学園へいこう ②
二段勾配のギャンブレル屋根やジョージアン様式の建築物が並ぶ光景は、ここが日本ということを忘れそうになる。
さらにその手前には年季が入った路面電車が横断し、近代的な信号機やスマホを持った学生たちが行き交う景色が一層おかきを混乱させた。
「元々は隠れキリシタンの村だったらしいわ、古い建物はその名残ね」
「一体この学園を建てるためにどれだけの費用が……」
「10億20億じゃ到底済まないでしょうね、兆単位にはなるんじゃない?」
「ひぇ」
「あれー、ガハラ様じゃん。 どしたのこんなところで?」
おかきが到底想像できない金額に震えていると、道ゆく女生徒たちが甘音へと声をかけてきた。
同級生だろうか、甘音も慣れた雰囲気で手を振って対応する。
「なに、そっちの小さい子? おサボりデート中?」
「そうよー、今日は1日ランデブーの予定、羨ましい?」
「いいなぁ~めっちゃ可愛い、初等部から拉致った?」
「高等部です」
「私の弟も初等部だから、見かけたら仲良くしてねー」
「高等部です」
「悪いわね、私今からこの子初等部に連れていかなきゃだから。 また後でー」
「高等部ですううぅぅぅぅぅ……」
涙の訴えも虚しく、おかきは甘音の小脇に抱えられて持ち運ばれる。
再会の機会が訪れない限り、彼女たちはおかきのことを初等部だと勘違いするのだろう。
「天笠祓さん、念のために確認しますが私の所属学部わかってますよね?」
「もちろんよー……ギリギリ中等部よね?」
「高等部です!」
「あははごめんごめん! 冗談よ、でもおかきの見た目なら全然いけると思うけど」
「さすがにこの歳で小学生たちに混ざるのは精神的に辛いので……」
「でもここの生徒なら初等部から経済新聞購読して株運営するような連中も多いわよ?」
「それはそれでレベルが高すぎてついていけませんけど」
「でも退屈はしないわよ。 まあおかきの希望なら仕方ないか……っと、あのバスに乗るわ、乗車賃用意して」
甘音が停留所にとまっているバスへ乗り込み、乗組口近くのパネルにスマホをタッチする。
おかきも見よう見まねでスマホを押し付けると、鈴の音のような承認音が鳴って画面に表示されていたAPが100点分減少した。
「あれ、ガハラ様? そっちの子は初等部じゃないの?」
「高・等・部です!」
「というわけで、見た目は子供だけど頭脳は大人な転入生よ。 これからよろしく」
「えー、ウソちっちゃいヤバい可愛っ! ウカちゃんよりちっちゃくない? ちょっと触らせて撫でさせてつっつかせて!」
「お菓子食べる? チョコあるよチョコ食べるところ見せていっぱい頬張ってるところ見せて」
「ガハラ様に無茶振りされてない? うち来る? 一生匿うよ?」
「ってか肌めっちゃ綺麗ヤッバ赤子か?」
バスに乗り込んで座るやいなや、おかきの周りにわらわらと学生たちが群がってくる。
どこの世界でも転入生というのは物珍しいようで、おかきの容姿も合わさり学生たちから向けられる好奇の目は止まるところを知らない。
「おほほほほ、残念だけど今日は私が独り占めさせてもらうわー。 あとで先生から紹介入ると思うからよろしく!」
「えぇーガハラ様だけいいなぁー!」
「……人気者なんですね、天笠祓さん」
「甘音でいいわよ、多分これからあんたのファンも増えていくわよ? 魔性の美貌は辛いわねー」
APP18以上のおかきが人目を引くのは不思議ではないが、そんな怪物の横に立ちながら見劣りしない甘音も相当だ。
それだけで天笠祓 甘音という人物がどれほど周囲に慕われているのか、おかきにも十分理解できる。
「でもこの人、唾液狙ってくるんですよね……」
「ちょっとガハラさん? 詳しく話を聞かせて?」
「ウカちゃんにも前に同じことやってたよね?」
「ち、ちが……私はおかきの体液が欲しくて……」
「前科一犯、今日で二犯か。 言い訳は署で聞こう」
