ダチョウ・オブ・ザ・ハイウェイ ③
「局長、スピード出しすぎではないですか局長!」
「あばっばっばっばっば!! 今掠った、今掠ったよねぇトラックに!!」
「緊急事態だ、万が一ダチョウが一般人に暴露するよりも早く捕まえねばならない」
突然高速道路で始まったカーチェイスは、獣道を駆け下るよりもはるかにスリリングなものだった。
周囲の景色は残像ばかりでまともに視認できず、速度計はもはや見るのも怖い。
アクセルを踏みつけながら車両の隙間を縫う中、おかきは自分たちはともかく他人の命すら奪いかねない恐怖に慄いていた。
「キューさん、これってダチョウを捕まえる前に私たちがポリスに捕まるのでは!?」
「あー、その点は問題ないよ! この車体にはおいら特製認識迷彩塗装を施してるからねえ! いくら危険運転しようとも道端の石ころ程度にしか認識されないさ!」
「それはそれで危険なのでは!?」
「そうだねぇ、今気づいちゃった!! 天才にも失敗はある!!」
こちらの存在が気付かれないということは、相手がこちらの車両を避けるはずもない。
それどころか車線変更などで急に前方を塞がれるなど、予期せぬ挙動すら考えられる。
開始からわずか数分のカーチェイスではあるが、実際におかきたちは両手で数えきれないほどの臨死体験を味わっていた。
「こちら麻里元、2分遅れで追跡を開始した。 そちらの状況は?」
『こちら可愛い可愛い忍愛ちゃん、現在ダチョウは道路に沿って東に直進中、ところで新人ちゃんたちの悲鳴が聞こえるけどどうしたの?』
「気にするな、ではそのままポイントCに追い込んでくれ。 幸運を祈る」
絶叫するおかきたちとは裏腹に、運転席の麻里元は涼しい顔でハンドルを切る。
まるで周囲の動きが読めているかのような紙一重の連続、当事者でなければおかきも惜しみない拍手を送る驚異的なドライビングテクニックだ。 当事者でなければ。
「トイレ行っててよかったねえおかきちゃん!!」
「最低限の尊厳を守る前に命を失いそうですが!!」
「大丈夫だ、今まで事故を起こした回数など……ひのふのみい……」
「数えてる! 指折り数えてますけどキューさん!? 10数えてなお折り返してますよ!!」
「こうなったらもうエアバッグの性能を信じるしかないよね」
「悟っていらっしゃる!」
「大丈夫だ、14台しか壊していない。 四捨五入すれば0台だぞ」
「おっと豪快に10の位を切り捨てたな」
「と、ところでポイントCとは……?」
「ああ、ダチョウを捕獲するため事前にいくつか追い込むポイントを決めていたんだ。 公衆の面前で大捕り物を見せるわけにはいかな……おっと危ない」
「「うぎゃあ」」
ウインカーを出さずに車線を変更するトラックに、後方座席2名の呼吸が一瞬止まる。
間一髪で回避も間に合ったが、おかきはそろそろ遺書を認める覚悟を決めることにした。
「ふ、ふふふ……こんなスリル味わったのは半年前の世界滅亡案件以来だぜ……」
「結構な頻度でスリル感じてますね、局長とのドライブは今日が初めてだったんですか?」
「いや重々知ってるから道連れが欲しかった」
「ひとでなし!!」
「あまり騒ぐなよ、舌を噛むぞ」
麻里元に釘を刺されおかきは口を閉ざす、この絶叫アトラクションで舌を噛めば洒落にならない。
体感では時速は140㎞を超えている、そのうえほぼノーブレーキ……なのだが。
「……見えないね、ダチョウの姿が」
「ああ、どうやら速力もただのダチョウではないようだ。 距離が縮まっている気がしない」
ダチョウの速度は時速70㎞と言われている、これほどアクセルを踏みしめれば等に姿が見えるどころか追い付いていてもおかしくはない。
だというのにダチョウどころか、その背を追いかけているはずの忍愛の姿すら見えていないのだ。
「ふむ、時速150㎞以上というところか……このままじゃポイントCを強引に突っ切りかねない。 作戦を変えよう、山田」
『はいはいこちらとってもかわいい忍愛ちゃーん。 どしたん局長、ボクもずっと追いかけるのはきついよこれ?』
「お前で辛いなら相当だな、目標との距離は?」
『目と鼻の先、声聞く?』
『ブフォー』
無線機をダチョウの方に向けたのか、スピーカーから風切り音に混ざった低い鳴き声が聞こえてくる。
つまり腕を伸ばせば届く距離にいるということだ、この速度の中で。
「仲が良さそうで何よりだ、だが状況が変わった。 このままじゃ我々が追い付くのは厳しい、なんとかダチョウの気を引いて減速させてくれ」
『えー、無茶ぶりー! でもまあ優秀なボクなら造作もないことだよ、この可愛いフェイスだけでも万人の目を引いちゃうからね』
『…………フッ』
『はっ? 鼻で笑ったぞ???? ボクのことを鼻で笑ったぞこのダチョウ目ダチョウ科ダチョウ属ダチョウ種????』
「ダチョウに煽り力で負けてるよあの子」
「さすが煽り運転車に化けてるだけあってお上手ですね」
「山田、遊んでいる暇はないぞ。 止められそうか?」
『蹴り飛ばしていいならそうするけど許可下りないよね』
「我々の目的はダチョウの殺傷ではない、できれば穏便な手段を選んでくれ」
『うーん、それなら……ああ、この先ジャンクションだ。 局長、誘導ならいけるよ』
「そうか、ならその手で行こう。 頼んだぞ」
「……局長? なんだか背筋にぞわぞわとした悪寒が走るんですけど、何考えてます?」
「おかき、舌を噛み千切りたくなければ今からしばらく口を開くなよ」
おかきの疑問に明確な回答を返さないまま、麻里元は運転席に取り付けられた赤いボタンを押し込む。
その瞬間、すでにアクセルを踏み切っているはずの車体はさらなる加速力を得てすべての景色を置き去りにした。
「ウワーッ!!? 徹夜テンションでゲラゲラ笑いながら取り付けちゃった加速装置!!」
「なんてもの取り付けてくれてんですかキューさん!!!」
「黙ってろ、飛ぶぞ」
「「飛ぶ!??」」
当然ながら車は急には止まれない、として急には曲がれない。
これまでは麻里元の驚異的な反射神経とハンドルさばきでどうにかなっていたが、本来ならスピードが上がるほどカーブへの対応能力は下がる。
だがどんどん加速する車体の行く末には、どう見ても曲線を描いている道路が続いていた。
「さて……キュー、お前の改造を信じるぞ。 私に廃車記録を更新させてくれるな」
「過ぎたる期待だねえ!!! 今からでも止めない!?」
「残念だな、車は急に止まれない」
そして麻里元が咥えていたアメをかみ砕いた瞬間、おかきたちを乗せた車はカーブを突き破って大空へと飛翔した。




