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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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神芝居 ⑤

「ふぃー! 間に合った間に合った、トイレめっちゃ混んでたわー」


「行儀悪いでおかきの姉さん、こっち席取ってあるから座りぃ」


「あっ、どもども。 えーっと……ウカさんだっけ?」


「せやでー、どもども。 こっちはお嬢こと天笠祓 甘音、まあ知っとるか」


「どもどもPart2、お隣どうぞお姉さん!」


 おかきたちが開演に備えているころ、体育館の観客席はすでにほぼ満員状態だった。

 2階の立見席にもオペラグラスを構えた観客が並んでいる、彼らの目的はおかき……ではなく、半分以上は宝華 ロスコ率いる演劇部のファンたちだ。


「しかしヤッバいね赤室学園、演劇部一つとってもこの人気って」


「まあプロから声掛かっとるレベルやからな、とくにロスコの人気はえげつないで」


「母親は宝塚の元星組、父親は映画監督。 自分自身も望んで演劇の道を選び、主役を張れば文句なしの一流役者……優秀すぎていっそ怖いわね」


「お嬢が言えた義理やないで、それにそんなばっかやこの学園」


「いやー本当すごいわ赤室、それで舞台ってどんなのやるんだっけ?」


 陽菜々は事前に配られていたパンフレットを取り出す。

 劇の内容としてはフランス革命期のヴェルサイユを舞台とした恋愛劇だ。

 事故で両親を亡くしたショックで声を亡くした美しき娘と、ひょんなことから彼女の護衛を命じられた罪人の剣士の2名が物語の中心人物となる。


「うわっ、おかき本当に主役なんだ。 なんかあたしの方が緊張してきた……」


「大丈夫、おかきは自慢の後輩や。 いまさらこのくらいの舞台でへこたれる心臓はしてへんやろ」


「そうね、爆弾騒ぎやカジノ事件に比べればなんてことないわよ」


「いやマジでこれまでなにがあったん?」


「申し訳ないけどそれについて話すわけにはいかんからなぁ……あっ、いよいよ始まるで」


 次第に照明が落とされると、開演を知らせるブザーが鳴り、舞台の幕が上がっていく。

 幸いにも急ピッチで進められた飾りつけは間に合ったようで、壇上にはヴェルサイユ宮殿を模した大道具が並んでいる。

 そしてスポットライトに照らされて独り座っているのは、陽菜々がコーデしたドレスで着飾ったおかきだ。


――――――――…………

――――……

――…

 

(……さて、始まりましたね)


 幕が上がりゆく中、おかきは大きく息を吐き出す。

 人生初の演劇、しかもぶっつけ本番の大舞台だというのに心臓は不思議なほど落ち着いていた。

 藍上 おかきの精神力(POW)が相当高いおかげか緊張もない、これなら黙って座っているだけの仕事なら十分務まる。


「ねえ、見てあのお姫様! 無駄に綺麗なドレス!」


「見せる相手も親もいないのに、いったいどこから盗ってきたのかしら!」


「ダメダメ、不幸が移るわ! 親を見殺しにした恥知らずがこっち見てる!」


 舞台が始まると、スポットライトを浴びたおかきへ向かってどこからともかくそしる声が飛んでくる。

 ヒロインに対する観客の同情を集めながら、簡潔に状況を説明するためのテクニックだ。


「………………」


 陰から言葉の刃を投げつけらる中、おかきは台本通り何も言わずただ俯いて悲しみを表現する。

 演劇は初めてだが、難しいことではなかった。 雄太として生きた時の経験が生かされている。

 舞台として誇張された表現だが、かつて父親が失踪した時も同じように陰口をたたかれたことがあったのだから。


「――――はっ! 噂通り辛気くせえ面だな、まさしく悲劇のお姫様ってか?」


 そしていかにも不機嫌な声と乱暴な足音を上げながら、舞台には新たな役者が現れた。

 その正体は観客席から上がる黄色い悲鳴が答えてくれる、宝華 ロスコのお出ましだぞ と。


「ンだよ、喋れねえのか? ったりぃな……なんで俺がこんなカビ女の護衛なんざしなきゃならねえんだ」


 花を背負った絢爛豪華な装いとは裏腹に、どこまでも粗暴な台詞と仕草。

 そこに普段のロスコらしい姿はなく、いるのはただ悲劇のヒロインを守るために派遣された罪人の剣士だけだ。


(全っ然印象が違いますね……さすがロスコさん)


