神芝居 ④
「おかきってさー、ガッチガチのブルベじゃん? だから照明当てると肌が白んで負けちゃうから、ドレスの色ももっと青め強めでさー……」
「よくわからないんで全部お任せで」
「そんな親に美容院連れてこられて拗ねた子供みたいなこと言わないの、自分で呼んだお姉さんでしょ」
「それはそうなんですが思ったよりテンション高めでちょっと引いてます」
「だって実のおと……妹をこの手で弄り回せる日が来るとは夢にも思ってなくてさぁ!!」
「言い方」
舞台が上がるまで残り30分を切ったころ、おかきは用意されたメイク室で大急ぎの衣装合わせを行っていた。
多種多様なメイク道具を広げて狂喜乱舞しているのは姉の陽菜々だ。
学園祭中は園内で宿泊するつもりだったので、運よく呼び出すことができた。
「しっかしお姫様役とは大抜擢じゃん、姉として心強いわー……それはそれとしてこのウェストの細さは憎たらしいわ」
「別に不摂生でもなければ胴回りは変わらないんじゃ」
「おかき、その先は慎重に言葉を選びなさい。 この世の女性すべてを敵に回したくなければね」
「そんなに」
冗談ではなく、甘音と陽菜々の目には殺気にも近い凄みが宿っている。
彼女たちが常日頃どれほど努力を重ねているか、APPカンストのおかきは知る由もない。
「っと、無駄話してる余裕もないか。 では姉として化粧を教えるからちゃんと覚えて帰る様に」
「面倒くさいなあ」
「損になるもんじゃないんだから覚えてけっての、それとドレスも案の定サイズ合ってないから丈詰めるわ」
「はいはい、仰せのままに」
ヒートアップした姉を止めるのが難しいことをおかきは重々知っている、なのでほとんどされるがままだ。
慣れた手際でファンデーションやリップを塗り、丈合わせも物の数分で終える。 ファッションデザイナーの夢は伊達じゃない。
ドレスを着ることについては少々複雑な心境だが、それでもおかきは姉の仕事ぶりを間近で見られたことが少しだけ嬉しかった。
「……けど驚いたわ、あんた女の子するのあれだけ嫌がってたのに。 どういう心境の変化なん?」
「別に、宝華さんが困ってたからさ。 ……原因は自分にもあるようなものだし」
おかきがいなければ、子子子はこの学園にはやってこなかった。
子子子が現れなければ、ロスコたちの運命もねじ曲がらなかったかもしれない。
交通事故のような因果関係だが、それでもおかきは自分に責任を感じずにはいられなかったのだ。
「……カフカみたいな例外もいるけど、人生って一度きりだからさ。 できるだけ悲しいことを残したくない、そのためなら俺も頑張るよ」
「相変わらず自分より他人のためか、そういうところお姉ちゃん嫌いだぞ」
「ごめん、だけどそれでも手伝ってくれる姉がいてくれてよかったよ」
「あーもー、そういうところホンット嫌いだわー! ねえガハラちゃん!?」
「わかりますー!! 本当そういうところよおかき、反省しなさいよあんた!」
「どういうところ!?」
「自分のうっすい胸に聞いてみろっての! ほら、別嬪さんにしたからそろそろ行っといで!」
「うわっとっと……」
姉に背中を押されたおかきは、姿見の前に躍り出た自分の姿を見る。
暗めの寒色で整えられた落ち着いた印象ドレスと、普段とは見違える大人びた雰囲気のメイク。
思わず安直に「これが……私……?」といいたくなるところをこらえ、おかきは実の姉に無言のサムズアップを返した。
「よし、それじゃ個人的に写真残したいからピースしてピース」
「おかきー、こっちにも目線ちょうだい。 大丈夫よ、クラスのみんなには拡散しないから」
「行ってきまーす」
「「んもー!!」」
スマホを構える2人をしり目に、ファンサの悪いお姫様はブーイングを浴びながら控え室を後にする。
しかし慣れないドレス、しかも舞台用の衣装ゆえ動きやすさなどは二の次だ。
時間が迫るなかで急ぎながら歩を進めると、うっかり足がもつれてしまう。
「おわったった……」
「――――失敬、助っ人を頼みながらエスコートを怠っていたね」
あやうく廊下に顔からダイブする寸前、横から伸びた手がおかきの肩を支える。
そのまま自然と手を添えておかきの歩みを補助する振る舞い、宝華ロスコのエスコートはまさしく「王子様」と呼ぶのがふさわしいものだった。
「ロスコさん、ありがとうございます。 何というかさすがの着こなしですね」
「ハッハッハ! ありがとう、最高の誉め言葉だ! 君こそよく似合っているとも!」
ロスコの恰好はヴェルサイユな王子様というような絢爛な衣装だ。
下手な役者が着れば服に負けてしまいそうなものだが、背丈もありスタイルが整った彼女は完璧に着こなしている。
おかきと並ぶとその身長差も浮き彫りになる、TRPGでいえばSIZの値は倍近く離れているだろうか。
「さて、開演まで残り5分。 君にはかなり無理のあるスケジュールを押し付けてしまったが、自信のほどは?」
「とりあえず、足を引っ張らない程度は。 演技もまるで経験がないわけではありませんから……」
「心強いね、やはり君に頼んで正解だった。 引き受けてくれてありがとう」
ロスコは手を引きながら舞台への歩を進める。 決して急かさず、かといって遅すぎない歩調で。
その手際と美貌には同性でもときめく生徒が多いだろうと、おかきはエスコートされながらも冷静に分析していた。
「大丈夫だ、たとえミスがあっても必ず我々がフォローする。 だから緊張せず体験入部気分で楽しんでくれ」
「ええ、幸いにも肝は据わっているほうなので……では、行きましょうか」




