藍上おかきの進退 ③
「……で、なーんでボクがこんな山の中を歩かなきゃいけないのかなぁ」
「ヒィ……ヒィ……SICKの教習時代を思い出すわぁ……」
「大丈夫ですか先生? 麦茶ありますよ」
「最低でもウォッカがないと頑張れない……」
「死ぬしかないねえもう」
鬱蒼とした木々をかき分け、おかきたちは森の中を歩く。
学園とは違い整備された道路などほぼなく、かろうじて生まれた獣道を踏みしめる道のりはお世辞にも快適とは言い難い。
それでも3人はいかねばならない、なぜならこのままでは学園が滅びてしまうのだから。
――――――――…………
――――……
――…
「……で、彼を怒らせてしまったのでもうじき学園は潰れてしまうでしょう。 ンフフフフ、困りましたね」
『困りましたねー、じゃないんよ』
「とりあえず理由を説明してもらえます?」
「はい」
時間は遡って旧校舎の教室、おどけて肩をすくめる理事長をウカたちが囲む。
学園が潰れてしまうのは聞き捨てならない問題だ、理事長の立場はいまや依頼者から尋問を受ける者へと変わっていた。
「ンー、なんといいますか。 彼はこの土地を私に貸し与えている立場なのです」
「だけど貸し与えた土地を踏み荒らされてしまったから契約を破棄して取り戻すとしてるってわけか、まあ理解はできる話やな」
「ですが学園を潰してしまうなんて乱暴では?」
「できますとも、“彼”なら一瞬でね」
先ほどまでのおどけた雰囲気はどこかに消え、理事長の声が一段低くなる。
たった一言だが、その言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
なにより、「一瞬で学園を潰してしまう」という冗談めいた話を笑い飛ばせるものはこの場に居なかった。
「……飯酒盃先生、理事長はどこまで知っているんですか?」
「SICKのことを知っているということはそういうことです、藍上さん」
『ついでに自分たちみたいな連中も面倒見てくれているのでお察しっすねー』
「ならだいぶ込み入った話し方しても大丈夫ですよね、その理事長のご友人って何者なんですか?」
「この山の神様ですとも」
「パイセン、出番っぽいよ」
「いやあ、うち相性悪いからなあ……」
神様案件と聞いて皆の視線が集まる中、頼りの綱であるウカは腕を組んだまま難しい顔を見せる。
「あんたあったことあるの?」
「ここ入学したときに一回だけな、縄張り侵略されたと思ってケンカ吹っ掛けられたわ」
「パイセン相手に命知らずじゃん、死んだのそいつ?」
「アホ、モノホン相手に勝てるか。 局長もいたからなんとか穏便に済ませてもらったわ」
「つまりウカさんを連れて行くと火に油を注ぎかねないですね」
「なら山田、今回はあんたが手伝いなさいよ」
「えー、ボクぅー?」
だらしなく椅子に座り、口をとがらせていかにも不満だとアピールする忍愛。
しかし甘音がどこからともなく謎の液体で満たされた注射器を取り出すと、コンマ1秒と掛からず姿勢を正した。
「山の神なら山中に奉られた祠か何かがあるはずや、居場所はそこやろ」
「ご明察、我が友はへそを曲げて社に立てこもっておりますとも」
「なら忍愛さんの運動能力はかなり頼りになりますね、お願いできませんか?」
「うーん、新人ちゃんに頼まれちゃ仕方ないな……今回だけだよー?」
「おうケーキ盗み食いした分はしっかり働けや」
「はい、その件については海より深く反省しております……で、行くのはボクだけでいいの?」
「おかき、山田だと相手の機嫌に油を注ぐだけだから交渉役は頼むわ」
「承りました、学園の命運がかかっていますからね」
「失礼じゃないかなぁ! ボクに対して失礼じゃないかなぁねえセンパイ!?」
「普段の行いやろ」
「ただおかきたちだけじゃ山への立ち入り権限を持ってないわ。 先生、顧問として同行お願いできます?」
「へっ? わ、私ぃ……? いやあそうだよねえ一緒じゃなきゃ危ないもんねぇ……」
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――――……
――…
「……それで結成されたのが飯酒盃ちゃんと可愛いボクと新人ちゃんのPTかぁ、不安だね」
「ええ、不安ですね。 いろいろと」
ウカは相性の問題、甘音もこの険しい山を登るのは難しいため待機。
タメィゴゥも奇天烈な存在感で相手を刺激したくないため、今回の依頼に赴いたのはこの3人だけだ。
PTの良識はすべておかきにかかっているといってもいい、小さな肩にはあまりにも重い責任がのしかかる。
「あ、藍上さん……先生そろそろお酒切れてきたなってぇ……」
「ではそろそろ一度休憩しましょうか、時間もそろそろお昼時です」
鬱蒼と茂る木々の隙間から見える空からは、ちょうど中天に差し掛かった日輪が顔を覗かせている。
おかきがどこか座って休める手ごろな場所がないか周囲を探すと、いち早く行動していた忍愛がちょうどクナイで樹木を切り倒していたところだった。
「……勝手に木々を傷つけて怒らないですかね、神様」
「大丈夫大丈夫、これ死んでる木だよ。 日も当たらないし周りの木に栄養とられてるし、放っても腐って倒れちゃうやつ」
そうこうしている間にも切り倒された木はあっという間に解体、切り株も座りやすいように表面を加工されている。
普段の言動から勘違いされやすいが、山田 忍愛はこうして気配りも(やる気になれば)できる人間ではあるのだ。
「さすが……これだけ歩いたのに先生も忍愛さんも息ひとつ乱してませんね」
「まぁねぇ、私はSICKで死ぬほど鍛えられてるから……あ゛ーお酒美味しい……」
「ボクはこう見えて結構疲れてるよー、登山なんて初めてだしさ」
「へえ、ちょっと意外です。 よく出かけているのを見かけるのでアウトドアな方かと」
「んー、まあボクってカフカになる前は引きこもりだったし?」
「「えっ」」
急に明かされたデリケートな話題に、おかきと飯酒盃は多大に顔を見合わせる。
一方の忍愛はいつもと変わらずあっけらかんとした態度だ、打ち明けることに苦痛を感じている様子はまるでない。
「……忍愛さん、それって聞いても大丈夫な話なんですか?」
「んー、まあ新人ちゃんなら話してもいいかなって。 ま、大したことないよーボクの昔話なんて」
「いやあ先生も初耳なんだけどぉ……」
「じゃあ飯酒盃ちゃんは耳塞いでて」
「そんなぁ!」
「アハハ、冗談冗談。 まあ聞きたいなら歩きながら話そっか? 可愛い僕の可愛くない昔話」




