おばけレストラン ②
「レストラン、ですか?」
奇妙な依頼におかきは小首をかしげた。
この学園内には様々な飲食店が経営している、探せばそれこそレストランも少なくない。
電子生徒手帳を開けばマップアプリもインストールされているため、隠れた名店を探すにしても苦労しないはずだ。
「ああ、私も卜垣君に聞いたので詳しくはないのだが……話せるかい?」
「は、ははははい! えっと、ちょっと待ってください、演じます!」
「演じる?」
「すぅー……はあぁー……そぉーなんですよホームズさん! 僕、この目でしっかりと見ちゃったんです!」
「おう、何や急に雰囲気変わったな?」
背中を丸めて小動物のように震えていた少女はどこへやら。
ひとたび深呼吸を終えると、そこに居たのはどこからか取り出した鹿撃ち帽をかぶった快活なワトソンだった。
衣装こそ制服のままだが、その所作や声色から声変わり前の少年のように見えてくる。
「卜垣君はコンビ役が抜群に上手いんだ、主役を立てる相棒を務めさせると私でもかなわない。 普段のアガリ症は玉に瑕だけどね」
「難儀な性格やな、まあこの学園にいる連中なんて皆そんなもんか。 うちら含めて」
「ひどい言い草ですねウカさん。 それで依頼の内容について……先に場所を移しましょうか」
探偵部として初の依頼だというのに、玄関で立ち話というのも風情がない。
おかきは近くの空き教室にロスコたちを案内し、適当な机とイスを引っ張り出す。
学園祭の直後で掃除が生き届いてのは幸いだ、しかしコーヒーの一つぐらいは残しておくべきだったかとかすかな後悔がおかきの胸をよぎった。
「さて、卜垣さん」
「僕はワトソンです!」
「ではワトソンさん、そのレストランとやらについて詳しく教えてもらえますか?」
「はい! これは学園祭中、僕が体験した不思議な話なんですけど……」
――――――――…………
――――……
――…
その日、卜垣 アイカの気分はどん底まで落ち込んでいた。
事故とはいえ学園祭の直前に怪我をするという失態。 幸いにも大怪我こそなかったが、ねん挫で足首を痛めた彼女は全治3週間という診断を下された。
舞台の復帰には間に合わない、ここまで入念にリハーサルを重ねてきた部の仲間たちにも多大な迷惑をかけてしまう。
「はぁ……あれ?」
そこで卜垣アイカは気づく、自分はリハビリとして松葉杖を突きながら寮の周りを歩いていただけだ。
しかしぼーっと歩き回っていたせいか、いつの間にか見知らぬ路地裏に迷い込んでしまっていた。
周囲を見渡しても十字路がいくつも入り組んでおり、道を引き返そうにも自分がどこから来たのかさえ分からない。
「ど、どこ……ここ……?」
赤室学園では稀にこういうことがある、広すぎる敷地は教師でさえその全貌を把握している者は少ない。
ひどい時には数年前に失踪した生徒が体育館の屋根裏で野生児と化していた、なんて噂すらあるほどだ。
そんな笑い話も冗談と言い切れないのがこの赤室学園、卜垣アイカの顔からさっと血の気が引いていく。
「す、すみませーん! 誰か、誰かいませんかぁー……!?」
チワワが鳴くようなか細い声で呼びかけるが、無限に交錯する路地に自分の声が反響するばかりで返事はない。
寮からそこまで離れていないはずなのに何かがおかしい、慣れない杖を突きながら卜垣アイカの心臓がだんだん早くなる。
そして息が切れるほど歩き回り、どれほどの時間が過ぎただろうか。 杖を握る手が痛くなってきたころ、「それ」は目の前に現れていた。
――――――――…………
――――……
――…
「何基も連なった鳥居と、その先に建つレストラン……ですか」
「はい、そうなんですよホームズさん! なんだか美味しそうな匂いがするからついふらふら~っとですね」
「なんや危なっかしいな、それでどうやって帰って来たん?」
「それが全く覚えてないんですよね~! お腹いっぱいになって気づいたら寮の前に立っていたんですよ」
「ではレストランでは料理を注文したんですね、何を食べたんですか?」
「ごめんなさい、何もわからないんです! ワトソン一生の不覚です!」
「ハッハッハ! 気にすることはないよ卜垣君、こうして君が無事に戻ってきて何よりさ!」
「悪い人やないけどな、すまんけどちょっとお口チャックしてくれへん?」
「心得た!」
卜垣の話を整理すると、「見ず知らずの場所に建つ謎のレストランについて調べてほしい」というなんとも手がかりのない依頼だ。
誰かに相談したところで夢でも見ていたんじゃないかと一蹴されるような話、しかしおかきたちとしては見過ごせない事件でもある。
「卜垣さん、“何もわからない”というのはレストランでの出来事を覚えていないという事でしょうか? それとも説明が難しいとか」
「さすがです、ホームズさん。 僕はあのレストランで何を食べたのかは覚えているんですけど、なんというかこう……口で伝えるのが難しいんです! 美味しかったのは間違いないんですけど……!」
卜垣アイカは身振り手振りでなんとか味の表現にトライするが、演劇部の表現力をもってしてもそれは奇妙な踊りにしか見えない。
だが重要なのは、「筆舌に尽くしがたい味わいの料理を提供する店があった」という証言だ。
「ウカさん、どう思います?」
「まあ……SICK案件やろな、おかきも気づいとるやろ」
「ですね。 卜垣さん、もう一つ聞きたいんですけども――――その足はどうしました?」
「…………ええ、気になりますよねホームズさん。 料理を食べたあの日から、僕の捻挫は完治しています」
卜垣アイカのケガは完治まで3週間ほどかかる、まだ学園祭が終わってから1週間と少ししか経過していない。
だというのにおかきの体面に座る彼女の足には包帯のひとつも巻かれず、杖も突いていない。
予定の1/3の速度で彼女のケガは治っているのは明らかな「異常」だ。
「ホームズさん、僕はあのレストランにただお礼が言いたいんです。 だからどうか探してはくれないでしょうか?」
「私からも頼むよ、おかき君。 部員が世話になったんだ、部長として礼は返したい」
「……わかりました、探偵部として最初の依頼です。 ぜひとも引き受けましょう」
不思議な料理を提供し、悩める少女の脚を治した奇妙なレストラン。
それが探偵部として活動する記念すべき最初の事件となった。




