神のみぞ知る舞台裏 ③
「はぁ~~~~!! 神様が神の寵愛を受けし者を助ける……これぞまさしく愛ですわ!!!」
おかきたちが飯酒盃の住居に集合しているころ、“名もなき神の教団”本部へ帰還していた子子子は、自室にこもり法悦していた。
壁一面のスクリーンに照らし出されているのは、おかきたちの演劇だ。
気取られぬよう隠し撮りしていたのか、画面の半分には天井裏で犯人を取り押さえるウカの活躍も表示されている。
「ハァ……ハァ……これだけでご飯3杯……いや5杯は行けますわ。 すべてを超越した存在であらせられる神が、小指で捻り潰せるほど矮小な命を手間暇かけて救う……これはもうセッ[自主規制]以上の快楽では?」
興奮して息を荒げながら、手元のマウスを使いフレーム単位で映像をスクショしていく子子子。
だらしなく緩んだ口元から零れるよだれを拭くこともなく、その手はただ自分の欲望を満たすためだけに動かされていた。
「はぁ、できればわたくしも神様たちの間に挟まりたかったのですが……いたし方ありませんね」
幼気な女学生を誑かし、ウカたちの雄姿を盗撮したのは彼女のエゴだ。 しかし引き際を弁えぬほど子子子子 子子子は狂人ではない。
頭のネジこそ外れているが、SICKの懐で自らの恥部を晒すような下手を打たない理性はある。
ましてや、“赤室”が治める箱庭にあれ以上長居すれば――――
「……うふふ、それにメインディッシュはまだ先の話ですものね」
スクリーンを止め、ひとしきり満足した子子子は席を立つ。
防音性の扉を開き、その先に待つ護衛を連れて歩く廊下の先からは大気を震わすほどの歓声が聞こえてくる。
ビリビリと肌を震わすその声は皆、名もなき神の教団に属する信徒たちが子子子に向けて浴びせる感謝の声だ。
「ああ、お待たせしました皆さん。 それでは明日がまた今日よりも素敵な一日であるために」
名もなき神の教団、それは子子子が統率する組織の名前であり、そして――――
「――――愛おしき我らが神を愛でるために、堕落させましょう。 この手の届くところまで」
5つの宗教を存在しなかったことにし、SICKが把握する限り12の小規模神的実体を無力化してしまった危険団体である。
――――――――…………
――――……
――…
「……500年、ですか」
「ああ、大まかな数字だがここから大きく縮まることはねえぜ。 何やらかしたんだよお前の親父さん」
悪花はおかきたちとちゃぶ台を囲むように腰を下ろす、その顔にできた濃いクマからも彼女の疲労はうかがえた。
全知無能……あらゆる知識にアクセスできる能力だが、代償として膨大な下調べを必要とする。 おかきの願いにこたえるため寝る間も惜しんであらゆる情報を精査していたのだ。
「悪花、何の話してんのよ?」
「こいつから頼まれたんだよ、自分ンとこの親父が失踪した事件の真相を調べてくれってな。 だがたどり着いた結論がこれだ、悪いがこれ以上力を貸せねえ」
「ええ、さすがにそこまで悪花さんに負担をかけるわけにはいかないですからね。 しかしその500年というのは」
「異常だよ、今まではSICK案件の未解決事件を調べた時に出した80年が最長だ」
「そうですか……」
おかきも悪花の能力についてはある程度理解している、ゆえに実のところあまり結果は期待していなかった。
失踪の謎がどれほどの難易度か、彼女の能力を指標として算出したい。 ただそれだけの気持ちだったが……弾き出されたのはあまりにも異様な数字。
「なあおかき、その話はうちらも参加してええか?」
「どうぞ、今は客観的な意見が聞きたいです」
「ほな遠慮なく。 悪花、本人的にはそこまで年数が伸びる原因は何やと思っとる?」
「単純に“難易度”だろうな。 小学生の算数とリーマン予想じゃ当然算出までの時間も変わる、こいつの親父さんが失踪した事件が有象無象よりはるかに性質が悪いってことだろ」
「下手な未解決事件よりずっと時間がかかるってことよね? それってつまり」
「……おかきさんのお父さんは、異常な何かに触れた可能性が高い、です」
誰もが薄々察していたことを、ミュウが口にする。
SICKが抱える未解決事件すら足元にも及ばない必要年月から導き出される答えは、それしかなかった。
「というわけで、答えが気になるところだが俺はこれ以上手を貸す暇がねえ。 あとは任せたぞアル中」
「アル中!? ……ってもしかして暁さん、あなたバトンタッチを狙って私の家までやってきたの!?」
「ったりめえだ、何もわかりませんでしたで手を引くのは俺のポリシーに反する。 ちゃんと上司にも連絡しておけよー、いくぞミュウ」
「お邪魔しました……です」
厄介ごとを押し付けるだけ押し付けると、悪花は大きなあくびを残して去っていく。
その背中をトコトコついて行くミュウを見送ったおかきは、再びちゃぶ台の上に突っ伏した。
「……どういうことですか、説明を求めます」
「悪花で無理なら私たちでも無理よおかき、何かの間違いってことはない?」
「異常性のない事件なら500年なんて無茶な数字は出ないわ、暁さんが嘘をついていない限りはね」
「まあ、きな臭い臭いがプンプンするってことは間違いないわな」
おかきの頭の中にはぐるぐるととりとめのない情報がグルグルとうごめいていた。
自分の身だけでなく、学生時代の先輩や実の親さえも正常な世界から外れたところにあるという事実に、おかきの頭は大混乱だ。
「……よし、一回忘れましょう!」
「忘れるんか」
「悪花で出せない答えを私たちが今夜中に弾き出せる可能性は低いわ、そうよね飯酒盃先生!」
「そうね、局長たちにも報告しておくわ。 大丈夫、SICKの力があれば解決できるはずだから」
「ということよ、おかき! 心配しなくてもあとは大人たちが何とかしてくれるわ」
「一応私も大人なのですが……」
「そういえばそうだったわね、まあそういうわけだからシャキッとしなさい。 500年もその調子だと小じわが増えるわよ」
「さすがに500年も生きていられないですよ」
「安心しなさい、その時には私が不老不死開発してるわ」
あまりにも自信満々に言い切る甘音の言葉に、おかきはそれ以上何も言えなかった。
同時に、明るく先導してくれる彼女の振る舞いのおかげで少しだけ落ち込んだ心も持ち直す。
「明日は学園祭最終日、しっかり稼いでしっかり楽しむわよ! いいわね、おかき!」
「……はい、頑張りましょう」
もし彼女が不老不死の薬を作った時には、カフカも不治の病ではなくなっているのだろうか。
父の件とはまた違うモヤっとした気持ちを抱えながら、おかきは一度心の澱を片隅へと追いやる。
謎は増えたが、今は解決するための手札が足りない。
今は焦らず、いつか来る好機を待ちながら……今はただ今日を楽しむために。




