、おいらとしてはあの殺され方に意味があるような気がするな」
「何かを隠したかったか、もしくは死体を目立たせたい理由があったか……あかんな、なんもわからん」
「まあおいらたちは現場すら見てないもんねー、というわけでその道のプロをお呼びしました」
「プロ?」
ほのめかす宮古野の言葉が合図だったかのように、部屋の扉をノックする音が響く。 コンコン、コンコン、周期的なリズムで叩かれるノックはSICKで味方を伝えるサインだ。
クナイを構えて警戒していた忍愛がゆっくり扉を開けると、その隙間からぬるりと部屋に飛び込んできたのは一匹の黒いネコだった。
「失礼、ネコが律儀にノックする姿は悪目立ちするゆえに。 無礼を詫びて猫缶を進呈しよう、1個で良いかニャ?」
「マーキスさん、お久しぶりです。 もしかして先に潜入していた職員というのは」
「如何にも、吾輩である。 名前はまだニャい」
「いやマーキスだよ君は、それより首尾はどうだい?」
しゃなりしゃなりと部屋を闊歩し、唐突に高級カーペットの上に寝転がって毛づくろいを始める黒毛の自由人、すなわちそれはネコである。
名をマーキス。 おかきたちよりカフカ歴の長い先達であり、その見た目から潜入調査を得意とするSICKのエリートエージェントだ。
「ネコとは液体、海とも抜群の親和性である。 この身が三毛でないのが残念ではあるが、しかしてどこでも大人気なのは間違いない」
「なるほどわからん、つまり?」
「成果はある、ネコ缶以上のな。 まず被害者のトルコアイス店員はニャにを隠そう……」
「群青の秋茄子団の構成員だったんですよね?」
「…………にゃーん」
「鳴いちゃった」
「何しに来たんやマキさん」
「吾輩、無力に打ちひしがれる……ならばこの現場の写真もすでに入手していることかと存じるが」
「待て待て待てそれは欲してるぞおいらたちは」
「新人ちゃん、ほいパス」
「はいどうも」
マーキスから宮古野へ、宮古野から忍愛へ受け渡された写真は最終的におかきの手元へ着地した。
ネコの手でどうやって撮ったのかは不明だが、写真はかなり鮮明に現場の凄惨さを映している。
店内のイスやテーブルは端へ退け、十分に確保したスペースには大の字のまま絶命した男性の遺体が写っている。
四肢と腹部は金属製の細長い串で固定され、口から鮮血をこぼした遺体の表情は苦悶に満ちている。 おそらくは四肢を拘束されたまましばらくは生存していたのだろう。
「この四肢を拘束している機具は?」
「隣のシュラスコ店から盗まれた鉄串のようだ。 直接的な死因は多量の出血からくるショック死、死亡推定時刻は今からおよそ1時間ほど前らしいニャ」
「割と死にたてだね、犯人の目星は?」
「真相はいずれもシュレディンガー、ネコもわからぬネズミ捕りであるな。 警察も血なまこになって真相を探している」
「血眼やな」
「……宮古野さん、この死体の下に書かれた魔法陣に意味はあると思いますか?」
真上から撮影された写真には、遺体の下に描かれた魔法陣をくっきりと映していた。
まるで遺体を生贄に捧げるような構図だが、おかきのオカルト知識には該当する儀式は思い当たらない。
「んー、どれどれちょっと拝見……おいらにもわからないな、オカルトは専門外だ。 すぐ本部に解析を頼もう」
「じゃあその間はどうする? この部屋で待ってるだけってのももったいないでしょ」
「せやな、こうしている間にもブラックボックスも増えとるかもしれんし」
「そうだね、並行してブラックボックスの捜索も続けよう。 もっとも、すでに回収された可能性もあるけど……」
「吾輩も先に潜入した分調査も進んでいる、ネコゆえにしらみつぶしと行こうではないか」
「そういえばマーキス、君ちょっと派手に動きすぎじゃないかい? 謎の黒い物体が駆け回ってるってちょっと話題になってたぞ」
「にゃんとも驚き、この愛らしき体躯を見て謎の黒い物体と?」
皆の会話を頭の隅で聞きながら、おかきは写真を睨み続ける。
この事件、殺人のトリック自体はそこまで重要な問題ではない。 注目すべきHow done itではなくWhy done itだ。
この殺人現場を造らなければならない理由、それを逆算すればおのずと正解にたどり着ける――――ただおかきには、そこに至るまでのきっかけが酷く欠けて遠く感じられた。




