静かなる船出 ①
「ほい、それじゃ点呼ー」
「1」 「にぃー」 「参」
「よし、全員揃っているね。 えー、貴重な冬休みの初日だというのによく集まってくれたね諸君」
「前置きはええでキューちゃん、勝手知ったる仲や。 それより本題頼むわ」
「おっとそうかい、じゃあ早速仕事の話をしよう。 車内の飲み物は好きに消費してくれていいよ」
おかきたちの対面に座る宮古野は、座席に背中を預けたまま、手元の保冷庫から炭酸飲料を一本取り出す。
まるでクラブの一室のような雰囲気に感覚がマヒしそうになるが、窓の外を過ぎ行く景色だけが自分の居場所を教えてくれる。
おかきたちは今、目が眩むほどの高級車に乗って真冬の港を目指している。
「……これってあとでお金請求されます?」
「これコーラだよね? なんか見たことない瓶に入ってるんだけど……」
「なぁにたとえ大破したとしても全部経費で落ちるから安心しなよ、まあその場合はおいらが修繕しちゃうけどさ」
「チッ、酒はないか。 学園の外なら飲める思たんやけど」
「これから潜入任務だってのに見た目未成年のやつが酒気帯びちゃだめだろ、はいはいみんなこれ持ってね」
備え付けの冷蔵庫を漁るウカの頭を引っ叩いた宮古野は、呆れ顔を浮かべながらも全員に紙の資料と金属製のリストバンドを配る。
資料には今回の捜索目標であるバベル文書およびブラックボックスについての概要が改めて記載され、2枚目以降のページにはおかきたちに与えられた仮初めの身分について綴られていた。
「読みながら聞いてくれ、今回おいらたちは金持ちのボンボンのドラ娘たちが計画した冬休みの思い出旅行という設定だ。 この高級リムジンも偽装ついでに手配した」
「なるほどねー、たしかに大富豪しか乗らないような船に軽自動車で向かうのは浮いちゃうか。 ボクならそれでも似合っちゃうけどさ」
「なあキューちゃん、ちょっとここの記述なんやけど……」
「無視したな! 可愛いボクを無視したな!?」
「それと念のため確認だ、全員支給した薬剤はちゃんと持ってるね?」
「はい、補強薬も摂取済みです」
おかきは上着の内ポケットを開き、隠してある薬の残量を確認する。
ここに来るまで何度も確認した記憶補強薬と忘却薬はきちんとそこにあった、もし忘れでもしたら甘音に雷を落とされていたところだ。
「よし、今ならブラックボックスの情報も覚えられるだろう。 定期的な摂取を忘れないように、ただし飲みすぎには注意だ。 脳がパーンしちゃうよ」
「怖いなぁ、ボクの分も飲んでおいてよセンパイ」
「ハハハぶち殺したろか」
「飲みすぎ注意だぞー、万が一過剰摂取した場合は忘却薬を摂取するように。 バベル文書に暴露してしまった場合も迅速に摂取するんだ、いいね?」
「あーね、そういう意図もあったんだ。 でもボクに効くかなこれ……?」
既知の言語を駆逐しかねないバベル文書は、ただ覚えているだけでも言語文化への脅威になりうる存在だ。
そのうえ因果関係は不明だが、3割での自殺を遂げるというオマケつきともなれば忘れてしまうに限る。
「そろそろ港に到着するぞ、一緒に渡したリストバンドを装着してくれ。 電子チップが埋め込まれたそれは乗船証明代わりになる」
「へー、便利だね。 でもなんだかシンプルで安っぽい見た目ー」
「ちなみにかなり頑丈にできているけど破損には注意してくれ、おいらたちが扱う特製スマホよりずっと高い」
「忍愛さん、これプラチナ製ですよ……」
「やっぱりさぁ、本物のお金持ちってのはゴテゴテ着飾らないんだよね。 素材の味で勝負するって言うか?」
「掌グルングルンやん、いい油差してはるな」
「はいはい全員そろそろ準備、読み終わった資料は処分するからおいらに回して。 薬のおかげで覚えは良いだろう?」
「おかげさまでばっちりです。 そういえば今回の作戦は私たちだけで臨むんですか?」
せっかくの高級リムジンだというのに、搭乗しているのは運転手を務めるエージェントとおかきたちSICKカフカ組だけだ。
仮にも世界の言語形態が塗り替わるかもしれないという危機だというのに、人数としては心もとない。
「今回は潜入だ、大人数でドカドカ乗り込むわけにもいかないさ。 目立てばそれだけ文書狙いの勢力も寄って来る」
「本音は?」
「サンタ捕獲作戦に人員使ってるからこっちまで人手回んなかった!」
「生まれて初めてサンタを憎んだかもしれません」
「まあ人手不足はいつものことだよ、それに先に乗船した助っ人とも後で合流するからさ」
「不安やなぁ……何も起きなければそれでええんやけど」
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――――……
――…
「オーライオーライ……はいストーップ! ゆっくり下ろせよー!」
おかきたちが車内で作戦会議を繰り広げる一方、港には一足先に件のクルーズ船が停泊していた。
現在は乗船客の受け入れと食料品などの荷物を搬入中であり、船員や作業員が忙しなく作業を進めている。
「よっと、まったく重てえな……どうせこれも半分以上は廃棄しちまうんだからもったいねえよ」
「つべこべ言わず詰め込め! 足りないよかずっとマシだろ、余るぐらいでちょうどいいんだよ食料なんて」
「けどせっかく作った飯も残されて突き返されるのはなぁ……うお、でっけぇタマゴ」
「ダチョウのタマゴぐらいで驚くなよ、俺なんて生きたシーラカンス捌いたことあるぞ」
「マジか、金持ちの考えることはよくわかんねえ……あれ? なんか今動いたような」
「おい、そっちはいいからこっち手伝ってくれ。 鮮魚が傷んじまう」
「はいはいわかりましたよーっと……」
男は荷物を冷蔵室に搬入し終えると、同僚の作業を手伝うために扉を閉めてその場を離れる。
……人はいない。 それでも氷点下に近い温度の中、ピクリと動く影があった。
「…………うむ、潜入成功。 さて、ご主人はどこだ?」




