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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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シーク・トゥルー・シーズ号殺人事件 ①

「おっ、おったおった。 おーいキューちゃーん」


「すみません、お待たせしました」


「いやいや、十分早い方だ……って、なんでおネコ様抱っこされてるんだいおかきちゃん?」


「お気になさらず」


 おかきがロスコに抱えられたまま合流したころには、すでに現場には相当な人だかりが出来上がっていた。

 この規模の船なら常駐しているのか、警察らしき服装を纏った人間も何人か出入りしている。 とてもじゃないがおかきたちが立ち入れるような隙間はない。


「おお、誰かと思えば神出鬼没の才女じゃないか! 学園祭の時はおめでとう、君の発明した商品は私も買わせてもらったよ」


「やあやあ、そういう君は花も羨む演劇界の才女ロスコ君だね。 今日は冬休みのバカンス中に偶然おかきちゃんたちとあって意気投合していたんだ」


「なるほど、どことなく説明的な台詞をありがとう。 それでこれは何の騒ぎかな?」


「あー、実はちょっとそこのお店で殺人事件が起きてね」


「キューさん、そんな半額セールが始まったみたいなノリで」


「おっと失礼、あいさつ代わりにレディへ聞かせる話じゃなかったか。 ごめんね」


「いや、ミステリなら演じ慣れているさ。 実際の事件よりもっと血みどろなものもね、商店での事件となると強盗かい?」


「いえ、ここは富裕層の集まる客船です。 わざわざ逃げ場のない船上で致死強盗を起こす人は少ないかと思います」


 ロスコの推理におかきがつい口を挟んでしまうと、宮古野は両手で正解を示す大きな丸を作る。

 強盗ではなく事件性が強い殺人、そのうえわざわざおかきたちを呼んだとなると……その答えは明白だった。


「事件が起きたのはそこのトルコアイス店、そして被害者は従業員の男性1名だ。 店内の中央部で大の字になったまま四肢と腹部を串刺しにされた状態で発見されたらしい」


「それは……ずいぶんと過激だね、ジャンルはミステリよりサスペンスだったかな?」


「どう見ても事故より事件だろうってことでこの騒ぎだ、一応聞いておくけど全員無事かい?」


「見ての通りや……って、うちらは問題ないけど山田はどこいったん?」


「山田言うな、ここにいるよここに」


「おおう、そこに居たんですね忍愛さん」


 名前を呼ばれ、忍愛が野次馬の群れからひょっこり顔を出す。

 見た限りではケガもなく無事健康、だというのに一人隠れて行動していたということはつまりそういうことだ。


「よし、全員無事で何よりだ。 というわけで宝華ちゃんだったかな、こんな物騒な状況だしおいらたちは一度部屋に戻ろうと思うよ」


「ふむ、ちゃん付けで呼ばれるのは新鮮な気分だね。 わかった、私も父とともに一度部屋に戻るとしよう」


「あれ、そういえばロスコさんのお父さんは……」


「ああ、おそらく現場検証に首を突っ込んでいる。 一種職業病でね、貴重なシチュエーションに出会うと取材したくなるんだ」


「怒られますよ……」


――――――――…………

――――……

――…


「……さて、というわけで報告を聞かせてもらえるかな」


「あいよー、有能可愛い美少女忍愛ちゃんの報告をたんと耳かっぽじって聞いてねー!」


「おう、とりあえず今のところは黙って聞いといたる」


 ロスコと一時別れて部屋に戻り、鍵をかけて機密性が確保された室内に緊張が走る。

 起こってほしくないことが起きた今、忍愛の報告は最重要と言ってもいい情報だ。

 この船に持ち込まれた異物と死体の状況から、カフカたちの脳裏には最悪の展開がよぎっていた。


「えーまず天井裏から覗いた感じだと現場の広さはボクお気にのスタバぐらいかな、ガイシャはわざわざソファとか退けてど真ん中で死んでたよ。 取っ組み合って殺されたって雰囲気じゃなかった」


「なら儀式的な意味合いが強そうだ、それで大事なことを聞くけど……その現場に血の文章はあったかい?」


「あったよ」


 宮古野がおそるおそる問いかける確信への質問に対し、忍愛はあっけらかんと答える。

 儀式的な死にざま、そして血で残された文章、それらの要素は以前に宮古野が説明したバベル文書に暴露した人間の末路に酷似していた。


「だけどあれは……うーん、どうだろ。 ちょっと難しい」


「忍愛さん、何か気になることが?」


「壁に血文字で文章は書いてあったんだよ、だけどボクはその字を《《読めなかった》》」


「つまりバベル文字じゃなかったってことかい、ちなみに記述された内容は分かるかい?」


「うーんわかんない! いや何語なのかもさっぱりなんだよね、たしかこういう感じの文字だったけど……」


 そういって忍愛がベッドわきのメモ用紙を千切ると、アルファベットをひどく崩したかミミズがのたくったような文字を書き出す。

 ウカはふざけているのか真面目なのか判断しかねて首をひねり、おかきもメモ用紙とにらめっこしながら黙りこくる。 いの一番に声を上げたのは宮古野だった。


「……たぶんアラビア文字かな? このあたりがモーセと読めるし出エジプト記の一文が引用されていると思う」


「条件は一致してますね、しかしバベル文字が使われていない……」


「どういうことや? バベルに晒されたならなんかおかしいことになっとるやん」


「文書がブラックボックスに触れたことでなんらかの変化が起きたか、あるいはおいらたちが知らない未知の異常性を持っていたか、現段階ではなんともいえないな」


「無関係ってことはなさそうだよね、うーん謎。 新人ちゃんは探偵としてどう思う?」


「私に振られても困るのですが……」


 殺人事件という探偵にとってこれ以上ないシチュエーションではあるが、おかきの思考は鈍い。

 現場すらろくに見ていないうえ、ほとんどの情報は忍愛を経由して与えられたもの。 

 与えられたカードはあまりに少なく、推論を述べる余地すらない。 そもそも推理云々ですらないのだ。


「……まるで誰かに誘導されているような気分ですね」


 それでもおかきは、思考の端に拭い切れない気持ち悪さを感じていた。

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