――――――――…………
――――……
――…
「おかきー! 誤解解くの大変だったんだからね!」
「すみません、つい口から本音が」
「本音ってなによ! けど時間も押してるし不問にするわ! さっさと先生に挨拶してくるわよ!」
後ろ髪をグイグイ引っぱる同級生と別れ、おかきたちが降りたのは学生たちが向かう学舎ではなく、リゾートホテルと見まごうほどに立派な寮だ。
転入生であるおかきはまず荷物を片付け、教師と合流してから共に学舎に向かう手筈となっているため先にこちらへ足を運んだのだ。
「フロントで荷物預けてしまいましょ、あとは勝手に部屋まで運んでくれるわ」
「本当に高級ホテルみたいですね……」
「学生の他に外からくるお偉いさんも泊まる場所だもの。 APの余裕があれば一軒家も買えるわよ」
「もはや想像が追いつかない世界ですね」
寮へ足を踏み入れると、すぐにスーツ姿のホテルマンが現れ、慣れた手際でおかきの荷物を回収していく。
まるで貴族のお坊ちゃんにでもなったような扱いにおかきは胃がもたれる気分だった。
「なに? 体調悪い? 大丈夫? 採血する?」
「いえ、結構です。 それより教師の方はまだ……」
「ごめんごめん、遅れちゃったー! 2人とも待った?」
新品の注射器を構え、おかきににじり寄る甘音が軽く舌打ちをして手に持ったものを隠す。
そんな彼女の背後からやってきたのは、まさに急いで着替えてきたのだろうという身だしなみの女性だった。
パンツルックの服装だが上着のボタンは何個か外れ、髪の毛は整っているように見えるが寝癖が跳ね、顔に掛けたメガネもずれている。 教師にしては随分ズボラな印象の女性だ。
「どうも~、藍上おかきさんだっけ? 会うのは2度目だね、飯酒盃 聖です。 お見知り置きを」
「えっ……すみません、どこかでお会いしたことが?」
「あー、病院で会ったときは全然違う格好だったから気づかない?」
「……あぁー! 銃の人!」
飯酒盃と名乗る教師が指で銃の形を作って見せ、そこでおかきはようやく気づいた。
彼女はカフカを発症して病院へ足を運んだ際、診察室でおかきの背後から銃を突きつけてきた看護師だ。
「あの時はごめんね~! 急にカフカ患者が来たからとにかく制圧が優先されて」
「いや、その件は過ぎたことなので良いんですけども……教師だったんですね」
「飯酒盃先生は教師もできるだけで本職じゃないわ、これも一つの顔に過ぎないの」
「なるほど、一見ズボラなのもカモフラージュなんですね。 さすがです」
「…………そう、だね」
「飯酒盃先生? 目を逸らさず自信を持って答えてあげたらどうですか?」
「い、いや~~~そのぉ~~~……」
「昨日あれだけ釘を刺したのにまた呑んでましたね? それで寝坊し掛けて慌てて着替えてきたと」
「も、申し訳ありませんでしたぁ……!」
笑顔で詰め寄る生徒と、惜しみない土下座を披露する教師の姿を見て、おかきは2人の力関係を察する。
両手を組んで仁王立ちする甘音の背後には修羅が見えた。
「あらためて紹介するわ、おかき。 この人は飯酒盃 聖先生、アル中よ」
「アル中」
「ち、ちが……人よりちょっとお酒が好きなだけで……」
誤解を解こうと首を振る飯酒盃のポケットから、コンビニで見かけるようなパック酒が落ちる。
「…………牛乳です」
「はい没収ぅー!」
「待゛っ゛て゛甘゛音゛ち゛ゃ゛ん゛!! 私゛は゛ね゛、゛ア゛ル゛コ゛ー゛ル゛入゛っ゛て゛な゛い゛と゛お゛仕゛事゛で゛き゛な゛い゛の゛!!」
「見損ないました飯酒盃さん」
「出会って2度目で見損なわれたぁ!?」
「気をつけなさい、おかき。 私立赤室学園の連中は私以外こんなのばかりよ、私以外」
「蠱毒か何かやっていらっしゃる?」
藍上おかき、転入初日。 始業前からすでに心のキャパシティはいっぱいいっぱいとなっていた。




