静かなる船出 ②
「副局長、まもなく到着いたします。 どうかご武運を」
「おっと、もうそんな時間か。 みんな外は寒いから気をつけてね」
運転手に声を掛けられた宮古野が窓の外に目を向けると、停泊した船は目と鼻の先にまで迫っていた。
このまま車両を指定の駐車場に停めればあとはタラップまで徒歩で進み、ボディチェックと乗船証明となるリストバンドを確認される。
銃器のような物騒なものは持ち込めず、一度海に出てしまえばSICKとは孤立。 信じられるのは共に乗り込んだ仲間たちだけとなる。
「ところでキューちゃん、任務についてとても大事な質問があるんだけどいいかな?」
「はいはい、99割予想できるけど言ってみなよ」
「これって任務終わったらボクらは豪華客船でバカンスしてもいいかな?」
「絶対言うと思った。 まあ回収班にバベル文書を引き渡したら自由時間を上げるよ」
「っしゃあ!!!! 立ちふさがるものすべてなぎ倒し箱ごと粉砕してやる!!!」
「粉砕したらあかんねん」
「キューさん、いいんですか?」
「まあ本当は即時撤収が一番なんだけどね、多少はご褒美あった方がいいでしょ? それにこんな体験滅多にないだろうしカフカ的にもいい栄養だよ」
秘密組織であるSICKはできる限り表舞台に出ない方がベストだが、このテンションの忍愛を抑圧する方が危険だという宮古野の判断だ。
そのうえカフカ特有の情報飢餓を満たすためと言われてしまえばおかきもそれ以上追及はできない、なにより豪華客船の船旅が気にならないと言えばウソになる。
「よし、それじゃそろそろ出ようか。 遅刻して乗れませんでしたじゃ話にならないからね、扉を開けてくれ」
「はい、無事に帰ってきてくださいね副局長! まだまだ基地に仕事残しているんですからね!!」
「ワハハ帰る気が失せた、おいらここに住む」
「藍上さん、稲倉さん! 副局長のことお願いしますッ!!」
「はい。 キューさん、全員無事で帰りましょう」
「任せとき、引きずってでも連れて帰るわ」
「どうかご無事で!! あっ、山田もお疲れ、いってら」
「おいボクだけなんか軽いぞ、どういうことだ!? 場合によっては出るとこ出てもいいんだぞ!」
「はいはい、ええから行くで」
忍愛と宮古野の襟を掴んで引きずるウカを筆頭に、敬礼する運転手に見送られたおかきがその背中を追いかける。
真冬の港に吹きつける海風は凍えるほどの冷気を纏っているが、厚手のコートを纏ったおかきにはまるで届かない。
「ちなみにおかきちゃん、そのコートだけでウン百万するぜ。 全身のコーデを総合すると一軒家が買える値段だ」
「ヒッ」
「おかき、ビビったらあかん。 今のうちらは美人セレブ4姉妹や」
「そうそう、ボクらなんてお高いコートガリガリ引きずられてるんだよ」
「あっあっあっお金があっあっあっ」
「おかきちゃーん、もっと胸張って歩いて。 怪しまれちゃうぞぅ」
いかにもセレブにあふれた自らの装いに対して値段を意識した途端、おかきの歩みが途端にぎこちなくなる。
世界を救うために妥協しないSICKが用意した衣装は頭に乗せたサングラスからブーツに至るまですべて本物、ゆえに根っからの庶民であるおかきにとっては札束を着て金塊を踏みしめている気分だった。
船のタラップまで敷かれたレッドカーペットを歩く仕草はさながらロボットのファッションショー、もしくは見る者のMPを奪い取る奇妙な踊りにしか見えなかった。
「キューちゃん、もうちょっと加減したほうが良かったんちゃうか?」
「うーん、下手に安物や偽装品使うとバレたときが怖いからな。 ……あっ、ブローチ落としたよおかきちゃん、エメラルドのやつ」
「ひえっ……ひえぇえぇ……」
――――――――…………
――――……
――…
「……はい、確認いたしました。 金雅新様ご一行ですね、では善き船旅を」
「はいはいありがとー、それじゃ行きますわよ妹たち!」
「はーい、お姉ちゃん! ボク早速遊びたい!」
「アホ、まずは部屋に荷物おいてからや」
「もう帰ってもいいですか……?」
「山田、おかきの運搬頼むわ」
「はいはーい、それはそれとして山田言うな」
「ああ、しわになる……服がしわになってしまう……」
車を降りてから乗船までの短い旅路でおかきの体力はすでに限界を迎えていた。
しかし貧乏人の感傷などは一切無視され、非情にも任務は遂行される。
そのままおかきを抱えた忍愛を先頭に用意された部屋へ到着すると、宮古野は素早く鍵を閉めてはじめに小さなキューブ上の機械を取り出した。
「……うん、盗聴なし、音漏れなし。 いい部屋だ、さすが超豪華客船の一室だけある」
「私は学園寮で十分お腹いっぱいだったんですけど……」
「キャッホー! ベッドふっかふかだなにこれ人をダメにする新手の怪奇現象だよ!!」
「はしゃぐなはしゃぐな、おかきはそれ何飲んでるん?」
「胃薬」
とにもかくにも身に付けた衣装をできるだけ脱ぎ捨てたおかきは、片っ端から備え付けのクローゼットへ収納していく。
シャツとズボンだけ残し、甘音から渡された胃薬を飲むころには気分は重りを捨てた格闘家だ。
「ふぅ、やっと生きた心地がしました……」
「良かったなおかき、ただそのラフの極みみたいな恰好で外歩かんといてな」
「まあ室内なら好きな格好でいいさ。 それより全員集まって、密談を始めよう」
「おっとそうだったそうだった、ボクらには一秒でも早く任務を片付けて遊び倒すという重要な使命があるんだ」
宮古野に手招きされたおかきたちは4人で寝ても余りある大きさのベッド上に集まり、輪を作る。
その中央にホログラムで投影されたのはこの船の見取り図だ、このあたりの技術力はさすがの秘密組織だといえる。
「まずおいらたちがいるのがここ、客室スペースだね。 そしてこの赤く光る米粒みたいなのがおいらたちのサイズ」
「わかっちゃいたけど広いなぁ船、こりゃ骨が折れるで」
「それでも早急に探し出さないと文書が奪われるリスクがあります」
「そうだね、山田っちの援護じゃないけど早急に探し出さなくちゃいけない。 ブラックボックスの特性上ね」
「特性? そういえばまだなんか厄介な特性があるって言ってったっけね」
「ちゃんと資料を読んでくれよ山田っちぃー。 いいか、ブラックボックスはねえ―――――放っておくと自分の特性を感染させていくんだ」




