部活ウォーズ ④
「「「ぜ、全然情報集まらねえ……!」」」
「まあ……出目が悪かったですね」
シナリオ開始から小一時間、プレイヤーが忍者となって使命を果たすTRPGは無事(?)クライマックスを迎えていた。
3人のプレイヤーは与えられた制限時間を使い果たし、いざ最終決戦へ挑む……のだが、その顔は明るいとは言えない。
「ではクライマックスフェイズに移行します。 あなたたちが護衛していたお姫様は、予定通り儀式の生贄として捧げられて死亡……」
「「「あああああぁぁ……」」」
「儀式によって復活した神様は、暴走して周囲の忍者たちを襲い始めました。 戦闘開始です」
「ひ、姫様ー!!」
「どうすりゃよかったんだろ……どこで何を間違えたんだろ……」
「情報が……情報が足りない……!」
「サイクル数に余裕はあったので、足りない情報を互いに交換するか感情を結んで情報を共有すればよかったのでは?」
「「「あぁー……」」」
復活した敵モンスターにあえなく蹴散らされた3人とともに、おかきは反省会を開く。
シナリオ進行に不備はない。 ただすこしだけ全員の出目が悪く、そしてプレイヤーが情報アドバンテージを軽視していた。
このTRPGでは隠された情報を集め、自分の目的を達成することが要。 情報は値千金といってもいい。
「このゲームにはプレイヤー同士で戦う遊び方もありますが、今回のように協力して遊ぶことも可能です。 いかがでしたでしょうか?」
「で、でもどうやって協力か対立か見分ければ……」
「そのために隠された秘密を調べるんですよ、もしくは敵と思っていても表面上は味方のふりをし、協力関係を結んでもいい。 それもまた忍びらしいでしょう」
「おぉー、っぽい。 ってか遊び慣れてますね藍上さん」
「まあ、昔は怪物たちに揉まれて鍛えられましたから……」
「「「揉まれて……!?」」」
かつての先輩たちから教導された「初心者の沈め方講座」は、おかきの体にしっかり染みついていた。
出目の不調はあったがここまでは想定内。 シナリオエンドとしては決してハッピーではないが、大事なのはここからだ。
「……では、次は別のシナリオでもいかがですか?」
おかきはプレイヤーが不合理な行動をとっても、それがシナリオ途中であるなら極力口を挟まない。
自分で選択した行動で失敗したならそれは良い経験となり、次に生かす糧と意欲に変わるというのが彼女の持論。
ゆえにまずは短時間で終わる軽いシナリオを回し、そして熱意が冷めないうちに本命を投下する。 それが新人へ振舞うおかきのウェルカムドリンクだった。
「……どうする?」
「まだ時間はあるよな? やってみるか」
「このままじゃ消化不良だもんなぁ」
そしてこの日、3人の学生がみごとTRPGの沼へ落ちることとなる。
その後彼らは多種多様なルルブと追加DLCにAPを溶かすことになるが、3人の表情は幸せに見えたという。
――――――――…………
――――……
――…
「……ご主人よ、楽しんでいたがあの部に入るのではないのか?」
「いいえ、どうやらかつての私はかなり贅沢な環境に浸かっていたようで。 それにあの部は彼らのコミュニティですからね」
一通りのTRPG仕草を啓蒙し終えたおかきは、タメィゴゥを抱えたまま寮への帰路を歩く。
部活動を探すにあたり、最初に考えていたのはやはり昔と同じボードゲーム部……のつもりだったが、そんな考えは彼らを見てすぐに失せた。
あれは彼らの聖域だ、あの友人同士の和気あいあいとした空気に水を差す気にはどうしてもなれないおかきだった。
「私たちには私たちの遊び方がありましたから、彼らの部活動を侵食してまで楽しむ気にはなれません。 学生時代は貴重ですからね」
「ではご主人はどうするのだ?」
「それはまた明日考えますかね、今日はもう暗いので帰ります」
「そうか、我はご主人が満足するまで付き合うぞ」
「ふふ、ありがとうございます」
「ちょっとあんたたちー! いい加減にしなさ……っておかき、お帰んなさい」
「っと、甘音さん。 何かあったんですか?」
おかきが寮に到着すると、自動扉の向こうに広がるエントランスでは何やら調理器具を抱えた生徒たちが言い争いをしているようだった。
幸いにも刃物を持ち出すほどヒートアップはしていないが、甘音を含む数人が語りで止めるほど興奮している様子だ。
「だーかーらー、キッチンは俺たちが今使ってるんだよ! デザートは後でいいだろ!?」
「仕込みに時間かかるんだよ、お前たちが丸ごと占領する必要はねえだろうが! スペース開けろって!」
「甘音さん、これは何の喧嘩なんですか?」
「んー、調理部とスイーツ部の抗争よ。 キッチンの使用権を求めて争ってるわ」
「なるほど」
学園祭を終え、寮の冷蔵庫には出し物の余りとして日持ちする食料が詰め込まれている。
傷めば廃棄するしかない食料なので利用は自由、食費を浮かすため自炊に挑戦する生徒も少なくない。
それでもキッチンをめぐってケンカになることなんて一度もなかったはずだ。
「おかき、たぶんあんたへのアピールよ。 飯で釣って胃袋掴もうってわけ」
「私へ? なぜですかそんな急に」
「ボクの調べによるとだねぇ、新人ちゃんが参加する部活or委員会を探してるって噂が広がってるんだよ。 プリンうめえ」
「忍愛さん、そのプリンどこから持ってきたやつですか?」
おかきたちの後ろからにゅっと顔を出す忍愛の手には、どう見ても手作りとしか思えないプリンが抱えられていた。
十中八九スイーツ部が作った力作の1つだろう、つまみ食いが見つかれば血祭は避けられない。
「みんな新人ちゃんを欲しがってるんだよねえ。 ほら、ボクの次くらいには可愛いわけだしさ?」
「うぬぼれるなよピンクが」
「色で罵倒されることってある? しかもタマゴに」
「なんで私なんですかね、料理経験なんてほとんどありませんよ?」
「綺麗な宝石は手元に置いておきたいってことだよ。 経験者として忠告するぞ新人ちゃん、明日からはもっと過激になるからさ」
「あんたの場合は3日で性格バレて解散したわね」
「何の話かなー!! ボクわからないなー!!」
都合が悪い方向に話がそれると、忍愛はプリンを抱えたまますばやくその場を後にする。
おかきは撤退判断の素早さに感心しつつも、彼女の忠告を心にとどめた。
「明日からはこれ以上、ですか……」
うなじのあたりを走ったイヤな予感はきっと気のせいじゃない。
そんなおかきの勘は、残念なことに的中してしまうのだった。