「何見てんだ、黙ってねえで文句があるなら……って喋れねえのか、ああクソッ!」


 ロスコはガシガシと自分の髪を掻くと、座り込むおかきの腕を引っ張って抱き寄せる。

 その瞬間、おかきが立っていた場所へ背景のセットがバタリと倒れこんできた。


「はっ! 喋れねえうえにとんだボンクラだ、たしかにこいつぁ誰かが見てねえとすぐに死んじまうだろうな!」


「…………」


 素直じゃない剣士と言葉を失ったヒロインとの出会い、観客席から見れば劇的な演出にしか見えない出来だ。

 だが違う、おかきは知っている。 ロスコが腕を引いたのは、とっさにおかきを助けるためのアドリブだ。

 台本にはこんな危険な演出など一切かかれていなかったのだから。


――――――――…………

――――……

――…


「うわー、すっご! おかきしっかりやれてんじゃん、てか相手の子ヤッバ! 何着ても映えそう、股下スカイツリーか?」


「……なあ、お嬢。 今のなんかおかしくなかったか?」


「そうよね、あんな大きなパネルがいきなり倒れるなんて」


 一方そのころ、観客席のウカたちは怪訝な顔で舞台を眺めていた。

 ほんの微かな違和感だ、ほかの観客たちはなにも気づいていない。 

 だが数々の修羅場を潜り抜けてきた経験が、ウカの中で何かを告げていた。


「えっ、何々? なんかおかしかった今の?」


「んー、ちょっとお姉さん騒がないで聞いといてな。 もしかしたら今の演出やないかもしれんわ」


「えっ!?」


「こうなると最初の事故もなんかきな臭いわね……」


 直感は怪しいと言っている、だが確証がない。

 下手に動いて不安が伝播すれば舞台は台無しになるかもしれない、それが犯人の目的だったら?

 甘音がどうしようかと歯噛みしている、その背中で――――


「――――ニョオン」


 不吉を知らせる黒猫が一匹、かわいらしい鳴き声を上げた。

【マーキス/三毛沢 環】 30~40cm/5.3kg/尊敬する偉人:長靴をはいたネコ

カフカ症例第5号、SICK潜入諜報員として在籍するイケボ黒猫。

モデルとなったネコは子どものころに飼っていたペット、曰く近所で一番のイケネコだったらしい。

発症前はOLとして毎日仕事に忙殺され、「こんな思いをするくらいならネコになりたい」と常日頃考えていた。

自宅のマンションでカフカを発症したが、ドアノブを捻ることができずに危うく餓死するところだった。

何とか電話を掛けることができたため、「ネコになってしまった」と警察に連絡を取ったところをSICKに保護される。

あくまで現実の動物をモデルであるため、ウカや忍愛のような特殊能力は持っていない。

しかしネコの姿はあらゆる場所への潜入に適し、多くの成果を上げてきた。

その身体能力を生かして最低限自衛できるだけの戦闘能力も持っている。 ネコとはすなわち小さい獅子なのだ。


性格自体は非常に紳士的だが、ネコの身体になってから精神がやや動物的になり、その言動はどこかつかみどころがない。

ネコと人間では物事の感受性が異なるため、喋り方が独特なセンスになってしまうらしい。

潜入諜報員という役割からSICK内でもマーキスと遭遇する機会は少ない。

彼が姿を見せるということはすなわち、危険性が高い“厄ネタ”を持ち帰ってきたときだ。

それゆえ不幸を運ぶ黒猫とも噂されることもあるが、順序が逆である。 

人類を脅かす不幸が先にあり、マーキスは皆を助けるために情報を持ち帰ってくれるのだ。

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― 新着の感想 ―
面白いです。特に世界観とネーミングセンスには光るものを感じました。 キャラクターはマーキスが好きです。猫だけどカッコいい、猫だけど。
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