冬休みの始まり ②
『やあ。 ようこそ旧校舎ハウスへ、このエナドリはサービスだからまず飲んで落ち着いてほしい』
「別に慌ててないよキューちゃん」
「死人みたいな顔色しとるなあ、何徹目なん?」
「画面越しでもわかりますね、お疲れ様です」
SICKの招集命令により、旧校舎の秘密基地へ集められたおかきたちは死に体の宮古野が移るモニターの前に仲良く着席していた。
画面端に積み上がったエナドリの亡骸から見てその惨状が窺える、おかきが知る限りダチョウ事件以上のデスマーチだ。
『さて、何があったか……まずはその説明だね、単刀直入に言うと“バベル文書”が見つかった』
「バベル文書……?」
首をかしげるおかきとは対極的に、両脇に座るウカたちの表情は一気に強張る。
普段ならここで緊張感を和らげるコメントを放つ忍愛でさえ真剣な表情を崩していない、それほどの事態ということだ。
『おかきちゃん、バベルの塔の逸話は知っているかな?』
「神の怒りを買い、人類の言語がバラバラに分かれる原因となったという話ですよね?」
バベルの塔、神話に疎いおかきでもなんとなく概要は知っている程度には知名度のある話だ。
旧約聖書に登場する巨大な塔であり、神の領域まで高く積み上げようとした、人間の驕りに激怒した神の手で破壊されてしまったと言われている。
『花丸あげちゃう回答だぜ、バベル文書の由来はそこから来ている。 簡単に言えばどんな言語圏の人間でも読めてしまう未知の文字で書かれた文章だよ、過去にも何枚かSICKで回収したことがある』
「なるほど、具体的にはどんな内容が書かれているんですか?」
『厄介なことにただの日記から早急に確保しなきゃいけない災害級の情報まで多種多様さ、中にはSICKのセキュリティに転用されている内容もある』
「そんなとんでもない紙きれだから毎回いろんな連中と奪い合いになるんだよねー、どこかのピエロどもも面白半分に首突っ込んでくるし」
「どこから情報聞きつけて湧いてくるんやろなホンマ」
『ついでに言うと“誰でも読める未知の言語”というのも面倒な特性でね、おかげでどんな内容でも血眼になって回収しなきゃいけない』
「そうなんですか? たしかに不思議ですけど」
『仮にバベル言語とでも呼ぼうか。 この言語には3種類の文字しか使われていない、英語で言えばABCの組み合わせだけで不自由ない対話が行える。 それどころかこの言語を用いた会話では話者のコミュニケーション能力がおよそ24%向上した』
「すごいですね、もしそんな言語が広まったら……」
『そうだ、現存するあらゆる文字や言語体系は駆逐される。 人間は利便性に勝てない生き物だ』
ひらがなにして50種、アルファベットでさえ26種、それをたった3種類の文字だけでコミュニケーションが行えるなら、どれが一番便利な言語かなんてわかり切っている。
おまけにバベル言語には誰でも読めるというオマケつきだ、識字率など関係なくどんな国でも広めることができる。
『習得難易度は平均たったの5分、バベル文書を眺めているだけで自然と理解して発話すら可能になる者もいる。 もしもネット上にばらまかれたら1週間で世界の言語は統一されるだろうね』
「えー、でもそれならそれでよくない? ボクも英語勉強しなくて済むしさー……って思うじゃん?」
「その言い方だとまだ何かありそうですね」
『……自殺したんだ、バベル言語を習得した人間のおよそ30%がね』
宮古野が手元のマウスを操作すると画面が切り替わり、モニターいっぱいの凄惨な死体が映し出された。
両手に杭が打ち込まれ、まるで磔のような格好で絶命した男性の背後には一面の鮮血が飛び散っている。
壁面には濃いモザイクが掛けられているが、それでも飛び散った血はなんらかの文字を表していることがおかきには理解できた。
「壁には旧約聖書を引用した文章がバベル言語で書かれていた、五重に検閲処理を掛けているがそれでも“何か文字が書いてある”と理解できてしまっただろう?」
「ええ……それよりこれは本当に自殺なんですか?」
『自殺だよ、この仏さんが自分を磔にしたトリックについては解明している。 壁の血もすべて本人の血液だ、致死量を超えた失血だけどね』
「変死した人らの共通点はなーんもわかってへん、みんな壁に変な文章残して死ぬってぐらいやな」
『まあそういうわけでこんな言語を世に広めるわけにはいかないのさ、速攻回収&速攻封印が吉ってね』
「下手すれば人類の3割が自殺してしまう言語ですか……たしかに一般社会へ広めるわけにはいかないですね」
「悪用されたら大惨事間違いなしや、是が非でもうちらが真っ先に回収せなあかん。 それでキューちゃん、バベル文書が見つかったのはどこや?」
『ん~~~……それがねぇ……それなんだけどねぇ……』
おかきに向けた説明を兼ねた前置きも終わり、ウカが本題を切り出した途端に宮古野の歯切れが悪くなる。
説明されたバベル文書の危険性だけですでにお腹いっぱいだが、さらに面倒な懸念事項があるかのように。
「……キューちゃん、うちらももうちょっとやそっとじゃ驚かんわ。 何があったん?」
『…………もう1つ』
「はい?」
『……今回のミッションには異常物品がもう1つ絡んでる、バベル文書が入っているのは“ブラックボックス”の中だ』




